異変《ヴィクター side》
「是非、お付き合いさせてください」
────と、返事した翌日。
晴れてメロディ様……いや、メロディと恋人関係になった僕は、ついつい浮かれてしまうものの……しっかり、やるべき事はこなす。
愛する人との生活を守るために。
なりふり構わず努力を重ね、功績を残したおかげか、僕は僅か半年で第一級魔術師へ昇格。
本格的に次期魔塔主の候補として、名を連ねた。
この頃になると、さすがに周りも僕を警戒して慎重に動くように。
少なくとも、もう証拠に残るような嫌がらせはしなくなった。
ただ、その分メロディへの風当たりが強くなってきたため、牽制の意味を込めて結婚することに。
『この人はただの師匠じゃなくて、僕の逆鱗だ』と示せば、もう下手な真似は出来なくなるだろうから。
まあ、その代わり脅しの材料として使われる可能性が高まるけど。
でも、その辺はきちんと手を打ってあるし。
何より、結婚してもしなくても利用される時はされるので割り切ることにした。
『あと、単純に僕が早く結婚したかっただけ』と肩を竦め、次の任務に取り掛かる。
今回はメロディも同行するとのことで、僕は少し浮かれていた。
最近、忙しくてあまり二人の時間を持てなかったから。
『久々にゆっくり話せるかな?』と思いつつ、他国へ渡った。
「今回の任務は情報収集だったよね?」
潜伏先のホテルで再度内容を確認する僕は、小さく首を傾げる。
と同時に、向かい側のソファへ腰掛けるメロディが顔を上げた。
「ええ、そうよ。他国の情勢を軽く探ってこい、とのお達しだったわ」
『最近、△△国と〇〇国がバチバチだから』と補足しつつ、メロディは席を立つ。
と同時に、窓の外へ視線を向けた。
「あくまで様子見という意味合いが強いでしょうし、街の様子や民の反応を調べる程度に留めた方が良さそうね。下手に深入りして、危険を被る必要はないわ」
────というメロディの意見を採用し、僕達はあまり積極的に情報収集を行わなかった。
ただ街に繰り出して民と酒を飲み交わし、『この国の未来はヤバい』だの『まだ故郷を捨てるつもりはない』だの語り合う。
皆、戦争の気配を感じ取ってはいるものの、逃げたり喚いたりといった錯乱状態には陥っていない。
比較的、落ち着いている。
まあ、△△国と〇〇国の不仲は今に始まったことじゃないし、慣れているのだろう。
『肝が据わっているなぁ』と思いつつ、僕はホテルで報告書を作成する。
その横で、メロディは新しい論文を書いていた。
暇になったなら、休めばいいのに。相変わらず、真面目だな。
などと思いながらペンを走らせていると、コホコホと咳き込む音が聞こえる。
「大丈夫?メロディ」
直ぐにペンを置いて彼女の方へ向き直り、僕は顔を覗き込む。
『風邪かな?』と気に掛ける僕の前で、メロディは尚も咳き込んだ。
かと思えば────いきなり血を吐き出す。
「えっ……?」
突然のことに頭の中が真っ白となり、僕は目を見開いて固まった。
その間もメロディは血を吐き続けて蹲り、椅子から崩れ落ちる。
と同時に、ようやく僕が正気を取り戻し、慌てて彼女を支えた。
「メロディ……メロディ!」
軽く痙攣している体を一旦床へ寝かせ、僕は急いで手のひらから魔力を出す。
そして、直ぐさま魔術式を作成し、発動した。
治癒魔術は得意な方だから、余程のことがなければこれで治る……筈。
でも、魔術とて万能じゃないから絶対に完治するとは……単なる怪我ならまだしも、これは明らかに毒か病気だし。
最悪の事態を想定して青くなる中、メロディの吐血はようやく止まった。
が、まだ苦しそうだ。
『そりゃあ、これだけ血を吐けばね……』と思案しつつ、僕は立ち上がる。
「メロディ、少し待っていて。医者を呼んでくるよ」
────と、呼び掛けた数十分後。
僕はホテルの従業員に頼み込んで、街の医者を呼んでもらった。
数ヶ月ここに滞在しているとはいえ、そこまで人脈はなかったので。
誤ってヤブ医者を呼ぶ可能性もある以上、地元の人に紹介してもらうのが一番だった。
『仲介料を取られるけど、メロディのためなら惜しくない』と考えつつ、僕は医者の診察を見守る。
「う〜ん……これは……なるほど」
悩ましげに眉を顰め、医者の老人はベッドに眠るメロディを一瞥した。
と同時に、深い溜め息を零す。
「恐らく、奥様は────魔力逆流症に罹っているものと思います」
「魔力逆流症……?」
聞き慣れない単語に驚き、思わず聞き返すと、医者の老人は小さく相槌を打つ。
「その名の通り、魔力が逆流する病気です。原因・治療法ともに不明で分からない点が多いのですが、大抵は魔術を使わなければ何ともありません。年に数回、寝込む程度です。ただ────」
そこで一度言葉を切り、医者の老人は表情を曇らせた。
かと思えば、躊躇いがちに口を開く。
「────奥様は非常に高い魔力を持っているため、これが全て逆流するとなると、体への負担が大きく……本人の体力次第ですが、あと半月も持たずに命を落とすでしょう」
「……はっ?」
足元が崩れるような……世界が反転するような錯覚を覚え、僕は呆然と立ち尽くした。
だって、これからメロディと幸せになろうって時に『もうすぐ死ぬ』なんて……そんなのあんまりだろう。
まだ夢を叶えようとしている真っ最中なのに。
「な、何とかならないんですか……?」
掠れた声で懇願するように医者へ問い、僕はゆらゆらと瞳を揺らす。
『何でもいいから、どうにかしてくれ!』という心境に陥る中、医者の老人は小さく首を横に振った。
「残念ですが、先程も言った通り魔力逆流症に有効な治療法は見つかっていません。現状、出来るのは身の回りの世話と声掛け、それから────」
痛みと苦しみに悶えるメロディをじっと見つめ、医者の老人はそっと眉尻を下げる。
「────安楽死くらいでしょう」
「!?」
ハッと大きく息を呑み、僕は一瞬で頭に血が上る。
仮にも医者が患者の死を容認するなんて有り得ない、と思って。
でも、メロディの呻き声を聞くなり我に返った。
……メロディはこれから約半月、苦しみながら過ごすのか。
治る見込みもなく、ただ死を待つだけの状態で……。
『それは果たして幸せなのか』と自問し、僕は顔を歪める。
個人的な意見としては、それでも最後まで生き抜いてほしいが……そんなの生者のワガママでしかない。
『ただメロディを苦しめるだけなら、いっそ……』と考えていると、彼女が不意に目を覚ました。
「わた、しは……だい、じょぶ……だから……ねっ?」
『落ち着いて』とでも言うように僕の手を握り、メロディは優しく微笑む。
どうやら、意識が朦朧とした状態でも一応医者の話を聞いていたらしい。
それで僕の異変を察知して、直ぐにフォローへ入ってくれた。
自分のことはそっちのけで。
「メロディ……」
相変わらずお人好しの彼女に胸を打たれつつ、僕は目に滲んだ涙を拭う。
と同時に、医者の老人へ向き直った。
「お話は大体、分かりました。でも、本当に……本当に何か方法はないんですか?」




