魔力逆流症《ヴィクター side》
「お話は大体、分かりました。でも、本当に……本当に何か方法はないんですか?」
『しつこい』と分かっていながらも再度問うと、医者の老人は少し呆れたように……でも、どこか哀れむようにこちらを見つめる。
「本当に何もありません。魔力逆流症は非常に珍しい病気なので、サンプルも少なくて……あっ、でも────」
何かを思い出したかのように目を見開き、医者の老人は少しばかり言い淀む。
『いや、しかしこれは……』と独り言をブツブツ呟く彼の前で、僕は身を乗り出した。
「どんなことでも構いません!何か知っているなら、教えてください!」
『お願いします』と言って頭を下げ、僕は恥も外聞もかなぐり捨てて頼み込む。
すると、医者の老人は一瞬呆気に取られた。
が、直ぐに平静を取り戻してコホンッと咳払いする。
「これはあくまで噂なのですが」
そう前置きしてから、医者の老人はゆっくりと語り出した。
まだ話していない魔力逆流症のことを。
「────痛みを和らげる方法なら、ここ△△国の王室が知っているやもしれません」
「!!」
治療法ではなく、対症療法……!そうか!そういう手もあるのか!
目から鱗と言うべき着眼点に瞠目する中、医者の老人は僅かに声のトーンを落とす。
「実は数年前に亡くなった第七王子が、魔力逆流症に罹っていまして。殿下もかなり高い魔力をお持ちなので、普通はもがき苦しんで死んでいくのですが、息を引き取る寸前までとても安らかに過ごされたそうです」
『死に顔も穏やかだったとか』と補足しつつ、医者の老人は自身の顎を撫でた。
「ただ、確証のない話ですし、相手は王室ですから真偽を確かめる術もありません」
『謁見を申し込んだところで門前払いされるのが、目に見えている』と言い、彼は一つ息を吐く。
と同時に、そっと眉尻を下げた。
「お力になれず、申し訳ないです」
「いえ、充分です。ありがとうございます」
深々と頭を下げて感謝の意を表し、僕は医者に料金を支払う。
もちろん、たっぷり色をつけて。
彼のおかげで、少し光が見えたから。
メロディの死は残念ながら、回避出来ないけど……でも、残り僅かな時間を穏やかに過ごせる選択肢があるならそれを取りたい。
だから……。
任務の報告書をじっと見つめ、僕は医者の帰った部屋で身支度を整える。
「ごめん、メロディ。少しだけ、待っていて」
すっかり深い眠りについた彼女へ軽くキスして身を翻し、僕はホテルから出た。
そして、向かったのは────この国の王城。
無論、目的は魔力逆流症の痛みを和らげる方法の伝授だ。
言うまでもなく、これは任務違反……それどころか、反逆行為として見なされるかもしれない。
でも、僕にとって重要なのはメロディだから……罰を受けようと周りに非難されようと、どうでもいい。
というか────彼女を近いうちに失うと判明した以上、もう魔塔や帝国にこだわる理由もなかった。
『魔塔主を目指す意味だって、失われたし……』と思い、僕はなんだか自暴自棄になる。
この時、ふと────メロディを見送った後、自分は一体どうなるんだろう?と考えた。
「多分、抜け殻のようになるんだろうな……」
気持ちを切り替えて前向きに生きていくところなんて想像出来ず、僕はフッと笑みを漏らす。
『嗚呼、本当に彼女のことが大好きなんだな』と、実感して。
「……後追い、なんて選択肢もあるよな」
『絶対、メロディに怒られるだろうけど』と思案しつつ、僕は王城へ忍び込む。
持ち前の身体能力と、隠形に長けた魔術を活かして。
『潜入訓練、受けておいて正解だった』と思いながら国王の寝室に入り、相手を叩き起こした。
当然最初は反抗されるものの、取り引きを持ち掛けると態度は一変。
〇〇国の情報と引き換えに、魔力逆流症の痛みを和らげる方法を教えてもらえた。
これで、僕も立派な罪人だな。
エタニティ帝国の情報こそ漏らさなかったものの、周辺諸国のいざこざへ一石を投じたのだから。
そのせいで、帝国にも何かしら影響を与えるかもしれないのに。
でも、メロディの苦痛を少しでも和らげられるなら誰がどうなろうと構わなかった。
『いつか、とんでもないしっぺ返しを食らいそうだな』と自嘲しつつ、僕はホテルへ引き返す。
そこで魔力逆流症の痛みを和らげる薬を作り、メロディに飲ませた。
すると、彼女は先程までの苦しみぶりが嘘のように穏やかな表情を見せる。
「凄いわね、この薬。体はまだ少し怠いけど、凄く楽になったわ」
『ほとんど、いつもと変わらない体調』とはしゃぐメロディに、僕はホッと胸を撫で下ろす。
と同時に、ほんの少しの罪悪感を覚えた。
だって、彼女には『別の医者から、この薬を教えてもらった』と言ってあるため。
△△国の王と取り引きしたことなど、噯にも出さなかった。
事実を知れば、メロディは間違いなく自分を責めるだろうから。
これは最後まで言わない方が、いいだろう。
嘘に苦しむのも、罪を背負うのも僕だけでいい。
『せめて、最後は安らかに……』という願いの元、僕は真実を覆い隠すことに決める。
別にこの判断が正しいとは、思っていない。ただ、自分がそうしたかっただけだ。
『謂わば、僕のエゴ』と考えつつ、鞄に荷物を詰め込む。
「少しでも楽になったなら、良かった。これから、ちょっと歩くことになりそうだから」
「歩く?どこかに行くの?あっ、もしかして帝国に帰還を?」
「いや、帰還はしない」
鞄にロックを掛けて立ち上がり、僕はメロディの荷物もまとめる。
「薬で痛みを和らげているとはいえ、長距離移動はメロディの体に障るから。それに、残された時間の大半を移動で消費するのは勿体ない」
『帰還後の数日しか、ゆっくり過ごせないじゃないか』と指摘しつつ、僕は荷造りを終えた。
と同時に、メロディが少し身を乗り出す。
「じゃあ、一体どこに行くの?」
「リンガ村」
「えっ?そこって、かなりの田舎じゃない。ここからも遠いし……任務はどうするの?」
「上と相談して、中止する方向で進める」
『あと、休暇の申請もするつもり』と語ると、メロディは明らかに顔色を曇らせた。
「そんな……中止なんてしたら、ヴィクターの経歴に傷がついてしまうわ」
『私のせいで……』と気に病むメロディに、僕は少しばかり胸を痛める。
というのも、任務を中止するのは嘘だから。正確には放棄する、だ。
ちなみに休暇の申請も、嘘。
なんせ、僕は……僕達はこれから────姿を眩ませる予定なため。
「僕の経歴なんて、どうでもいいよ。メロディと過ごす時間の方が、ずっと大事だ」
「でも……」
「メロディだって逆の立場なら、そうしたでしょ」
「うっ……まあ、そうだけど」
反論出来ないのか言葉尻が小さくなり、メロディは少しばかり口先を尖らせる。
『その言い方は狡いわ』と拗ねつつ、彼女は真っ赤な長髪を耳に掛けた。
「それにしたって、何でリンガ村なの?他のところじゃ、ダメ?」




