エピローグ
◇◆◇◆
────ディラン様のプロポーズを受けてから、約一年。
私達は正式に婚約を交わして結婚式の準備に励み、ようやく本番当日を迎えた。
なんだか、不思議な気分ね。頭の中は凄く冷静なのに、気持ちはちょっと浮ついているというか。
そっと胸元に手を当てる私は、いつもより早い鼓動に苦笑を漏らす。
『やっぱり、ディラン様と結婚出来るのが嬉しいんだな』と実感して。
自然と上がる口角に手を添え、スッと目を細めた。
────と、ここで部屋の扉をノックされる。
「グレイス嬢。そろそろ出番だけど、準備は大丈夫?」
扉越しに聞こえてくるディラン様の声に、私はハッとした。
『もうそんな時間か』と考えながら。
「もう大丈夫です。今、扉を開けますね」
付き添いの侍女の手を借りて立ち上がり、私はゆっくりと出入り口へ向かう。
ディラン様が何日も掛けて選んでくれたウェディングドレスを汚さぬように、と。
『布地から、デザインまで拘り抜いた一品らしいから』と思いつつ、私は控え室の扉を開けた。
と同時に、大きく目を見開く。
だって────白のタキシード姿のディラン様が、あまりにも格好よくて。
普段は黒い服ばかり着ているため、余計に目を引くというか。
「よくお似合いです、ディラン様」
思ったままのことを伝え、私はニッコリと微笑んだ。
すると、ディラン様は一気に顔を赤くする。
でも、別に照れている風ではなく……どちらかと言うと、何かに見惚れている様子だった。
『ドレスの出来が思った以上に良くて、感動したのかな?』と考える中、彼は口を開く。
「綺麗……」
譫言のようにそう呟き、ディラン様は『ほう……』と感嘆の息を漏らした。
かと思えば、私の手をギュッと握り締める。
グローブ越しに伝わってくるディラン様の温もりに少し驚いていると、彼は
「……誰にも見せたくない」
と、ワガママを言った。
まるで、プロポーズを受けたあの日みたいに。
「グレイス嬢にピッタリな衣装なのは、分かっていたけど……分かっていたからこそ選んだんだけど、こんなに素敵だとは思わなかった。どうしよう?グレイス嬢を気に入る輩が、出たら……もう結婚式、中止にしようかな」
悩ましげに眉を顰め、ディラン様は握った手に力を込める。
どこにも行かせない、とでも言うように。
相変わらず独占欲の強い彼を前に、私はクスリと笑みを漏らした。
こんな時に不謹慎かもしれないが、愛されている実感が湧いてきて。
「お褒めの言葉、ありがとうございます。ディラン様に選んでいただいた衣装のおかげで、胸を張って式に臨めます」
『これなら、主役として恥ずかしくない』と主張し、私は少しばかり身を乗り出す。
「なので、中止は勘弁していただけませんか?せっかく用意していただいた衣装をお披露目せずに終わってしまうのは悲しいですし、私達の結婚を祝いに来てくれた方々に失礼です。何より────」
そこで一度言葉を切ると、私は握られた手を握り返した。
「────たくさん自慢したいんです。このウェディングドレスや夫となるディラン様のことを」
『今日くらいは全力で惚気けたい』と願い出る私に、ディラン様はパチパチと瞬きを繰り返す。
アメジストの瞳に、驚きと喜びを滲まながら。
「自慢……僕もしたいかも」
少し悩むような素振りを見せつつも、ディラン様は結婚式をする方向へ気持ちが傾く。
その証拠に、手を拘束する力が少し弱まっていた。
「もちろん、独り占めしたい気持ちもあるけど。でも、それ以上に見せびらかしたい。僕の可愛いお嫁さんを」
少しばかり声を弾ませ、ディラン様はうんと目を細める。
と同時に、不敵な笑みを浮かべた。
「それによく考えてみたら、結婚式は悪い虫を牽制するチャンスだよね。変な気が起きる余地もないくらい、僕達の仲を見せつけてあげなきゃ」
『失恋は早い方がいいでしょ』と言い、ディラン様は繋いだ手を一度離す。
「それじゃあ、行こうか」
スッとこちらに手を差し出し、ディラン様はエスコートを申し出た。
すっかり結婚式に乗り気となった彼を前に、私は手を重ねる。
そして、どちらからともなく歩き出すと、結婚式の会場へ急いだ。
入場予定時間の数分前だったので。
それでも、何とか開始時刻前に集合場所へ辿り着き、待機する。
いよいよ、本番ね。
────と意気込む中、ついに目の前の扉は開け放たれた。
と同時に、参席してくれたミリウス殿下や団長の姿を目にする。
『皆、来てくれたんだ』と頬を緩める私は、少し感激してしまった。
ディラン様の招待客はさておき、私の招待客は職場関係の人ばかりだから。
それも、ここ一・二年の付き合い。
お世辞にも親しい間柄とは言えないのに、皆ちゃんと参加してくれて……お祝いの言葉までくれて、本当に嬉しい。
『後日、きちんとお礼を言わないといけないな』と考えつつ、私はディラン様と共に歩を進める。
やがて式を取り仕切る神官の前まで来ると、ゆっくり足を止めた。
その途端、会場内は静まり返り、厳かな雰囲気に包まれる。
「新郎新婦、両名にお尋ねします。健やかなる時も病める時も互いを愛し、敬い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
神官の男性は演説台越しにこちらを見つめ、お決まりのセリフを述べた。
穏やかな表情で返事を促す彼に対し、私とディラン様は
「「はい、誓います」」
と、迷わず答える。
だって、結婚式を計画した時点で……いや、プロポーズをした時点でもう心は決まっているから。
「よろしい。では、誓いのキスを」
満足そうに微笑んでそう言う神官の男性に、私達は小さく頷いた。
と同時に、向かい合う。
「グレイス嬢、触れるね」
「はい」
『どうぞ』と少し顔を突き出すと、ディラン様はゆるゆると頬を緩めた。
かと思えば、両手でそっと私の頬を包み込む。
まるで、他の人の視線から隠すように。
「ごめんね、グレイス嬢。可愛い君を自慢したい気持ちは、あるんだけど……これだけは、独り占めさせて?」
『他の人に見せたくない』と主張し、ディラン様は親指の腹で私の唇をなぞった。
キスを予感させるその仕草に、私はクスリと笑みを漏らす。
「構いませんよ。ディラン様の好きなようにしてください」
結婚式を無事に開催出来ただけで私は満足なため、ディラン様に身を委ねた。
すると、彼は『ありがとう』とだけ言って顔を近づける。
どこか熱っぽい視線を送りながら。
「愛しているよ、グレイス嬢」
他の人には聞こえないような小さい声で囁き、ディラン様は唇を重ねた。
優しく、一回……触れ合うようなキスを。
キスなんてもう数え切れないほどしたのに、凄く満たされる。
結婚式という特殊なシチュエーションだから、かしら?それとも、ディラン様と想いが通じ合っているから?
まあ、どちらにせよ一生忘れられない思い出になったわね。
じわじわと胸に広がっていく感動を前に、私は思い切り頬を緩める。
この幸せを噛み締めながら。
「ディラン様、私もお慕い申し上げております」
先程言いそびれてしまった愛の言葉を口にし、私は目を細めた。
彼と歩む未来を見据えて。
多分、これから先も様々な困難が待ち受けているだろうけど、ディラン様となら大丈夫。
絶対に乗り越えられるわ。
だって、彼の隣に居ると何でも出来るような気がしてくるから。
恐らく、これが愛の力というやつなんでしょうね。
曖昧で不確かだが、確かに存在する力に、私は思いを馳せる。
と同時に、愛する人と結ばれた奇跡をただただ喜んだ。
『心を病んだ魔術師さまに執着されてしまった』は、これで完結となります。
最後までお読みいただき、ありがとうございました┏○ペコッ




