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ワケあり回復術士  作者: 涼鈴
序章:奉仕
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第三話 幕間です。グラルカン家の人たち

 -アイラ視点-



 私はグラルカン・カンパニーの一人娘、アイラ・グラルカン。


 私のお父様が経営しているグラルカン・カンパニーでは、特定の品に限らず、幅広く物を取り扱っております。それこそ金になる物であれば何でも取り扱っている、と言っていいかもしれません。勿論法に触れるようなものに関しては話が違ってきますが。


 今でこそこのグリム王国でも商家の頂点を争えるような組織になってはいますが、父が店を継いだ時には吹けば飛ぶような有様だったそうです。一代でここまで組織を拡大させた父の手腕は同業者だけではなく、異業種の人間からも評価されています。


 私は、そんな偉大なお父様を尊敬し、少しでも力になれるように、日々勉強をし、精進している最中です。つい先日もお父様の知人の方の店で、経営の勉強などを現地でさせてもらっているところでした。


 しかし、その途中で父から急いで家に戻るように連絡が来て、今は馬車を使って帰路に就いています。詳細については戻ってから話すとのことでしたが、この様なことは今までなかったことなので少々困惑してしまいます。


 私が赴いていた海洋都市ヘイローと、グラルカン家の本邸がある商業都市ブライトの間には大きな森があります。森には本来魔物が跋扈し、危険な場所ではありますが、ここを迂回するとかなりの遠回りをすることになってしまうため、馬車が通れる道が整備され、森の魔物についても冒険者や国の騎士様によって駆除されていたり、魔道具によって魔物除けがされていたりと、安全に通れる道になっているのです。


 行きのときと同じく森の道を通って帰路についていると、名状しがたい不安に襲われました。帰った後に話される内容についてなのか、この後に起こりうる何かについてなのか、得も言われぬ漠然とした不安です。


 この不安の正体について、思案にふけっていると、突如として馬車が止まりました。


 何が起こったのか御者に問いかけようとすると、ぐちゃぐちゃと何かを貪るような音が聞こえてきました。


 まさかと思いながら馬車から外の様子を覗こうとすると護衛として付いてきてくれているルガルドの声が聞こえてきました。



「お嬢様! 突如として魔獣の大群が襲来し、外は非常に危険な状態です! 絶対に馬車の中から出ない様にお願いします」


 そんなまさか、という気持ちになりながらも不安を押し込め彼らが撃退するのを待ちます。この道が整備されてから数十年は経っているはずですが、この様な事態は恐らく初めてのことでしょう。


 何故自分が通っている時に限って…………と自分の不運を呪いながら、護衛として付いてきてくれている彼らの無事を祈ります。私兵団の彼らは元々高名な冒険者であったり、国に仕える騎士として腕を振るっていた方たちです。このような非常な出来事であったとしても、上手く鎮めてくれるはず。


 そんな私の予想とは裏腹に、剣が肉を断つ音は鳴り止むことはなく、次第に苦悶の声や悲鳴が聞こえてくるようになりました。彼らは無事なのだろうか、前後の馬車に乗っているメイド達は無事だろうか、と心配することだけしかできない自分がもどかしい。


 唯一安心できる点があるとすれば魔物が優先して狙うのは私であろうという点だけ。


 魔物は魔力が生命の源であるため、基本的に獲物もある程度魔力が高いものから狙うはず。この中で魔法を真面に習っているのは私だけであり、魔力についても一番肥えているはずです。他の馬車に乗っている者たちはその隙に離脱出来たりして被害が増える危険は減るはずです。


 彼らは強いから大丈夫、と心の中で言い聞かせたところで状況は全く好転しません。戦いの音は止まず、次第には喘ぐ声が増え始め、剣を振るう音よりも魔物の息遣いがはっきりと聞こえるようになってきました。


 私はお父様の教えから、常に冷静でいることを努めてきましたが、一瞬でも自分の死というものが頭をよぎると、自分の中の何かが崩れていきました。


「まだ死にたくない」、「何も成せないまま死にたくない」、「だけど助かるはずがない」、「ここで私は死ぬんだ」、という自分本位でまとまりのない思考で埋め尽くされ、頭の中はぐちゃぐちゃになり、真面に呼吸をするのも難しくなってきました。


 それでも頑張って呼吸を整え、冷静さを取り戻そうとしていると、いつの間にか外の音は消え、嫌な静寂が支配していました。獣の息遣いも人の気配も。


 結局どうなったのか、ということを考える前に、何かが近づいてくる音が聞こえてきます。


 その音は馬車を物色するかのように動くと、遂には馬車の扉を開けました。


 そこには護衛の人でもなく、魔獣でもなく、見知らぬ少女が立っていました。「この子は誰なのか」「護衛の彼らはどうなったのか」など疑問は尽きることはありませんでしたが、ひとまず死ぬことはない、と感じ、気が緩んでしまうと、股の間から生暖かいものが流れてしまいました。


 頭ではもう大丈夫だ、と分かっていても呼吸は乱れたままで、身体は恐怖で引きつって強張ったままです。どうにか整えようとしても、逆にどんどん乱れてしまいます。


 必死に自分に言い聞かせていると少女が徐に私の頭を胸に抱き、落ち着かせようとしてくれました。



「大丈夫。大丈夫です。貴女を襲った魔物の群れは去りました。護衛の方たちも、今は気を失っていますが、皆無事です。御者の方は…………私の力が及ばず、お救い出来ませんでした。ですが貴女を怯えさせるようなものはもうありません。大丈夫です」



 今まで言うことを聞かなかった体が、解きほぐされたかのように緩み、彼女の言葉に従うように意識が微睡みへと落ちていきました。



 *



 心地よい暖かさと振動に身を任せているながら、意識がゆっくりと覚醒していきます。


 寝起きで回らない頭で「馬車の中で眠ってしまったのだろうか」と考えながら瞼を開くと見知らぬ少女が私の顔を覗き込んでいました。


 必死に意識を失う前の記憶を思い出すと、私を落ち着かせてくれた少女の顔と同じであることに気付きました。今落ち着いて少女の顔を見てみると、まるで天使の様に純真無垢で、晴天の空を思わせるかのような薄青の髪は彼女の清廉さを表しているかの様です。


 彼女の微笑みは特に悪いことをしていなくても全てが許される謎の感覚に陥りました。いつまでもこの感覚に溺れていたい気持ちになります。



「おはようございます」


「えっ! あっはい! おはようございます」


「お加減はいかがでしょうか? 気分が悪かったり、どこか痛むところがあれば遠慮なくおっしゃってくださいね」


「ぜ、全然問題ありません。ですが…………」



 声を掛けられて今更ながらに私は彼女の抱きかかえられていることに気付きました。



「何か問題が?」



 彼女が心配そうにこちらを聞いてきて非常に申し訳ない気持ちになりますが、単純に私と歳が変わらなさそうな少女に抱えられていることが少々恥ずかしいだけです。



「自分で歩けますので降ろしていただけると助かります…………」



 自分でもわかるぐらいに顔を赤くしながらそう言いました。



 *



 -ケルビム視点-



 アイラが魔獣の大群に襲われているという報せを受け、目の前が真っ暗になり、気を失いかけた。しかし、気力で意識を保ち、早急に現在動かせる最大の人員を救援に向かわせようとした。


 隙を見て抜け出すことに成功した馬車に乗ったメイドがもたらした情報のため、もしかしたら既に命を散らせているかもしれないが、信頼できる強力な護衛を付けているし、馬車の中に籠っていれば、まだ間に合う可能性は十分にある。


 準備が整い、私兵を向かわせようとしたところ、アイラが帰還したとの報せを受けた。



 *



 いち早く帰還した者――アイラと共に帰還した者だ――の話によると、アイラが乗っていた馬車の御者以外の者は全員無事とのことだった。御者を務めていた者に関しては残念ではあるが、被害が想定よりも少ないのは不幸中の幸いと言えるだろう。


 しかし、フェイという人物が単独で魔獣を撃退したというのは信じがたい話であった。今回護衛に付けた者はルガルドを始め、精鋭揃いで固めている。その者たちが苦戦した状況をたった一人の少女が覆した、というのは与太話と一蹴したくなるほどの話だ。名のある冒険者であるならともかく、フェイという聞いたこともない名であることも、その一因と言える。


 とにかく実際に話を聞いてみるべきだろう。魔獣の異常な行動と何かしら関連があるかもしれないし、先の話の真偽を確かめられるかもしれない。


 確認するべきことを頭の中でまとめているとノックの音が響き、件のフェイという人物が訪れた旨を告げられる。


 出迎えるためにソファの近くに移動し、入室の許可を出す。


 扉が開き、そこにいたのは――――少女の形をした何かだった。


 外見だけ見れば普通の少女……というよりかはどこかの貴族の令嬢の様に見えるが、その身に纏うオーラは常人のそれではなかった。職業柄様々な人種に会ってきたが、ここまで圧倒されたのは一度だけ。下手したらその時よりも凄まじいかもしれない。


 跪き、許しを乞いたくなる。


 この腕に抱き、愛でたくなる。


 己の肉欲をぶつけ、汚したくなる。


 然れど、溢れ出る神威によって、身体が勝手に彼女を畏怖する。


 感情をかき混ぜられ、一瞬真面な思考が出来なくなってしまう。これが初めての経験であったなら、無様な醜態を晒していたところだ。



「お初にお目にかかります。グラルカン・カンパニーという商会の当主を務めております、ケルビム・グラルカンと申します。この度は娘たちを救って下さり、感謝の念に堪えません」



 思考を落ち着かせるため、簡単な挨拶を済ませ、場を繋ぐ。



「フェイと申します。たまたま通りすがった、旅中の、ただの癒し手でございます」


「ただの癒し手、ですか…………」



 ここらの七神の信仰を統が取りまとめている地域で、()()()()()()()()()()()()()


 回復魔法の知識は全て統が独占、厳重に管理しているため、回復魔法の術者はもれなく統の管理下にあると言っていいだろう。そこらの冒険者が扱えることなど、万に一つもない。


 そんな常識的なことを堂々と否定しているのには何かしら理由があるのは明白ではあるが、全く想像がつかない。統からの、あの通達が彼女のことを指しているとしても、単独行動と身分の詐称の理由は窺い知れない。



「? 何か問題でもございましたでしょうか?」


「いえ、なんでもございません。どうぞお掛けになってください」



 とは言えこの状況では深く考えることもできないため、ひとまずは置いておくしかない。



「繰り返しになってしまいますが、この度は娘達を救ってくださり、ありがとうございます。いきなりで申し訳ありませんが、馬車が襲われていた時のことを、分かる範囲で構いませんので教えていただけないでしょうか?」



 先の異常事態について聞いてみると、不可解な点が多かった。


 まずはあの街道について。あの道は魔獣除けの魔道具に加えて、冒険者たちの活躍によって、森の浅いところには魔獣の影が全くないはずだ。しかし、途中で駆け付けた彼女の目算でも数十体の狼型の魔獣――――恐らくフォルフと呼ばれる魔獣がいたらしい。このような事態は街道が出来て以来、一度もない。


 次に彼女の強さについてだ。彼女の弁によるとフォルフの一体を仕留めたそうだが、あの魔獣は中位の冒険者が数人集まって倒す様な、しぶとくて強い魔獣だ。いくら魔獣の注意をルガルドが引いていたとはいえ、簡単にできることではない。


 最後に魔獣のその後の行動だ。フォルフは、群れの一体が倒されたところで敵を恐れるほど臆病ではない。しかし、彼女の存在に気付くと恐れをなしたかの様に逃げていった。これに関しては彼女のオーラが魔獣にも通用していると考えれば、そこまで不自然ではないかもしれないが、それでも驚嘆すべき事態と言える。


 彼女の強さは気にかかるところではあるが、今優先すべきは、魔獣が森の浅層に現れたことだろう。これを放置しては被害が拡大する上に、物流が停滞する可能性もある。



「お話、ありがとうございます。今の話を参考に、今後はこのようなことが起こらぬ様、対策させていただきます」


「いえ、礼には及びません。今後このような悲劇が起きない事を祈っております」



 *



 報酬について望みを聞いたところ、情報が欲しいとのことで、蔵書室へ案内させた。いい訳じみたことをいっていたが、統に籠っている人間は完全に情報が遮断されているのだろうか。


 その後、娘の無事を確認し、今回の騒動で傷を負ったものを一応教会へ向かわせたり、調査隊や冒険者への依頼を手配したり等、忙しなく動いていたところ、今度はフェイ殿が「冒険者になりたい」と言い出し、頭を抱えることになった。


 何とか一段落した時にはもう、夜も更けてきた頃合いだった。


 一息つこうとしたところ、来訪者を告げるノックの音が聞こえてくる。


 入室の許可を出すと、ルガルドの姿があった。



「夜分に申し訳ありません、旦那様。頼まれた雑務は一通り熟しましたので報告に上がった次第です」


「ご苦労。お前も流石に疲れただろう。茶を用意させよう。楽にするといい」



 外に控えるメイドに茶を用意させ、執務席からルガルドの対面のソファに腰を下ろす。


 彼は私の私兵団の団長という位に置いてはいるが、雇用者と被雇用者の関係とは言い切れない関係だ。


 彼は、私が統へと多額の出資をしている見返りとして派遣されている騎士だ。ただの騎士というわけでもなく、四人存在している聖女、その下に就いている、八人いる守護騎士の一人だ。彼自身に目立った武勇はないものの、彼が救った命は他の騎士と比べても数多く、実力的にはかなりものだと私は評価している。


 戦闘面では言わずもがな、統が運営している教会との連絡役も兼ねているため、彼がいるおかげでとても動きやすくなっている。


 そのため、雇用者と被雇用者の関係、というよりは同僚のような関係だと個人的には思っている。彼は頑として謙った態度を変えることはないが。



「こんな時間にわざわざ来たってことは、報告だけじゃないんだろう? 予想はつくがな。フェイ殿に関してだな?」


「ご明察の通りです」


「彼女は…………聖女様なのか?」



 あの強烈なオーラは聖女様に相対した時のものとそっくりだ。一度経験していなかったら真面に会話することもままならなかっただろう。



「自分も最初、そう思いました。が、信じ難いことではありますが、恐らく別人でしょう」


「その根拠は?」


「自分も不遜ではありますが守護騎士の末席を汚す身。何度か聖女様の護衛を務めたこともございますが、纏う雰囲気が違う気がします。聖女様は若干陰のある雰囲気でしたが、フェイ殿はその真逆。それに多少慣れている自分でも彼女のオーラに呑まれかけました」


「そうか……顔が分かれば簡単なのだがな」


「それは致し方ありません。我々の聖女様のみならず、他の聖女様も御顔を隠していらっしゃいます。そういう決まりなのです」



 聖女の神秘性、処女性を守るために統の四人の聖女は皆一様に顔を隠しており、極一部の者しか正体を知ることは出来ない。平時であれば特に気にすることでもなかったが、現状ではかなりもどかしい決まりだと感じてしまう。



「他の聖女様である可能性は――――」


「あり得ないでしょう。聖女様の中で回復魔法を行使出来るのは戦と豊穣の祝福を授かった聖女様しかおりませんから」



 四柱の神々に仕える聖女はそれぞれに別々の奇跡をもたらす。その中でも回復の奇蹟を行使出来るのは戦と豊穣の女神に仕える聖女だけだ。



「それもそうか。お前はフェイ殿に回復を施してもらったのか? 如何ほどの腕前だった?」


「……あまり他言されると自分の立場が危うくなってしまうのでここだけの話にして欲しいのですが、聖女様以上の力を持っていると言っても過言ではないかもしれません」


「何だと……」



 聖女様は神のお告げを聞くことが出来るだけではなく、神からの祝福を強く受けているため、彼女達が振るう力は他の者と隔絶していると言われており、実際市井では不治とされている病を癒した実績もある。



「具体的な話を聞かせてくれ」


「腹の一部と左腕をフォルフに食いちぎられ、ほとんど死んでいたも同然の状態でしたが、気が付けば全ての傷は癒えておりました。それだけでなく、他の者も自分ほどとは言えないまでも重症を負ったものが多くいましたが、全員の傷が同じく治っておりました」



 あまりに規格外な力に絶句するしかなかった。


 死にかけている人間の傷を癒し、加えて命を繋ぎ止める。


 言葉にするのは簡単だが、人間離れした行為なのは間違いない。


 仮に傷を癒すことが出来たとしても、多量の出血により傷の無い死体が出来上がるだけだ。


 そんな神業を為した上で、大勢の傷を癒す。無尽蔵にも思える魔力の量も一層に異常さを演出している。


 彼女がいるだけで力の均衡を傾けかねない。それほどの逸材だ。否、「逸材」という言葉で押し込められるほどの人間じゃないだろう。



「それほどまでの力を持っているとは…………そんな人物を自由にしてもいいのだろうか…………」


「と、言いますと?」


「先ほどフェイ殿が冒険者になりたい、と言い始めてな。途轍もない人間を野放しにしてもいいものか。いや、力のことについては目を瞑るにしてもだ」


「あのオーラが問題ですね」


「ああ……」



 力に関しては無暗に他人に見せることなく、他言しなければ誤魔化し様はあるだろうが、あのオーラは無理だ。女は大丈夫だろうが、男はあのオーラに中てられて彼女を襲いかねない。


 最近の冒険者は犯罪者紛いの人物がいなくなってきてるとしても、多少の荒くれ者は依然として存在している。今までそのような行いをしてこなかったとしても、あれには理性を吹き飛ばすには十分すぎるほどの力がある。



「どうにか出来なくもないですが、本当によろしいのですか?」


「例の件のことか?」



 ルガルドが無言で首肯する。


 アイラを家に帰させることになった話でもあるが、数日前に統から連絡があり、齢十五ほどの空色の髪をした少女を見かけた場合は近くの教会に連れてくるようにとの通達があった。どんな意図があってその少女を探しているのかは分からなかったが、嫌な予感がした私は娘を急いでブライトに戻るよう言ったのだ。


 問題なのは、その人物の特徴が丁度フェイ殿と一致しているということだ。あのような話の直後に現れた異常な力を持った少女が現われた。無関係だと考えるのはかなり無理がある。


 統の指示に従うのならば、彼女を教会へと連行するのが道理だろうが、私はそうしたくなかった。



「確かに私とお前の立場を考えるのであれば、統へと報せなければならないだろう。しかし、私は娘を救われた。彼女に返しきれないほどの大恩がある以上、彼女が望まないのであれば、彼女の意思に沿いたいと思っている」


「自分の事はおきになさらず。……いいでしょう、彼女が冒険者として行動が出来る様準備しておきます。それと、もしこのことが問題になったとしても、どうにか恩赦をいただけるように頑張ってみましょう。それでは」



 話がまとまり、ルガルドは立ち上がり部屋を去ろうとする。



「すまないな」



 彼がどう言おうとも意見を曲げるつもりはなかったが、私が統の伝達を無視するのと守護騎士である彼が無視するのは事の重大性がかなり違う。言葉での謝罪でしかないが、そう言わずにはいられなかった。



「いえ、自分は元よりフェイ殿の意見を尊重するつもりで旦那様を説得するつもりでしたから問題ありません。自分にとっても彼女は命の恩人ですから」



 そう言い残して彼は部屋を去っていった。


 その言葉に微かな違和感を覚えたが、色々と問題が起こったせいで気が張っているだけだろう。



「そもそも、聖女様でないのならあの少女の正体は何なのだ……?」



 規格外の存在であることは理解出来るが、その存在が聖女ではない、ということは理解出来ない。あれほどの力が突然目覚めた、というのも信じ難い。考えられる線としては統から逃げ出した聖女並の実力を持った少女……ということなのだろうか。


 統はあまり組織の内情を外部に漏らすことがない、秘密主義的な面もある為、何から何まで憶測の域を出ない。


 今後のことを考えるのであれば彼女を統に明け渡すのが最良の選択なのであろうが、彼女が単独で動いている理由も分からないまま統に突き出すのは、人として間違っている様に思える。


 下手すれば統を敵に回す様な動きかもしれないが、恩人に報いるには必要な行動だ。そう納得するしかない。


 起こってしまった問題と、これから起きるであろう問題に頭を抱えつつ勘定し、仕事を再開した。

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