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ワケあり回復術士  作者: 涼鈴
序章:奉仕
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第五話 幕間です。冒険者の少年

 僕――アリスターは駆け出しの冒険者だ。


 一年も前に冒険者になったのに未だに『駆け出しの冒険者』でしかない。悔しいし認めたくないけど僕には冒険者としての才能はないんだと思う。


 元々荒事に向いた性格でもなければ、体格でもない。そんなことは僕が一番分かっていた。


 だけど僕は冒険者として成り上がらなくちゃいけない。そう決意したのは僕が冒険者になる少し前のことだ。



 *



 息子である自分からみても美しい母と、その美貌を余すことなく引き継いだ妹。そして恥ずかしいことに何の取り柄もない僕を合わせた三人が、ブライトという大都市の中で慎ましく生活していたかけがえのない僕の家族だ。


 父親は僕が幼い時に冒険者としての依頼中に亡くなってしまっていた。微かに残った父の記憶を思い出すと胸が苦しくなるが、残された家族と普通に暮らせているだけで僕は幸せだった。


 母は街の食堂で給仕として働いており、僕たち家族を女手一つで養ってくれていた。僕もそんな母を支えるために色々なところで日雇いで少しは稼いでいるが、まだまだ三人を楽にさせてあげられるほどではないのが悔しい。当然と言えば当然かもしれないけど、悔しいものは悔しい。


 妹は教会が開いている学校で学んでおり、頭がいいのか、いつもシスターに褒められていた。僕も一緒に通ってはいるが、妹と比べると普通の出来だ。だから家族が褒められていると自分のことのように嬉しかった。


 神様たちに感謝しながら、こんな幸せな日がずっと続いていくんだと信じていた。


 だけどそれは驚く間もないほど唐突に終わりを告げた。


 なんて事はない、いつもの朝。母が病で倒れた。


 焦った僕は母の体を揺すりながら何回も声をかけるが、意識が戻らない。


 こんな時に頼れる大人をシスター以外に知らないので、足の感覚が分からなくなるぐらい全力で教会へと向かった。


 そして母を診てくれたシスターによると、母は魔力が勝手に失われていく奇病に罹ったらしい。この奇病は、すぐに死に至るわけではないが、一日に意識を失う時間が増えてしまうものらしかった。死んでしまったわけではなくて安心したが、更にこの病の説明を受けてまた絶望させられた。


 この病を根本的に治す方法はほとんど存在せず、可能性があるとすれば教会の偉い神官様にお願いするぐらいしかないらしい。


 僕はあまり頭は良くないが、そんな僕でも分かっている。


 教会の人に軽い病を治してもらうにもお金が必要であり、こんな奇病と呼ばれる病を治してもらうには、とんでもない額のお金が必要であることを。


 実際にシスター達に聞いても、僕たちが今すぐには払えないほどのお布施が必要だと言われた。


 僕が学校に通うのを辞めて、毎日朝から晩まで働いても何年かかるか分からないほどだ。


 真面目に働いていても母を助けることは出来ない。


 だから蜘蛛の糸のように細い可能性に賭けて、僕は冒険者になった。



 *



 出来ることは何でもやった。赤子のお守りであったり、迷い猫の捜索。廃棄物の収集や、庭の草むしりなんかも。


 色々とやってきて一年。白の七まで冒険者の階級を上げることは出来た。


 だけど全然足りない。組合の受付の人は凄いと褒めてくれてはいるが、こんなんじゃ母は救えない。


 母が起きている時間は日に日に短くなり、今では一日に一時間も起きていれば十分すぎるほどだ。残された猶予がほとんどないのに、お布施に必要な額の半分も貯められていない。妹にも我慢してもらって生活を切り詰めてもらっているのにこの様だ。


 もっと実入りの良い依頼を受けるには階級を上げる必要があり、そのためには何かしらの実績を作らなければならない。


 だから今日、組合からも止められているゴブリン討伐に挑戦することにした。


 一人では危ないとか、もっと質のいい装備を調える必要があるとか言われたが、そんな余裕などない。それに、こんな無謀なことを成し遂げることが出来れば、組合に実績として認めさせられる。


 功を焦っている自覚はあったが、油断はしない。自由に使えるお金で買える一番いいナイフと防具を買った。念ために薬草も買ってある。


 ゴブリンを相手にするのは初めてだが、スライムなどの低級の魔物を討伐した経験はある。命を奪うという行為に慣れてきた自分なら、ゴブリン相手でも辛勝ぐらいの結果は残せると思っていた。


 だが、そんな考えこそ油断そのものであったと、身に染みて分かった。



「――――ッ!」



 三体いたゴブリンは想像よりも素早く、こちらが一撃を入れる前になまくらな剣で足を斬りつけられたり、棍棒で腹を殴られた。


 一撃の威力は耐えられなくもなかったが、回数が増えればどんどんと痛みが大きくなってきて立つことすら難しくなってきた。


 そんな状況であるのに、僕の攻撃は一度も当てられていない。攻撃を受けたとしても、自分の攻撃も当てられていれば勝機はあったかもしれないが、ここからこいつらに勝つ想像をすることが出来ない。


 だけどそんな未来を受け入れるわけにはいかない。


 がむしゃらに腕を動かし、武器を振るう。どんな一撃でもいい。一撃でも当てることが出来れば、僕はまだ戦う意思を保つことが出来る。


 願い、祈りながら戦う僕を嘲笑うかのように、ゴブリンの攻撃が膝裏に当たる。


 身体を支えることが出来ず尻餅をついてしまった。そしてそこからの展開はあっという間だった。


 手首や足首を斬りつけられ、武器を持つことも態勢を整えることも出来なくなった。いつでも殺せる状況であるのにゴブリンたちは僕の体を傷つけて遊んでいるようで、中々致命傷を受けることはない。


 せめてもの抵抗として、どれだけ痛めつけられようとも声をあげることはなかったが、こんなことをしても意味はないのかもしれない。


 いやに冴えた頭に過るのは後悔ばかりだ。


 物語に出てくる、大勢の人を救う英雄のようになりたい……なんて贅沢な願いはしなかった。身近な母と妹さえ守ることが出来ればそれでよかった。


 そんなささやかな願いすら叶えることの出来ない無力な自分が憎くて憎くてたまらない。


 我儘を言いたい年頃の妹に我慢を強いてきた過去の自分を殺してやりたかった。


 憎くて、哀しくて、苦しくて、恐くて、悔しかった。


 感情がぐちゃぐちゃになって、思考もまとまらなくなってきた。


 暖かな光が体に降り注ぎ、死を自覚した時。最後に頭に残ったのは母と妹への謝罪の念だった。



 *


 段々と意識が浮上していくのが分かる。重い思考とは裏腹に、身体が異様に軽く、後頭部に感じる柔らかさがとても心地良い。


 僕は死んで、天国へと来てしまったのだろうか。


 あそこから生き延びる可能性が考えられないので、全身を巡る暖かさと軽さもそれで説明がつく。



「おはようございます。体の加減はいかがでしょうか」



 その声を耳にすると、今まで感じたことのない不思議な感情に包まれた。


 今までの罪を告解したくなるような。この人にだけは赦してもらいたいような。そんな感情。


 声の主は探すまでもなく、僕の顔を覗き込んでいた。態勢から考えるとこの人の膝に頭を預けているのかもしれない。嬉しいと同時に恐れ多い。


 顔は外套についたフードによって覆われていて、はっきりとは分からない。声音から判断すると女性の人であることだけは分かる。顔も見てみたいけど、理由があって隠しているのだと考えると無理な願いかもしれない。


 この人の声に聞き惚れていたけど、失礼にも質問に答えていなかった。



「だ、大丈夫だと思います。体は前よりも軽いぐらいで――――」



 僕が慌ててそう答えると、少し強い風が吹いた。


 すると、神様がさっきの願いに応えたかのように、彼女のフードがずれ落ちる。



「それは良かったです」



 露になった顔でそう微笑む彼女は、僕の言葉では言い表せないほどに美しかった。


 僕の中で「美しい人」と言えば真っ先に母が挙がり、それ以外にいなかったが、そんな母よりも美しい。


 この人以外のことは考えられなくなるほどの暴力的な美だった。


 彼女の顔を見ていると、自分の顔と胸と腹の辺りが狂ったかのように熱くなり、今すぐにでも抱き着いてしまいたくなる。


 そんな考えを振り払うように、彼女から少しでも離れるために飛び起きる。


 異常なまでに興奮した頭でこのまま彼女と話していると、とんでもない過ちを犯しそうだった。


 しかし、この行動は間違いだった。


 不思議そうに首を傾げる彼女を視界にいれてしまうと、僕の中で何かが切れてしまった。それが何なのかは僕にも分からなかったが、恐らく良識であったり、常識であったり、そういったいつも張り詰めていなくてはいけないものであることは確実だ。


 僕は彼女の胸に顔をうずめるように抱き着き、離れない様に強く強く力を込める。


 いっそのこと押し倒してしまおうと更に力を強めたが、彼女は意外にも僕よりも力強く、びくともしなかった。いくら僕が貧弱な体だったとしても女性を押し倒す力もない事実に少し泣きそうになる。


 彼女は「わっ」と驚いた様な声を上げただけで、僕を引き離すことはしなかった。それだけではなく、僕の暴力的な抱擁とは真逆に、繊細なものを扱うように頭と背中を撫でてくれた。


 たったそれだけの行為なのに、僕の体には凄まじい快感が駆け巡り、情けなくも果ててしまった。

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