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謎は解ける

「はぁ……何となく予想はしていたけど、まさか本当にここで────人体実験(・・・・)をしていたなんて」


 『忌まわしい』とでも言うように顔を歪め、ミッチェル子爵はある一点を睨みつける。

そこには────見るからにボロボロな少年の姿があった。


「魔塔の魔術師ですら、人体実験はなかなか許可されない……されたとしても、対象は死刑囚などの罪人に絞られる。何の罪もない子供を対象にするなど……許されない行為だ」


 怒りというより憎しみに近い感情を表し、ミッチェル子爵は痛いほど私の手を握り締める。

自分の中にある衝動をどう収めればいいのか、分からないのだろう。

ただでさえ、今は情緒不安定だろうに……この光景は相当堪える筈。

健常者である私でも、言いようのない怒りに襲われるのだから。


「誰がこんな(むご)いことを……」


「分からない……ここへ頻繁に行き来している三人は、留守のようだから」


 ここまでずっと一本道だったことやこの先にもう道がないことから、ミッチェル子爵は不在を確信する。

と同時に、気絶している様子の少年へ近づいた。

私も手を引かれるまま歩を進め、少年の前に立つ。

椅子に縛り付けられる形で拘束されている彼を前に、私は剣を抜いた。


「……拘束具を壊します」


 念のため先に宣言してから、私は縄や手錠を切り落とす。

無論、少年の体は傷つけないよう細心の注意を払いながら。


「回復魔術を掛けるから、少し離れて」


 至るところを包帯でグルグル巻きにされた少年へ手を翳し、ミッチェル子爵は魔術を行使する。

グリモワールに回復系統の魔術は載ってなかったのか、魔術式を利用していた。

ほんの少しだけ顔色の良くなった少年を前に、ミッチェル子爵は胸を撫で下ろす。


「一先ず、この子供を連れて一旦村に戻ろう」


「そうですね」


 『いつ戻ってくるか分からない三人を待つよりいい』と結論づけ、私は少年をそっと抱き上げた。

と同時に、目を見開く。

だって────彼の首筋辺りに、見覚えのある皮膚……というか、鱗を発見してしまったから。


「これって、あの魔物達の……」


 恐ろしい考えが脳裏を過ぎり、私は震え上がる。

────と、ここで魔物達が『キーッ』と一斉に鳴き声を上げた。

反射的に魔物達の方を振り向くと、そこには大事そうに卵を抱える奴らの姿が……。


 そっか……そういうことか。ようやく、分かった。魔物達は────


「────自分の子供を取り返すために、私達へ助けを求めていたんだ」


 やっと全ての謎が解け、私はクシャリと顔を歪める。

魔物達も被害者なんだと……子を奪われて苦しんでいたんだと思うと、色んな感情が溢れてきて。


 本来であれば、正気を失ってもおかしくない出来事……なのに、魔物達は必死に歯を食いしばったんだ。

我が子を助けるためだけに……。

自分の子供を奪った同じ人間に助けを求めるなんて、相当屈辱だっただろうに。


 苦渋の決断を下したと思われる魔物達に深く同情し、私はちょっと泣きそうになった。

『子を思う親の心は皆同じなんだな』と痛感する中、メスの魔物が数匹こちらへ駆け寄ってくる。

その手に、卵はない。

『まさか……』と嫌な予感を覚える私の前で、そのメス達は少年へ手を伸ばした。

危害を加えられる可能性を考え、一瞬身構えるものの……奴らはテシテシと少年の膝や足を撫でるだけ。

まるで、何かを恋しく思うように。


「ま、魔術師様これは……」


「その子供から我が子の気配を感じ取って、ちょっと構っているだけだよ。害はない」


 いつの間にか床に散らばっていた資料を読み漁っていたらしく、ミッチェル子爵は視線だけこちらに向ける。


「グレイス嬢も薄々勘づいていると思うけど、ここで行われていたのは────魔物と人間の融合実験だ」


 『俗に言うキメラみたいなもの』と説明するミッチェル子爵に、私は何も言えなかった。

いや、なんと言ったらいいのか分からなかったのだ。


 素人の私でも、一発で危険だと分かる実験内容……研究のプロである魔術師達が、そのリスクを理解していない訳ない。


「一体、何のためにそんなこと……」


 あまりにも非人道的すぎる行いに、私は胸を痛めた。

『その魔術師達は人の心を持っているのか』と思案する中、ミッチェル子爵は研究資料を眺める。


「最終的な目標は人間でも魔法を操れるようになること……かな。まあ、実にくだらない研究だね」


 『人様を巻き込んでまでやることじゃない』と吐き捨て、おもむろに身を起こした。

その瞬間────少年の座っていた椅子辺りに、何者かが現れる。

いや、転移してくると言った方がいいかもしれない。


「しかも、きっかり三人居る」


 魔塔所属の証である黒いローブを身に纏う彼らに、私は『身から出た錆というやつか』と嘆息する。


「そこの御三方、本件の説明をお願いします────もちろん、騎士団本部で」


「なんなら、魔塔でもいいよ」


 拾い集めた研究資料をヒラヒラと揺らし、ミッチェル子爵は『こんなのバレたら大変なことになるね』と告げた。

蔑むような目で三人を見つめ、グリモワールを開く。

臨戦態勢に入る彼の前で、三人の魔術師は『ひっ……!』と小さな悲鳴を上げた。


「な、何で貴方がここに……?」


「謹慎を解かれたのは知っていたけど……まだ歩き回れるような精神状態じゃないだろ!」


「まさか────僕達に報復する(・・・・・・・)ため、ここまで来て……!?」


 ミッチェル子爵と知り合いなのか、三人は見るからに狼狽えた。

すっかり逃げ腰になる彼らを前に、ミッチェル子爵は思い切り顔を歪める。

怒りと悲しみが入り交じった様子で、ゆらゆらと瞳を揺らしていた。


「イアン、ジャスパー、マーティン……」


 どこか危うい雰囲気を放ちながら、ミッチェル子爵は────元弟子達の名前を呼ぶ。

その途端、三人はビクッと肩を震わせた。


 なるほど、彼らが魔術師様を不幸のどん底に陥れた元凶。

フードを深く被っていたから、気づかなかったわ。


「魔術師様の研究成果を横取りするだけじゃ飽き足らず、こんなところでコソコソと人体実験なんて────魔塔所属の魔術師と言えど、厳罰は免れませんよ」


 一旦少年を地面に下ろし、私は近寄ってきたメスの魔物達に世話を頼む。

見たところ、敵意や害意はなさそうだったから。


 担いで戦ってもいいけど、万が一があったら大変だもの。


「無駄かと思いますが、一応警告しておきます。抵抗せず、大人しくお縄についてください」


 剣先を彼らに向け、私は最初で最後の降伏勧告を行った。

が、ミッチェル子爵の元弟子達は動かない。

案の定とでも言うべきか、この場を切り抜ける算段のようだ。


「相手は実質二人……師匠のことが気に掛かるけど、第三級魔術師三人掛かりなら何とかなるかも……」


「魔物は卵を守るので精一杯みたいだし、気にしなくていいな」


「じゃあ、とりあえず────女の方から……!」


 『崩しやすいところから崩す』という戦闘の基本に則り、彼らは一斉にこちらを向いた。

かと思えば、手のひらから魔力を垂らし、魔術式……いや、それよりも遥かに簡単で単純なものを作り上げる。

所謂、魔術式の短縮版だ。

攻撃文字だけ書いて、魔術を行使するというやり方だから。

効果内容は魔物の使う魔法に近く、シンプルなものに絞られる。その代わり、発動スピードは上がるというもの。

あっという間に顕現した火の玉や雷の矢を前に、私はスッと目を細めた。


「さすがは魔術師様の元弟子達です。早すぎて、発動を防げませんでした。でも────」

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