第二話 旅人です。頑張ったので何かください
見張りを開始してから数分、最初に意識が戻ったのはあの大柄の隊長らしき人だった。一番重症だったのに驚きの回復力だ。
俺の存在には気づいていないようで、無くなったはずの腕や食いちぎられていた腹が元に戻っていることに驚いている様子。
「お目覚めになられましたか? 一応魔法で癒しましたが、身体のお加減はいかがでしょうか?」
こんな如何にもな感じで喋るのは疲れるし、いつかボロが出そうで怖いのでやりたくはないのだが、さっきのお嬢さんを落ち着かせる時にこの感じで喋ってしまった手前、引くに引けなくなってしまった。聖女ロールプレイなぞ本当はやりたくなどない。
声をかけると、見知らぬ存在が間近にいたからか、あるいはこんな年端の行かない少女がこんなところにいるからか、大層驚いた表情を浮かべている。
しかし、口をパクパクさせるだけで特に声をかけてこない。
「? どうかされましたか?」
「あ、貴女様は…………」
もしかして喉も負傷していて声が出ないのかと思ったが、そんなことはなかった。
「聖女様でいらっしゃいますか…………?」
ふむ。
滅茶苦茶驚いている感じだったので深刻な内容かと思ったがそんなことはなかった。
だが、安直に「はい」と言うのも躊躇われる。
確かに俺の今のジョブは《聖女》ではあるが、この人が言っている聖女とイコールであるとは限らない。何か特別な役職に就いている者、あるいは特殊な存在のことを指している可能性もある。
仮にイコールの関係だったとしてもだ。彼の驚き様から、聖女という存在はかなり特殊な存在であることは確定している。
その特殊性は恐らく良い方向のものなのだろうが、ここで聖女であることを認めてしまえば、十中八九面倒なことに巻き込まれるだろう。
「いいえ、私は聖女様のような高尚な存在ではございません。通りすがりの、ただの癒し手です」
若干嘘をついているような気分になり、多少心苦しくはあるが、致し方なし。面倒事は嫌だし、聖女という存在が特権階級的なものだったとしても関わりたくはない。
「そうでございますか…………ですが、助けていただいたことには感謝を」
「いえ、傷ついた方を癒すのが私の責務ですから。それに……ただ一人、御者の方だけは力及ばず、お救いすることが出来ませんでした。感謝など私には過ぎたものです」
「貴女が気に病むことではありません。魔物共がもたらした結果ですし、なにより護衛としての私たちの力が足りなかったが故のことです」
「そう言っていただけると幾分か心が軽くなります」
話すのが面倒すぎるのでもうやめたい。
「名乗るのが遅れましたが、グラルカン家私兵団団長のルガルドと申します」
「フェイと申します。姓はありません」
この名前は本名なわけではないが、偽名というわけでもない。単なるキャラクターネームというだけ。意味はほとんどない。
それはそれとして、グラルカン家という名前が出た。この家が貴族か何かは知らないが、私兵団を持っているということは力を持っているのは確かだろう。権力者に近づくのは面倒事の匂いがぷんぷんするが、この世界で生きていくには何か先立つもの――後ろ盾的なものは必要だ。上手く取り入ることが出来れば今後生きていく上で助かる部分は多いはずだ。
「助けていただいた上にこのような頼みをするのは申し訳ないですが、ここから街に着くまでの間、癒者として雇われていただけないでしょうか」
「もちろん引き受けさせていただきます」
数が多いとは言え、モンスターによって壊滅状態になったわけだし、俺を頼らざるを得ないだろう。それに俺にとっては渡りに船。ここで存分に恩を売って報酬をたんまり貰うことにしよう。
*
その後、団長のルガルドさんが意識を失ったままの他の団員を叩き起こしていった。スパルタだなと思いつつ、一番傷が深かったのはルガルドさんだったわけだし、そうでもないかもしれない。
だが問題が一つ。
馬車の中のお嬢さんは未だ起きる気配はない。しかし、このまま森の中に留まっているのも危険だ。
「じゃあ馬車で移動すればいいじゃない」という話かもしれないが、肝心の馬車を引く馬が食べられてしまっている。
という訳で、俺は人生で初めてお姫様抱っこというものをしている。
団長さんなら担げるだろうが、女性に男性が触れるのはどうなんだ、という気もして自分から進んで引き受けた。護衛の中に女性もいたがまだ回復し切っていない様子なのでしょうがない。
俺も魂は男だが見た目が女なので多分大丈夫だ。多分。恐らく。きっと。
装備に筋力を上げるような補正はないが、素のレベルが多少上がっているおかげで少女一人抱えて歩くのは苦痛ではなかった。
両手が塞がってるので魔法が使えない状況ではあるが、大抵のモンスターは避けてくれるだろうし多分何とかなる。何とかならなかったら、その時はその時だ。
数分歩いていると流石に暇になってきたので失礼かもしれないがお嬢さんの顔を覗き見る。
髪色は色素の薄い桃色で、顔は可愛いというよりかは綺麗系の顔だ。
「ほへー、美人だなー」と思いながら顔を見ていたら、目覚めたようで瞼が開く。
当然目と目がばっちり合う。
ふむ。気まずい。
…………にっこり。聖女スマイル。誤魔化すにはこれに限る。
「…………」
「…………」
両者だんまり。コミュ障に言葉を求めないで欲しい。
まあ、一応顔を合わせたことがあるとは言え、一瞬の出来事な上、だいぶまともな状況ではなかった。彼女としてはほとんど見知らぬ人物だから、この反応も当然か。
「おはようございます」
「えっ! あっはい! おはようございます」
「お加減はいかがでしょうか? 気分が悪かったり、どこか痛むところがあれば遠慮なくおっしゃってくださいね」
「ぜ、全然問題ありません。ですが…………」
「何か問題が?」
「自分で歩けますので降ろしていただけると助かります…………」
美少女の恥ずかしがる姿の破壊力を思い知った。
*
「助けていただき、ありがとうございます。グラルカン商会の長女、アイラ・グラルカンと申します。此度の礼は必ず」
「ご丁寧にありがとうございます。フェイと申します。通りすがりの、流浪者でございます」
お嬢さん、アイラさんを降ろして互いに自己紹介を済ませる。出来ることなら立ち止まって話したいところだが、いち早く森を脱出したいところなので歩きながらだ。
というか商人の娘さんか。貴族より面倒臭くなさそうで報酬も期待できる。気がする。完全な偏見だ。
どっちが面倒でそうじゃないかは知らないが、貴族様よりかは肩に力を入れなくても大丈夫だろう。
それから一時間弱程度歩くと、やっと都市の外郭のようなものが見えてきた。割と離れた位置から見てもかなりの大きさであることは窺えるので、恐らくだいぶ大きな規模の都市なのだろう。
歩くことは嫌いじゃないが、景色があまり変わらないので普通にくたびれてしまったので、ただの外郭といえども謎の感動がある。後、自力で歩けると言っていたアイラさんだったが、体力が全快しているわけでもない上に、元から体力があるわけでもなかったので結局俺が抱えることになった。
他人の目があるところで淑女が抱えられているのもどうか思ったので、アイラさんを降ろして都市の門へ向かう。
門には馬車の行列ができており、改めてこの都市の大きさを実感させられるが、現状かなり疲弊している人間が多い我々にとっては、かなり面倒な状況と言える。
ここから数分、あるいは数時間は立ちっぱなしかな、と思ったらアイラさんご一行はスイスイと列を横目に門へと近づいていった。
こんな暴挙に出ていいのだろうか、否いいわけがない。と思った俺は付いて行きながら、ちらりと並んでいる人たちの顔を覗き見る。
彼らは一様に、最初は怪訝な表情を浮かべ、アイラさんを視界に入れると納得したかのような表情を浮かべていた。全部が全部好意的なものではなかったが、彼女なら仕方がない、と言いたげなそれだ。
もしかしなくても商家の中でも割と権力を持っている家なのかもしれない。
あまり関係値を高めすぎると面倒そうだが、まあ小さいよりかはいいのかもしれない。俺はそう思い込むことにした。もう引くに引けないのだからそうするしかない。結局は成り行きに身を任せるしかないのだ。
門兵と幾つか言葉を交わすと普通に門を通過していいことになった。
そしてどこからともなく馬車がやってきてアイラさんとおまけに俺が乗せられ、街の中心地に向かい始めた。
権力ってすごいね。
*
馬車を走らせること数分。滅茶苦茶大きい豪邸に着いた。想像の五割増しで大きい気がする。正面から見える範囲だけでもそう感じるほどなので、実際にはもっと大きいかもしれない。
小心者の俺としてはとても勘弁して欲しいが、命の恩人みたいなもんだし、多少マナーが至らないところはお目こぼしいただきたいところだ。一般人の中の一般人なので、似非マナー講師のようにマナーを作ることは出来ても、ちゃんとしたマナーを実行することなどできない。
豪邸の中に入ると、大勢のメイドさんがずらりと並んで待ち構えていた。普通にビビる。
アイラさんはメイド長さんらしき人と会話すると、
「すみませんが、先に着替えさせていただくことをお許しください。また後程お話いたしましょう」
そう言って礼をした後、メイドさんを何人か連れて去っていった。まあ恐怖のあまり馬車の中で粗相をしてしまったようなのでしょうがないだろう。というか少女の体に乗り移った現状、そういった話は他人事ではないのかもしれない。
彼女を見送ると、メイドさんの一人に案内され、とある部屋にまで連れてこられた。
「この部屋は?」
「グラルカン家当主、ケルビム様のお部屋です。此度の顛末の詳細と、フェイ様への御礼についてお話がしたいようです」
「分かりました。ここまでの案内、ありがとうございます」
礼を言うときに純真無垢に見えるような笑顔を浮かべるのを忘れてはいけない。鏡を見て練習をしたわけじゃないので歪な笑顔になっているかもしれないが、美少女なので何とでもなるはずだ!
メイドさんがノックをし、入室の伺いを立てると「入れ」という低い声が返ってくる。
部屋に入るとふくよかな体型の男性がソファの近くに立っていた。ふくよかではあるが、どこか威厳を感じさせるというか、隙のなさそうな人だ。
「お初にお目にかかります。グラルカン商会という商家の当主を務めております、ケルビム・グラルカンと申します。この度は娘たちを救って下さり、感謝の念に堪えません」
「フェイと申します。たまたま通りすがった、旅中の、ただの癒し手でございます」
「ただの癒し手、ですか…………」
「? 何か問題でもございましたでしょうか?」
「いえ、なんでもございません。どうぞお掛けになってください」
若干なんか不穏な、意味深な感じの雰囲気を漂わせていて焦るが、勧められるまま対面のソファに座る。何か問題があったとしても地頭がよくないので、どうにもできないのが辛い所だ。
「繰り返しになってしまいますが、この度はありがとうございます。いきなりで申し訳ありませんが、馬車が襲われていた時のことを、分かる範囲で構いませんので教えていただけないでしょうか?」
なんでもう襲われていたことを知っているんだよ、と思ったが、到着した時にメイドさんが待ち構えていたことから考えて早馬的な何かで大体のことは聞いていたのだろう。
自分的には分かる範囲で、かなり多くの狼型のモンスターに襲われていたこと、御者さん以外は魔法で癒せたこと、それ以降はモンスターは寄ってきていないこと等々を話した。
ケルビムさんは一瞬考え込むような表情を浮かべたが、それを打ち消すかのように柔らかい表情を浮かべる。
「お話、ありがとうございます。今の話を参考に、今後はこのようなことが起こらぬ様、対策させていただきます」
「いえ、礼には及びません。今後このような悲劇が起きない事を祈っております」
今でこそ考えると、こんな大きな家の馬車の一団が、整備された道の中途でほぼほぼ全滅しかけていたのは尋常なことではないだろう。何かしらの異変が起こっているのは容易に想像できる。早急な調査なり対策なりしてくれることを祈るばかりだ。
「御礼のことについてですが、お望みの物があれば、グラルカン・カンパニーの名に懸けて用意しましょう。何か要望はございますでしょうか」
欲しいものは沢山ある。お金とかお金とかお金とか。下品な要望かもしれないが、お金がなきゃ明日生きるのも厳しい。霞を食って生きていけるわけではないのだから。
とは言えそれ以外にも個人的に気になることもある。それは――――
「この国について分かるものを用意していただくことは出来ますか?」
この世界についての情報だ。
*
「ゲームの情報があるなら別に要らないじゃない?」と思いたいところだが、残念ながらそう上手くいきそうにはない。
というのも、気になる点があまりにも多いのだ。
まず、俺はここまでの大きな都市をゲーム内で見たことがない。もちろんゲーム的にこんな大きな都市の全部を表現するわけがない、という可能性も十分にある。しかし、ここに来るまでの道中での街の景色は、俺が知っているゲーム内の都市のそれとは、どれとも一致していなかった。
次に、このグラルカンという名前も俺の知識にはない。滅茶苦茶やり込んでいた、というわけでもないので、NPCの名前を全部覚えているわけではないが、ここまでの規模の家だったら全く聞き覚えがない、というのは不自然に感じる。
他にも細々とした違和感があり、纏めて言ってしまえば、この世界は俺の知っている世界とは別物なんじゃないか、ということになる。
ケルビムさんには適当に「遠い国から来たから、この国ついて知りたい」とかそんな理由をでっちあげて、書斎…………というよりも図書室のようなところに案内してもらった。でっちあげたとは言ったが、あながち嘘という訳でもないので、あまり良心は痛まない。
膨大な本を前にして俺だけで目当ての本を探せるはずもなく、メイドさんに良さげな本を見繕ってもらいペラペラと読み始めた。今更な話ではあるが、全く見たことのない言語なのにスラスラと文字が読めるのは転生特典的なアレなのだろうか。とても奇妙な気持ちだ。会話が成り立っていたのもこの力のおかげなのかもしれない。
色々と情報が欲しかったので流し読み気味ではあったが、ある程度知りたいことは知れた。
まず、この世界は俺が知っているゲームの世界とは限りなく別物に近い。
この国はグリム、という国らしいが、そんなものはゲームには存在していなかった。周辺国家の名前も一応確認したが、全て聞きなじみのない国だ。
名前だけ違っている、という可能性も考慮して、歴史についても確認したが、これも知識にないものだった。
千年以上前から、悪神を崇拝している業魔と呼ばれる者たちとの戦争が続いているらしい。ゲームのストーリーとは全然違うし、公式設定にもある本編以前の歴史とも違うものだ。
なので、全くの別世界…………と言えればよかったのだが、そうも言いきれない事実もあった。
この国は四柱の神を信奉しているのだが、その中にいる戦と豊穣の女神、ファムという存在がいた。この神の名はゲームにも登場し、特に聖女というジョブはこの神と密接に関係のある存在だ。
他にもこの国に存在している魔法の中の一部や、記録に残っているモンスターの一部には、ゲームに実装されているものの名もあった。当然のように知らない魔法やモンスターの名前は結構あったが。
こんな感じでゲーム中の要素も割と存在している様子なので、全くの別物と言い切れないのが実情だ。
色々な事実が分かったが、結局深く考えたところで何か分かるわけでもないので、「ゲームの知識で無双出来るわけじゃない」という心持でいればいいか、という結論に至った。頭の悪さが辛い。
ついでに気になっていた聖女、という言葉についても調べてみたが、実際にそう言う役職があるらしい。
この世界には《統》と呼ばれる、善神と呼ばれる四柱の神――この国が信奉している神々と同じものだ――、それらへの信仰や神々の教えを広めたり、信者の活動を取りまとめている宗教組織的なものがある。
この組織が運営している教会ではお布施をすることで高度な治療や、加護、儀式を受けられ、割と人々と密接な関係がある。実際この国の国民のほとんどが統が広めている教えを受け入れているらしい。
そしてその統における高位の神官的な人が聖女と呼ばれる存在らしい。常人では癒すこともできないような傷を難なく癒し、自然現象である天気さえも思いのまま。神々のお告げを聞き取ることもできる、超重要人物だ。
この情報から考えれば、俺はその組織とはなんも関係がないし、治癒の腕前はともかく神々の声なぞ聞いたこともない。なので俺はこの世界における聖女とは別物と言ってもいいんじゃないだろうか。というかそうであって欲しい。
*
ケルビムさんのおかげで知りたいことを知れたし、こうやって人の居る街に来ることもでき、適当に立てた目標はクリア出来た。
なので次の方針を立てたいところだ。
大体の転生物であれば、魔王を倒すために立ち上がったり、不遇な生まれから成り上がったり、元の世界に帰るために頑張ったりするものだろうが、俺としては特にそういった願望とかはない。
魔王…………というよりかは業魔と呼ばれる種族の対立があるみたいだが、特に何かをされたわけでもなし、戦う理由もなければ、自分から危ない橋を渡りたくはない。
そして不遇な状況…………まあ個人的には若干不遇な状況ではあるが、この世界基準でみれば、そこまで嘆くほどの状況でもないだろう。癒しの力もそこそこ使えるし、戦闘に関しても強敵と戦わなければ大丈夫そうだし。
あと元の世界に帰りたいか、と聞かれると、正直どっちでもよかった。あちらの世界に未練があったわけでもないし、今は結構な美少女だ。帰宅願望は特にない。
それじゃどうするか、という状況で目を付けたのが「冒険者」という存在だ。この世界にはテンプレよろしく冒険者、それを束ねる冒険者ギルドがあるらしい。
勿論命大事に生きていきたいので大それた冒険をするつもりはないが、金を稼ぐ手段としては利用しない手はない。
冒険者で金を稼ぎつつ、せっかく異世界に来たのだから旅をしようと思った。
ゲームとは別物に近い世界だろうし、見たこともないものだほとんどだろう。見知らぬ土地であったり、聞いたこともない魔法であったり。
そういった未知の存在のことに思いを馳せると心が躍らないこともない。
何か重要なことを忘れているような気もするが、すぐに思い出せないことなので大したことじゃないだろう。
こうして当面の目標が立てらたことなので、色々と相談するべくケルビムさんの部屋に戻ることにした。