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似ている《ヴィクター side》

◇◆◇◆


 ────同時刻、シルヴァの研究室にて。

僕は最愛の妻を失った経緯について語り終え、一つ息を吐いた。

鬱々した気持ちを外へ出すように……そして、自ら白状した“罪”を憂うように。


「なるほどね……事情はよく分かったよ」


 シルヴァはどこか難しい顔つきでこちらを見つめ、執務机に寄り掛かった。

かと思えば、カチャリと眼鏡を押し上げる。


「正直、奥さんの件には同情する。ただ、それを差し引いても君の所業は許されない……」


 『単なる任務放棄であれば、まだ何とかなったんだけど』と零すシルヴァに、僕はフッと笑みを漏らした。

相変わらず優しい奴だ、と思いながら。


「分かっている。罰を受ける覚悟は、固まっているよ。まあ、内容によってはグレイスを連れてトンズラするけど」


「いや、こういう時は嘘でも『どんな罰も甘んじて、受け入れる』と言いなよ」


 『本音と建前って、知っている?』と問い、シルヴァは呆れたように肩を竦める。

でも、逃げるという考えそのものを非難することはなかった。

多分、僕が厳しく罰せられるところを見たくないのだろう。

だから、いざとなったら逃げることを容認している。


 元同期のよしみで、それくらいの融通は利かせてくれるということか。


 『有り難いことだ』と思いつつ、僕はソファの背もたれに身を預けた。

今日は色々なことがあったため、なんだかんだ疲れてしまって。

『とりあえず、少し休もうかな』と思案する中、部屋の扉をノックする音が聞こえた。


「────シルヴァ様、夜分遅くにすみません。第一級魔術師のディラン・エド・ミッチェルです。中に入っても、いいですか?」


 ディラン・エド・ミッチェル……?あっ、グレイスの恋人だという若造か。


 数時間前に受けた自己紹介を思い出し、僕は直ぐに声の主を特定出来た。

と同時に、眉を顰める。

『こんな夜中に何の用だ?』と。

まあ、部屋の主でもない僕に文句を言う権利はないのだが……グレイスを誑かした男かと思うと、気に食わなくて。

『よくも、ウチの弟子を……』といきり立っていると、シルヴァが簡易版の魔術式を構築した。

かと思えば、突風を巻き起こして内鍵を解除する。


「どうぞどうぞ、入って〜」


 先程までの暗い雰囲気を吹き飛ばすように明るく振る舞い、シルヴァは『いらっしゃい〜』と歓迎した。

すると、扉の向こうから黒髪の青年が姿を現す。

────傍にグレイスを従えて。


「「はっ……?」」


 思わずシルヴァと声を揃えてしまう僕は、弟子の登場に心底驚いた。

と同時に、理解する。

この訪問はシルヴァに会うためではなく、僕に会うためのものだと。


 多分、グレイスを連れて帰ろうとする僕を説得しに来たのだろう。

まあ、どんなに懇願されても折れてやるつもりはないが。


 『最悪、無理やりにでも……』と考える中、シルヴァがこちらを振り返る。


「君のお客さんみたいだけど、どうする?」


「一先ず、話は聞くよ」


 さすがにあちらの言い分も聞かずこちらの要求を押し通す訳にはいかないため、話し合いに応じる姿勢を見せた。

『逆にこちらが丸め込んでやる』くらいの気持ちで前を向いていると、シルヴァは苦笑を漏らす。

大人気ないな〜、とでも言うように。


「そう。じゃあ、私は隣の部屋に居るからここ好きに使っていいよ」


 『終わったら、呼んで』と言い残し、シルヴァは隣室へ引っ込んだ。

(罪人)を拘束も監視もせず、放置なんて不用心極まりないが……実に彼らしい。


「とりあえず、二人とも座って」


 向かい側の席を手で示し、僕は『立ったままじゃ、足が疲れるよ』と述べた。

すると、二人は仲良く並んで腰を下ろす。

『距離が近いな……』と内心不満を漏らす僕の前で、彼らは居住まいを正した。


「あの、師匠。お疲れのところ、申し訳ありません。でも、これは早めに話し合っておいた方がいいと思って。私────」


「────師匠()と一緒に帰るつもりはない、でしょ?分かっているよ」


 『何年、共に過ごしてきたと思っている』と肩を竦め、僕は小さく笑った。

と同時に、腕を組む。


「でも、残念。こちらも考えを曲げる気は、一切ないよ。絶対に連れて帰る」


 確かな意志と覚悟を持って宣言すると、グレイスは一瞬怯んだ。

僕との付き合いが長い分、その頑固さも強引さも身を持って体験しているため気圧されてしまったのだろう。

まあ、グレイスも大概だが。


「僕からも少しよろしいですか?」


 そう言って、片手を挙げたのはミッチェル子爵だった。

出会った当初と違い、畏まった態度で接してくる彼は控えめにこちらを見つめる。


「ローハン男爵がグレイス嬢を連れて帰りたいと言い出したのは、彼女が死にかけたからですよね?」


「ああ、そうだよ」


「なら、『もうあんなことは起きない』と安心出来ればここに残ることを了承していただけますか?」


 真剣な顔つきで分かりやすい前振りを行うミッチェル子爵に、僕は内心苦笑を漏らした。

『青いなぁ』と感じながら。


「言っておくけど、僕は君の爵位や身分程度じゃ安心出来ないよ」


 先手必勝と言わんばかりに相手の説得材料を潰すと、ミッチェル子爵は僅かに動揺を見せる。

『全てお見通しか……』と悩む彼の前で、僕は自身の顎を撫でた。


「第一、今日死にかけたやつに何を言われてもね……安心なんて、出来ないよ。たとえ、それがどんなに説得力のある言い分でも」


 『何も響かない』と主張し、僕はトントンと指先でソファの肘掛けを叩く。

取り付く島もない状態であることを、言葉でも態度でも示す中────グレイスが席を立った。


「師匠のお気持ちはよく分かりました。私のことを心配してくださり、ありがとうございます。でも」


 そこで一度言葉を切り、グレイスは真っ直ぐこちらを見据える。

メロディとよく似た赤紫色の瞳に、強い意志と覚悟を宿しながら。


「私は絶対に帰りません。たとえ、無理やり連れて帰られても何度だって師匠に抵抗して、ディラン様の元へ行きます」


 『強硬手段に出ても無駄だ』と……『あくまで自分の意思は変わらないのだ』と示し、グレイスは自身の胸元へ両手を添えた。

かと思えば、そっと目を伏せる。


「これは私の人生だから、どこに行くか何をするか誰と過ごすかは自分自身で決めます。その結果、命を落とす羽目になっても後悔はありません。自分の決めた道を精一杯、生き抜いたのだから」


 しっかり僕の目を見て宣言し、グレイスは凛とした表情を浮かべた。

どことなくメロディを彷彿とさせる姿に、僕は大きく息を呑む。


 嗚呼、やっぱり……凄く似ているな。だからこそ────死なせたくないな。


 『でも、グレイスの言い分にも一理ある』と考え、暫し沈黙する。

理性と感情でグチャグチャになる脳内を何とか整理し、おもむろに顔を上げた。

と同時に、赤紫色の瞳を見つめ返す。


「そうか……じゃあ、こうしよう────これから、僕が少し狡い話……もとい、説得をする。それを聞いても、まだ『ここに残りたい』と言うのなら僕は潔く諦めよう」


 『無理やり連れて帰るような真似もしない』と確約し、僕はゆっくりと手を組む。

緊張から来る“震え”を誤魔化すように。


 正直、これは賭けだ。僕自身、どちらかに転ぶか分からない。

でも、勝算はある。なんせ、ウチのグレイスは優しい(・・・)からな。

可哀想(・・・)な僕を見捨てるのは、抵抗がある筈。


 『迷うのは間違いない』と考えていると、グレイスが再度ソファへ腰を下ろした。


「分かりました。その提案を呑みましょう」


 『ただし、約束は守ってくださいね』と念を押すグレイスに、僕はコクリと頷く。

ここまでやってダメなら、きっと踏ん切りもつくだろうから。


「じゃあ、早速狡い話……いや、僕の妻の話(・・・・・)を始めようか」

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