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大大大嫌い

「魔術師様、今日のところはこれくらいにしておきませんか?彼らは近いうち、必ず罰を受ける筈ですから」


 『こちらが手を下すまでもない』と説く私に、ミッチェル子爵はチラリと視線を向ける。

が、アメジストの瞳に宿る不快感や嫌悪感は一向に消えず……それどころか、更に強くなっていった。


「グレイス嬢はあいつらを庇うの……?」


「えっ?」


「僕より、あいつらの方が大事なの……?」


 か細い声でそう呟き、ミッチェル子爵はアメジストの瞳に涙を滲ませる。

辛い・悲しいという気持ちを前面に出し、手で顔を覆い隠した。


「ねぇ……やだよ、そんなの……どうして、目移りするの……ちゃんと僕だけ見ててよ……」


 ポロポロと指の隙間から涙を零し、ミッチェル子爵は膝から崩れ落ちた。

かと思えば、床に倒れる元弟子達を睨みつける。


「お前達のせいだ……お前達のせいだ……お前達のせいだ……お前達のせいだ……お前達のせいだ……お前達のせいだ……お前達のせいだ……お前達のせいだ……お前達のせいだ……お前達のせいだ……お前達のせいだ……お前達のせいだ……お前達のせいだ……」


 まるで呪文のように同じ言葉を繰り返し、ミッチェル子爵は炎の壁を操った。

ゆっくりと内側へ寄っていくソレを前に、彼はスッと目を細める。


「取り返さなきゃ……グレイス嬢を……彼女に捨てられたら、僕は……」


「────魔術師様!いけません!」


 慌ててミッチェル子爵の元へ駆け寄り、私は剣を構えた。

と同時に、炎の壁へ向かって剣を振る。

すると、その反動……というか、風圧で炎は掻き消された。


「なん、で……?どうして、邪魔するの……?そんなにあいつらのことが気に入っ……」


「ている訳ないじゃないですか!」


 堪らず本音を叫び、私は目線を合わせるようにしゃがみ込む。

驚いたように目を見開くミッチェル子爵の前で、私は彼の右肩を軽く掴んだ。


「師匠である魔術師様の研究成果を盗んだり、こんな非人道的な実験を行ったりする人なんて大大大嫌いですよ!」


「う、嘘だ……じゃあ、何であいつらを庇って……」


 『信じられない』とでも言うように(かぶり)を振り、ミッチェル子爵は少し仰け反る。

すっかり疑心暗鬼に陥っている彼を前に、私は身を乗り出した。


「そんなの決まっているじゃないですか!まだ────欲しい情報を一つも吐いていないからです!処すのは、それからでも遅くありません!」


「「「……」」」


 『彼らは貴重な情報源なんですよ!』と言い切った私に、元弟子達は何とも言えない表情を浮かべた。

『いや、言っていることは間違ってないんだけどさ……』と項垂れる彼らの前で、ミッチェル子爵は面食らう。


「情報……」


「はい!魔術師様のおかげで実験内容は大体分かりましたけど、具体的にどんなことをやっていたのかとか研究資金をどこから調達していたのかとかはまだ判明していないので!」


 『きっちり調べないと!』と力説し、私は背後に迫った氷塊を剣で打ち砕いた。

視線はミッチェル子爵に固定したままで。

『まだ攻撃する余力が残っていたとは』と感心しつつ、足元の石を剣で弾く。

すると、見事元弟子達のおでこにクリーンヒット。

全員、脳震盪を起こして倒れた。

『とりあえず、これでよし』と満足する中、ミッチェル子爵はほんの少しだけ雰囲気を和らげる。


「……本当にあいつらのこと、気に入った訳じゃないの?」


「はい!全く気に入っていません!断言します!」


 『なんなら、誓約書を交わしてもいいですよ!』と強気に出ると、ミッチェル子爵は肩の力を抜いた。

じっとこちらを見つめながら、そろそろと手を下ろし……ようやく泣き止む。


「そっか……じゃあ、こいつらより僕の方が大事?」


「はい、もちろんです!」


 『当たり前じゃないですか!』と主張する私に、ミッチェル子爵はホッとしたような……嬉しそうな表情を浮かべた。

『えへへ……』と照れたように笑いつつ、クイクイと私の袖口を引く。

と同時に、上目遣いでこちらを見上げた。


「なら、殺さない……だから、頭撫でて」


「分かりました」


 もうすっかり慣れてしまったこのやり取りに目を細め、私はフード越しに彼の頭を撫でる。

その途端、ミッチェル子爵は気持ち良さそうに頬を緩めた。


 本当に猫さんみたいだな。撫でているこっちも癒される。


 などと考える私を他所に────魔物達は突然、鳴き声を上げる。

まるで、何かを訴え掛けるみたいに。

『どうしたんだろう?』と思いつつ、魔物達の視線の先を追うと身じろぎする少年の姿があった。

起床を予期するかのように小さく唸り、彼はゆっくりと目を開ける。

と同時に、魔物達を目にした。


 あっ、不味い……!寝起き早々魔物とご対面なんて、普通の子供ならギャン泣きしちゃう!

最悪、心肺停止するかも……!


 『子供=か弱い』という印象が根付いている私は、スクッと立ち上がり少年の元へ向かう。

魔物達の上を軽々飛び越えて彼の横に着地すると、


「あの、これは……」


 と、声を掛けようとした。

だが、しかし……


「もしかして、卵の親?迎えに来てくれたんだな」


 最近の子供は肝が据わっているのか、大して怖がることなく魔物達を見つめる。

『あれ?怪我が治っている?』と呟きながら身を起こす彼の前で、魔物達は鳴き声を上げる。


「へぇー。そうなんだ。じゃあ、俺達はもう助かったんだな……って、助けられなかった命もあるけど。ごめんな、守れなくて……幾つかの卵は俺の体に入ってさ……その……死んじまったんだ」


 そっと眉尻を下げ、少年は悲しそうに……申し訳なさそうに自身の手を見下ろした。

『俺がもっと強かったら……』と嘆く彼を前に、魔物達はまたもや鳴き声を上げる。


「えっ?死んでないって?俺の中でずっと生き続けている?」


 パチパチと瞬きを繰り返し、少年は胸元に手を当てた。

自分の鼓動を感じつつそっと目を伏せ、僅かに頬を緩める。


「ああ、そうだな。あいつらは生きている。この鱗が、耳が、目がある限り」


 魔物(トカゲ)の特徴を引き継いだであろう体の部位に触れ、少年は小さく笑った。

人体改造されたというのに、その結果を悲しむことなく受け入れ、順応しようとしている。

いや、むしろ誇っていると言ってもいいだろう。

『凄く優しい子ね』と目を細める中、ミッチェル子爵が私の隣に並んだ。


「ねぇ、君────もしかして、魔物の言っていることが分かるの?」


「!!」


 ハッと息を呑む少年に対し、ミッチェル子爵は僅かに目を細める。


「まるで会話しているように見えたからさ」


「き、気のせいじゃないかな……」


「じゃあ、どうして直ぐに状況を把握出来たの?僕もグレイス嬢も一切情報を与えていないのに」


「そ、それは……その……」


 魔物と話せるなんて知られれば厄介なことになると判断したのか、少年は目を白黒させる。

どうにかして誤魔化そうと必死な彼を前に、私は剣を収めた。

武器をひけらかしながら喋るのは、なんだか気が引けたため。


「初めまして。私はエテル騎士団所属の第一騎士グレイスです。こちらは魔塔所属の第一級魔術師ディラン・エド・ミッチェル様。我々は魔物討伐の任務を受けて、ここまで来て……」


「ま、待って!こいつらは何もしていない!ただ、自分の子供を取り戻そうと……!」


 『討伐』という単語に過剰反応し、少年は魔物達を庇うように手を広げた。

震えながらも私達の前に立ちはだかる彼に対し、


「分かっています。討伐はしません」


 と、言い聞かせる。

『本当に……?』と不安がる彼を宥め、私はこれまでの経緯(いきさつ)を軽く説明した。

すると、彼は僅かに態度を軟化させる。


「そっか。助けてくれて、ありがとう。俺はアランだ。アルヒ村出身で、多分アンタの言う『ワイアットさん』の孫」


「まあ!そうだったんですか!」


 思わず大きな声を出す私は、『じゃあ、出発前のアレって……』と思い返した。

随分と言い淀んでいたワイアットさんを思い浮かべ、少しだけ嬉しくなる。

だって、大切な家族を無事奪還出来たのだから。

『ワイアットさんもきっと喜ぶ筈』と浮かれつつ、笑顔で手を差し伸べた。


「こうしちゃいられません!早く村に帰りましょう!それで、アランくんの無事な姿を皆に見せて……」


「────それは多分無理だよ」


 そう言って、私の手を掴み取ったのは他の誰でもないミッチェル子爵だった。

どことなく難しい顔つきでアランくんを見据える彼は、そっと目を伏せる。


「君には、これから事情聴取や身体検査を受けてもらわないといけないし……それに────魔物と話せるという特性を持つ以上、普通の生活には戻れない」


「「!!」」


 普通の人間ではなくなってしまった事実を今一度突きつけられ、私とアランくんは顔を見合わせた。

キュッと唇に力を入れる私達の前で、ミッチェル子爵は一つ息を吐く。


「運良く村に帰されたとしても一生監視がつくだろうし、この特性を知られれば周りに気味悪がられるだろう。でも、それだけならまだいい方。最悪なのは悪いやつに目をつけられて攫われたり、モルモットにされたりすること。今の君は良くも悪くも人間離れしていて……研究材料にうってつけだから」


 子供だからと言って一切誤魔化さず、ミッチェル子爵は淡々と現実を告げた。

『楽観視出来るような状況じゃないんだよ』と説明する彼を前に、アランくんはサァーッと青ざめる。


「研究、材料……」


「そう。端的に言うと、今回のような扱いを受ける可能性があるってこと。君はただの平民で、大した後ろ盾もないから」


「っ……!」


 『格好の獲物だ』と言われたアランくんは、歯を食いしばって俯いた。

先程まで気丈に振舞っていたが、やはり怖いものは怖いらしく……ガクガク震えている。

『またあんな目に遭うのか……』と怯える彼の前で、ミッチェル子爵は私の手をそっと離した。

かと思えば、アランくんに向き直る。


「だからさ────僕のところに来ない?」


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