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最悪の展開

 不完全燃焼とも言うべき微妙な心境へ陥り、私は『何なんだ……』と項垂れる。

────と、ここで魔物が急に立ち止まりこちらを振り返った。

何かを訴え掛けるかのようにじっと見つめてくる奴の前で、私はミッチェル子爵と顔を見合わせる。


「もしかして、私達に『ついてこい』って言っています……?」


「そう……みたいだね。随分と賢い魔物のようだ」


 『道案内という概念を持っているだなんて』と困惑し、ミッチェル子爵は目を白黒させた。

悩ましげな表情を浮かべる彼の横で、私はじっと魔物の目を見つめ返す。


「とりあえず、ついて行ってみましょう。何が起きているのか、確かめないことにはどうしようもありませんし」


「……あまり気は進まないけど、これも任務のうちだからしょうがないか。どうも、あの魔物達を討伐して終わる話ではなさそうだ」


 『厄介事の匂いがする』と嘆息し、ミッチェル子爵は懐から一冊の本を取り出した。

紫色でタイトルを書かれた黒い表紙のソレは、どことなく禍々しいオーラを放っている。


 これって、まさか────


「────グリモワール、ですか?」


 キラキラと目を輝かせて問い掛けると、ミッチェル子爵は小さく頷いた。

『よく分かったね』と述べる彼の前で、私は思い切り頬を緩める。

だって、世界に数冊しかないと言われる貴重な本と対面出来るなんて思いもしなかったから。


 ────グリモワール。

別名、魔術書と呼ばれるソレは読むだけで魔術を行使出来る特別な本だ。

これだけ聞けばとても便利なものに思えるかもしれないが、術者の力量によっては本に意識を呑み込まれてしまうため注意が必要である。

迂闊に手を出せば、とんでもないしっぺ返しを食らうことにだろう。

でも、グリモワールに使用者として認められれば自由に本の魔術を扱える。


「魔術師様はグリモワールまで、従えているんですね。本当に凄いです」


「そんなことないよ……コレに認められたのは、本当にたまたまだから」


 『運が良かっただけだ』と語り、ミッチェル子爵は前を向く。

こちらの様子を窺うように待機する魔物を見据え、ゆっくりと歩き出した。


「多分言葉は通じないだろうけど、一応警告しておくね────妙な真似をしたら、一瞬で八つ裂きにするよ」


 相手がわりと賢い魔物だからか、ミッチェル子爵は敢えて言葉を投げ掛けた。

その途端、魔物はたじろぐが……決して、逃げない。

やはり、何か私達にしてほしいことがあるらしい。

一定の距離を保ちながら前へ進み、私達を────群れのところまで連れていった。


「これは……」


 崖の下にある洞窟を囲む形で待機する魔物達に、私は困惑を覚えた。

だって────


「────ここはトカゲにとって、寒すぎる……住処にするには不十分だわ。それにどうして、メスまで外に出ているの?」


 時期的にメスのトカゲ達は出産を終えて、卵の守りと子育てに奔走している筈だ。

それなのに、オス達と行動を共にしている。

これは明らかにおかしい。


 魔物化によって、習性が変わった?もしくは────子供を失った、とか?


 想像したくもない可能性だが、そう考えれば辻褄は合う。

でも、わざわざこんな場所へ集まっている理由だけは分からなかった。

『魔物達は私達に一体、何を求めているの?』と思案する中、ミッチェル子爵は洞窟の入り口をじっと見つめた。


「……魔術」


「えっ?」


「洞窟の入り口を結界魔術で塞がれている」


 『透明だから、よく見ないと分からないけど』と述べつつ、ミッチェル子爵は目を凝らした。


「結界の完成度から察するに……術者の実力は第三級魔術師くらいかな?」


「第三級って……何でそんな人が辺境の森の洞窟に……」


 どう考えても違和感しかない展開に、私はスッと目を細める。

ミッチェル子爵の予言通り厄介事に発展しそうで、警戒心を募らせた。


「何にせよ、きちんと話を聞かなければなりませんね」


 『放置は出来ない』と決心し、私は魔物達の前を通り過ぎる。

手を繋いでいるミッチェル子爵も後に続き、洞窟の入り口まで足を運んだ。


「この結界、どうする……?強度はかなり高いけど」


 透明の結界にそっと触れ、ミッチェル子爵はこちらに目を向ける。


「一応、解除出来そうではあるよ。ちょっと時間は掛かっちゃうけど」


「いえ、このまま破壊します」


 この森は皇室の直轄領で、基本人の出入りを禁じている。

アルヒ村の人達ですら、滅多に近寄らない。たまに手前の方で山菜を摂る程度。

つまり────ここに魔術師が居るということ自体、おかしいのだ。

本人に悪気はなくても、国境付近をうろちょろするのは頂けない。

ただ暮らしているにせよ何かを企んでいるにせよ、ここから追い出さないと。


 『そのためなら、武力行使もやむなし』と判断し、私は剣を抜いた。

と同時に、透明の壁を切りつける。

いや、殴りつけると言った方がいいかもしれない。

ただ、力いっぱい剣を振り下ろしただけだから。


「これほどの結界をたった一撃で……」


 パリンと音を立てて割れた結界に、ミッチェル子爵は面食らった。

『純粋な力だけで魔術を穿つなんて』と瞠目する彼を他所に────魔物達が一斉に洞窟の中へ入り込む。

どうやら、彼らの目的は私達人間にこの結界を破壊させることだったらしい。

だから、荒らすだけ荒らして帰り、こちらの関心を引いていた。


「待って!」


 今にも奥へなだれ込みそうな魔物達を引き止めると、奴らは素直に足を止める。

言葉がなくとも、こちらの言わんとしていることは何となく理解出来るようだ。


「貴方達の目的は分からないけど、中に人が居ても傷つけないで。それから、先頭は私達に譲ってちょうだい」


 『勝手な行動は慎むように』と言い聞かせるものの……当然、魔物達は納得しない。

が、こちらの制止を振り切ることもしなかった。

それは恐らく、私達の実力を知っているから。

『なら、交渉の余地はありそう』と考えつつ、私は身を屈めた。


「この二つを守ってくれなければ、私は貴方達を討伐しないといけない。でも、出来ればそうしたくないの。見たところ貴方達は肉食じゃなさそうだし、高い知能を持っている。人間との共存は充分可能だと思っているわ」


 『ここは一つ、折れてくれないかしら?』と述べ、私はコテリと首を傾げる。

すると、魔物達は互いに顔を見合わせ────両脇へ移動した。

どうやら、道を譲ってくれるようだ。


「ありがとう」


 ふわりと柔らかく微笑んでお礼を言い、私は直ぐさま背筋を伸ばす。

と同時に、歩を進めた。


「暗いですね」


「灯りつけようか?」


「お願いします」


 間髪容れずに頷くと、ミッチェル子爵はどこか嬉しそうに頬を緩めた。

『頼ってもらえた』と呟きながらグリモワールを使って、光の玉を顕現させる。

おかげで、辺りを見渡せるようになった。


「今のところ、特に変わった点はありませんね」


「人の行き来した跡はあるんだけどね」


 『ほら』と言って足元を指さし、ミッチェル子爵は何者かの足跡をこちらに見せる。


「多分、ここへ来ている人間は三人……かな?いや、もう一人────子供も居るな。でも、中に入っていく足跡だけで戻ってくる足音はない……」


「つまり、この先にその子供が居るかもしれないということですね」


「うん、多分……」


 またしても不安材料が増え、ミッチェル子爵は深い溜め息を零した。

『嫌な予感がするな……』と呟き、目頭を押さえる。

────と、ここで少し開けた場所に出た。


「最悪だ……」


 光の玉の効力を上げ、周囲の状況を確認するミッチェル子爵は項垂れる。

と同時に、魔物達が弾かれたように前へ飛び出した。

それも、メスを中心に。


「はぁ……何となく予想はしていたけど、まさか本当にここで────人体実験(・・・・)をしていたなんて」

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