メロディとの出会い《ヴィクター side》
「じゃあ、早速狡い話……いや、僕の妻の話を始めようか」
わざとそう言い直してから、僕は静かに語り出した。
と同時に、過去の記憶を手繰り寄せる。
────真っ先に思い出されるのは、魔塔へ所属して間もないあの頃。
僕は周りの勧めもあり、第二級魔術師であるメロディに弟子入りした。
本当は誰かの下につくなんて、御免なんだけど……基本、魔塔では先輩や上司に弟子入りしてここのノウハウを教えてもらうのが通例みたいだから、しょうがなく。
『僕も早く一人前になって、自分の研究室が欲しいな』と思いつつ、目の前の扉をノックした。
すると、
「どうぞ、入って」
と、扉越しに声を掛けられる。
なので、遠慮せずドアノブを回した。
「失礼します」
一応一言断りを入れてから中に足を踏み入れ、僕は部屋の主と向き直る。
と同時に、背筋を伸ばした。
「お初にお目に掛かります。第十級魔術師のヴィクターです。今日から、お世話になります」
『よろしくお願いします』と言って頭を下げ、僕は筋を通す。
仮にも師匠となる人物のため、無作法を働く訳にはいかなかった。
「ええ、よろしくね。もう知っていると思うけど、私は第二級魔術師のメロディよ」
僕の目の前に立って挨拶し、師匠────改めメロディ様はニッコリ笑う。
赤紫色の瞳をうんと細めながら。
「とりあえず、そこに掛けて。立ち話もなんだから」
来客用のスペースにあるソファを指さし、メロディ様は一度隣室に引っ込んだ。
かと思えば、ティーセットを持って戻ってくる。
どうやら、持て成してくれるらしい。
随分と友好的なんだな。
魔術師と言えば、プライドの塊みたいなやつか、研究以外興味のないやつしか居ないのに。
『珍しいタイプだ』と驚いていると、メロディ様が慣れた手つきで紅茶を淹れてくれた。
そして、軽く談笑しながらティータイムを楽しむ。
こうやって、ゆっくり誰かと話をするのは久しぶりだったので実に新鮮だった。
「今の魔塔主様はかなりの高齢だから、そろそろ代替わりの時期なの。そのせいか、例年より派閥争いが激しくてね。だから……」
不意に言葉を詰まらせるメロディ様は、ティーカップを持つ手に力を込める。
と同時に、表情を硬くした。
「あのね、今更こんなことを聞くのは変かもしれないけど────本当に私のところへ弟子入りして、良かったの?」
意を決したようにそう問い掛け、メロディ様はそっと眉尻を下げた。
まるで、こちらの身を案じるように。
「えっと……?」
僕は何を心配されているのかいまいちピンと来ず、小首を傾げる。
戸惑いを露わにする僕の前で、メロディ様は少し驚いたように目を見開いた。
「あら、もしかして何も知らずに私のところへ弟子入りしたの?」
「いえ、名前と階級くらいは知っていますが」
事前に何も調べていないやつと思われるのが癪でつい反論すると、メロディ様は呆れたように笑った。
「それじゃあ、何も知らないのと同じよ」
やれやれとでも言うように頭を振り、メロディ様は一つ息を吐く。
と同時に、腰まである赤髪を耳へ掛けた。
「まあ、最近魔塔へ来たばかりだから仕方ないか。とはいえ、ちょっと不用心だけど」
『これからはちゃんと調べるのよ』と釘を刺しつつ、メロディ様はティーカップの縁を撫でる。
どこか憂いげな表情を浮かべながら。
「ヴィクター、私はね────周りの魔術師から、凄く疎まれているの」
少し掠れた声で話を切り出し、メロディ様は力無く笑った。
「多分、平民で女でまだ二十代の私がもう第二級魔術師の地位を手に入れたのが面白くないんだと思う」
あまり多くは語らないものの、メロディ様は相当疲弊しているように見えた。
恐らく、周りにかなり嫌味や暴言を吐かれているのだろう。
いや、もしかしたら嫌がらせだって受けているかもしれない。
なんにせよ、魔塔の嫌われ者というのは間違いないな。
まあ、だからこそ────彼女に弟子入りするよう、勧められたんだろうけど。
やたらニヤニヤしながらメロディ様のことを推してきた同期を思い出し、僕は嘆息する。
『そういうことか』と納得しながら。
何となく裏があるのは分かっていたものの、師匠となってくれる人材を探すのが面倒で深く考えずに決めてしまった。
『ここには、知り合いも居なかったから』と考えていると、メロディ様が控えめにこちらを見つめる。
「ねぇ、今からでも他の人に弟子入りしたら?このままだと、貴方まで皆に嫌われてしまうわ」
『わざわざ、茨の道を歩む必要はない』と説くメロディ様に、僕は
「いえ、メロディ様さえ良ければこのまま僕の師匠になってください」
と、即答した。
その途端、メロディ様は目を見開いて固まる。
が、直ぐに平静を取り戻した。
「私のことは気にしなくていいのよ?これは将来に関わる問題だから、感情で決めちゃ……」
「分かっています。感情抜きで考えた結果、メロディ様に弟子入りした方が得だと判断したんです」
「えっ?」
『何で?』と言いたげにこちらを見つめ、メロディ様ほパチパチと瞬きを繰り返す。
どうやら、自分と関わるのはデメリットしかないと思い込んでいるようだ。
戸惑いを隠し切れない様子の彼女を前に、僕はスッと目を細める。
「メロディ様以外の魔術師のところへ弟子入り出来るとは、限りませんから。なんせ、僕も────魔塔の鼻つまみものなので」
『そうなる予定とでも言いましょうか』と語り、小さく肩を竦めた。
すると、メロディ様は困惑気味に眉を顰める。
「ど、どうして?貴方は最近魔塔へ入ったばかりなんだから、周りの反感を買うことなんて……」
「────今年の加入試験で平民にも拘わらず、異例の高得点を叩き出して嫌われてしまったんですよ。少なくとも、同期の連中からは確実に」
『まあ、何人かは好意的だったけど』と述べつつ、僕はティーカップをソーサーの上に戻した。
「多分、同期の連中を通して既存の魔術師にも目をつけられたと思います。なので、同じ鼻つまみものであるメロディ様に弟子入りした方が何かと安心なんですよ」
『他の魔術師より、信用出来るし』と語り、僕は付け合わせのお菓子へ手を伸ばす。
と同時に、メロディ様がプッと吹き出した。
「ふふふふっ……つまり、私達は似た者同士ということね」
『私も加入試験で同じようなことをやらかしたわ』と言い、メロディ様は肩を揺らして笑う。
おかしくてしょうがない、といった様子で。
「いいわ。貴方の弟子入りを正式に受け入れる」
同じ鼻つまみものと知って何かが吹っ切れたのか、メロディ様は晴れやかな笑顔で応じた。
「改めて、よろしくね」




