第九話「狂信者」
「これで、全員倒したようですね」
「はい、周囲にも新手は見当たりません」
三倍以上の敵に襲われた吉直であったが、あっさりとこれを撃退してしまった。同心の文吾は捕縛用の縄を持ち歩いていた。吉直達に倒された覆面の男達を数珠つなぎに拘束していく。
「アンリエット殿、見事な戦いぶりでしたね」
「いえいえ、吉直さんこそ素晴らしい剣の腕でした」
従者と協力しながら作業をする文吾を尻目に、吉直とアンリエットはお互いの戦いぶりを称賛した。同心として日頃犯罪者と戦い、経験豊富である文吾は兎も角、吉直とアンリエットの剣も負けず劣らず凄まじいものであった。
そして、吉直はアンリエットの戦いぶりを見て奇妙な親近感を覚えていた。
何故なら、アンリエットの剣術は吉直のものと瓜二つのものであったからだ。
これは実に奇妙な符号であった。吉直の剣術は、実は剣術とは呼べないものである。あくまで試し切りのための技術を応用したものであり、攻防の精妙さは一切存在しない。間合いに入った相手を、最速最大の太刀筋で断ち切るだけなのだ。しかも操るのは刃渡り三尺にも及ぶ肉厚の長刀である。得物の長さは吉直の方が上で、しかも繰り出される重刀の威力は打ち合わされた敵の刀を容易く粉砕した。
つまり、土壇場に座る罪人の首を刎ねたり、刀の切れ味を鑑定するために罪人の死体を重ねて切断するのを理屈は同じなのである。
もちろん、処刑のために固定された罪人などとは違い、戦いにおける相手は自由意志をもって動き回るため、据え物を切るようにはいかない。当然の事である。反撃してこない物を切り続けたとしても、それは実戦とは程遠いのである。
だが、吉直達山田朝右衛門の一族に連なる者達は普通ではない。先ず、胆力が違う。
実戦において互いに白刃を突きつけ合い、命を奪い合うと言う事は道場の稽古だけでは経験できない事だ。そのため、いくら道場の竹刀を用いた立ち合いで強くても、命のやり取りでは委縮して実力を発揮できない事はままある事だ。これは、道場剣術や竹刀による立ち合いが実戦と乖離しているとか役に立たないとかではなく、どれだけ鍛えた剣士であってもそういう影響は受けるという事なのだ。精神状態が同等なら、道場で鍛えた方が当然強い。
しかし山田朝右衛門の一族は、実戦において委縮するような精神的影響を殆ど受けたりはしない。何故なら、彼らは一族の役目として何十何百という処刑を経験しているからだ。どれだけその剣の腕で知られた侍であっても、切腹の介錯では命を断つという重圧により仕損ずる事は良くある事だ。だが、山田朝右衛門の一族は処刑において仕損ずる事は無い。罪人をその咎と共に処断する事が役目であり、それが世のためになると信じての処刑である。また、迅速確実な処刑こそが罪人に無用の苦しみを味わわせぬ慈悲であると心得ている。
その様な死生観を持っているからこそ、処刑において戸惑い失敗する事は無いし、実戦においても日頃培った精神力で稽古と同じ様に刀を振えるのだ。
そして据え物を切るが如く敵を切り裂くのである。
これが、単に処刑に対して何も感じない怪物であったなら、実戦で実力を発揮する事は適わないだろう。何故なら単に一方的な処刑を躊躇いなく実行できるだけの精神は、いざ自分に刃が向けられた時には常の状態を保てないからだ。
刑罰とはいえ人を処刑する事に対して罪の意識を持ち、それを使命感で打ち克つ心を持っているからこそ戦いにおいても平静を保てるのである。これは普通の環境では中々たどり着けない境地である。ある意味、名を残した剣豪達に近い心理状態なのだろう。もちろん剣の技術は無いため真の剣豪と立ち会ったなら負けるだろうが、それ以外の者に対する実戦ではそうそう後れを取るまい。
その様な自負がある吉直であったが、驚いた事にアンリエットも全く同じであった様に思えたのである。
アンリエットは刃渡り四尺にも及ぶ大剣を得物としており、吉直の刀を更に超える間合いを有している。当然凄まじい威力を誇り、こちらも相手の武器を次々と打ち砕いていった。
しかも、白刃を振りかざして襲い来る敵との間合いを正確に読み、一足一刀の間合いに入った瞬間迷いなく踏み込んで剣を振り下ろしていった。実戦においてこれが実行できるのは、真の剣豪であるか吉直達山田朝右衛門の一族の様に特殊な環境で培わねば不可能な様に思える。
実に不思議な事だと吉直は思っていた。
「革命万歳!」
「我らの敵に死を!」
アンリエットの剣術にしばし思いを致していた吉直の耳に、突然叫び声が聞こえて来た。中には日本語でない意味の分からぬ言葉も混じっている。驚いて叫び声の方を見ると、縛られた覆面の男達が口元から血を流して倒れていくのが見えた。縄の端を握っていた文吾が唖然としている。
恐らく覆面の男達は、これから待っているであろう尋問で情報を漏らさないため、舌を噛んで自害したのだろう。
覆面の男達の狂信的なその行動に、吉直は戦慄を覚えるのであった。




