第十二話「斬首道具」
仏蘭西軍の士官であるジョルジュの遺体を調べた吉直であったが、特に新たな証拠は発見できなかった。ジョルジュの首も町奉行所の同心である浜田と同じく見事な太刀筋で切断されており、常人の技だとは思えない。だが、分かったのはそれだけである。
「アンリエット殿、これをどう思う? この様な綺麗な切り口で首を落とすのは、普通では不可能だと思うのであるが」
「さて、どうでしょう。私の見た所、吉直さんにも可能なのでは?」
お互い歯に物が挟まった様な、探り合うような言葉を交わす。それなりの剣の使い手であれば、首を刎ねる事自体はさほど難しくはない。だが、これだけ見事な切り口で切断するのは、生半可な剣士では困難だ。
真の剣豪であるか、それとも吉直の様な特別な訓練を積んでいるかである。
試し斬り、もしくは罪人の首を打つという、処刑人としての訓練だ。
ジョルジュや浜田の首の様な切り口は、吉直には可能である。そして、処刑人の一族として知られ、忌み嫌われている山田朝右衛門の者なら可能である。だが、吉直の知る限り山田家にその様な所業をする人物はいないはずだ。
そのため、かつて分かれて世に知られていない山田朝右衛門の血族の者が、今回の下手人ではないかと吉直は考えていたのである。そして、山田家の者として責任をもって成敗せねばならないと心を決めていたのだ。
だが、新たな疑惑が出て来た。
仏蘭西軍士官のアンリエットは、刃渡り四尺にも及ぶ大剣を携えている。しかもその太刀筋は吉直のものと酷似しており、吉直が可能な剣の使い方は同じ様にアンリエットにも可能であると思われた。
もちろん、吉直の見る限りアンリエットは異国の地で凶刃を振うような人物ではない。アンリエットが犯人では無いと当然の様に考えている。だが、山田朝右衛門に関わる者だけが可能であると思っていた太刀筋を、異国の者も振るう事が可能なのである。
ならば、異人にも容疑の目を向けるべきではないのか。
それに、仏蘭西軍の旗本たるアンリエットが単独でこの事件を調査していたのは、何か犯人に心当たりがあるからではないか。その様に吉直は考えているのである。
そして恐らくは、アンリエットも同じ様に吉直の事を考えているのだろう。
お互い真意を切り出せないまま、仏蘭西軍の指揮官であるアドンの部屋に戻った。調査の結果の事を報告せねばならないし、吉直は日本側の代表として謝辞を述べねばならない。もっとも、新たな進展は無かったのであるが。
「そうか、分からなかったか。まあ仕方がないな。我が軍も軍医や憲兵に調べて貰ったのだが、詳しい事は分からなかった。素人が見ても分からないのは当然だな」
アドンはあまり興味が無さそうに吉直に答えた。アドンの言っている事はもっともであるが、少々癪に障るのも事実だ。そのため、つい食い下がってしまう。
「ですがアドン殿、私の見る限りあの首の切り口は尋常ではありません。ならば、あれだけの事が可能な剣の使い手は限定されているでしょう。それを手掛かりにすれば良いと愚考します」
「ほう、限定されているとな?」
「そうです。正直に言いまして、私にも可能でしょう。そちら側が疑いの目をもってくれても構いません。ですが、同じ様にこちらも居留地の人間を調査したいので、それに対する協力を……どうかされましたか?」
異人は幕府が結んだ条約により、日本側が裁きにかける事は禁じられている。所謂、治外法権とよばれているものだ。そのため、異人を調査対象とするためには異国の治安機関に頼らねばならない。だからこそ懸命にたのみこんでいたのだが、アドンがうっすらと笑っているのに吉直は気付いた。
「ふふっ、いや何。そちらはあの様に首を見事に切り落とすのは、熟練した技術を持つ者だけだと思っている様だが、そうではないのだよ。だから、剣の達人だけを調べても無意味だろうさ」
「いやしかし、あの切り口は……」
「ある物を使えば、子供にだって出来るだろうさ。まあ、サムソン少尉にでも聞くんだな。俺などよりも詳しく知っているだろうから。じっくりと聞くが良い」
アドンは手をひらひらとさせ、部屋の外に出る様に示した。そして、吉直の調査にはアンリエットも自由に同行して良いと許可を出した。
これはありがたい事である。異人も関わる事件であるため、異国の軍隊の幹部が協力してくれるのは何かと便利である。
だが、気になる点もある。
アンリエットを協力させてくれるのは、善意や事件を解決するための熱意からではなく、厄介払いをしたいかの態度であった。
アンリエットはれっきとした仏蘭西軍の幹部であり、しかも剣の達人である。不穏な事件が頻発するこの時勢を考えるなら、手元に置いて能力を活用したいと考えるのが普通ではないだろうか。それに、単独行動は危険を招く。なれば日本側になど協力させるのは避けてもおかしくはないのである。
そもそも、最初にアンリエットが一人で事件を調べていた事自体が奇妙ではないか。
何故?
そんな事を思いながら、吉直はアンリエットと共に仏蘭西軍の兵舎を後にした。




