私と師匠のこと
衝撃のあまり涙も引っ込んでしまった彼を前に、私はこう言葉を続ける。
「師匠が強硬手段に出たら、私ではどうしようもないのでディラン様の手を借りられるならそうした方が……」
「ちょ、ちょっと待って?どういうこと?」
『一から説明してくれる?』と述べるディラン様に、私はパチパチと瞬きを繰り返した。
てっきり、全てを理解した上で首輪をつけるよう提案していたのかと思って。
『そうじゃないなら、何故あのようなことを?』と疑問に思いつつも、私は一先ず事情を説明する。
「師匠は一度言い出したら聞かない性格なので、説得に時間が掛かりそうなんです。下手したら、一旦連れて帰られる可能性も」
「!」
ハッとしたように息を呑み、ディラン様は手の力を緩めた。
「じゃあ、『しばらく姿を消す』というのは……」
「師匠が痺れを切らした場合のことですね。残念ながら、私では師匠に敵わないので」
魔術・剣術・体術を器用に使いこなす師匠を思い出し、私は苦笑する。
『未だに一度も勝てたことないのよね』と、肩を竦めて。
『でも、ディラン様と二人なら何とかなるかもしれない』と考える中、彼はゆっくりと身を起こした。
「そういうことだったんだ……ごめん。勘違いして、また暴走しちゃった」
シュンと肩を落として謝り、ディラン様は縮こまった。
『いつも、君のことになると抑えが効かなくて……』と述べる彼を前に、私はソファへ座り直す。
「いえ、こちらこそ言葉足らずで申し訳ありませんでした」
「いや、グレイス嬢が謝ることじゃないよ。それより、肩は大丈夫?」
『結構強く掴んじゃったけど……』と気に掛けるディラン様に、私は
「はい、全然」
と、即答した。
正直、ディラン様の力では傷の付けようがないから。
『まあ、魔術を使えば話は別だけど』と思案する中、彼はいそいそと魔術式を打ち消す。
どうやら、首輪を付けるという案は一旦保留になったらしい。
「そっか。なら、いいんだ。本当にごめんね」
再度謝罪して頭を下げ、ディラン様は居住まいを正す。
と同時に、真っ直ぐこちらを見据えた。
「それで、グレイス嬢の師匠の説得についてなんだけど────僕もその場に同席してもいい?」
意を決したようにそう申し出て、ディラン様は表情を引き締めた。
真剣であることを示すように。
「グレイス嬢の残留を認めてもらえるよう、僕からも話がしたいんだ。それに君の恋人として……生涯を共にする伴侶として、きちんと挨拶もしておきたいし」
『森の中では、それどころじゃなくてグダグダになっちゃったから』と語り、ディラン様は同席を強く望む。
「あと、僕の身分や立場を知れば少しは安心してもらえるんじゃないかな?フラメル公爵家の後ろ盾もある第一級魔術師って、かなりの優良物件でしょ?」
『自分で言うのもなんだけど』と肩を竦めつつ、ディラン様は己の有用性を示した。
いざという時は共に師匠へ立ち向かうことも約束する彼の前で、私は暫し考え込む。
確かにディラン様が居てくれれば、何かと心強い。
私一人より、師匠の理解を得られそうだし。
だから、ここは素直に甘えて同席をお願いしよう。
『意地を張ったって、どうしようもない』と自分に言い聞かせ、私は腹を決める。
恋人に頼るのは別に悪いことじゃない、と心の中で呟きながら。
「分かりました。では、ディラン様さえ良ければ是非お力をお貸しください」
アメジストの瞳をしっかり見つめ返して返事すると、ディラン様は少し表情を明るくする。
「うん。僕、頑張るね」
『グレイス嬢に頼られた』と浮かれるディラン様は、嬉しそうに頬を緩めた。
気が昂っているのかスリスリと頭を擦り付けてきて、ピッタリ体をくっつけてくる。
「じゃあ、早速作戦を練ろうよ。頑固な相手なら、尚更。あっ、でも僕あんまり君の師匠のこと知らないな」
『今日、初対面だし』と呟き、ディラン様は顎に人差し指を当てる。
どうしようか悩んでいる様子の彼に対し、私は
「では、私と師匠のことについて少しお話してもよろしいですか?」
と、提案した。
『多分、ただの過去話になっちゃいますけど』と述べる私に、ディラン様は少しばかり目を見開く。
「それは別に構わないけど……というか、むしろ二人の関係性を知れて対策が立てやすくなるから助かるけど、いいの?僕に話して」
師匠が親代わりであることを知っているため遠慮しているのか、ディラン様はこちらを気遣う。
『別に無理して話さなくても……』と逃げ道を示す彼の前で、私は表情を和らげた。
嗚呼、この人は本当に優しいなと実感しながら。
「はい。ディラン様になら、話しても……いえ、違いますね。私は────ディラン様に知ってほしいんです、自分の全てを」
「!!」
ハッとしたように息を呑み、ディラン様はこちらを凝視した。
まさか、私がこんなことを言い出すとは思ってなかったらしい。
衝撃のあまり固まる彼を前に、私は背筋を伸ばした。
「ディラン様、聞いてくれますか?私と師匠のこと」
確認の意味合いも込めて問い掛けると、ディラン様はこちらを真っ直ぐ見つめて深呼吸する。
と同時に、表情を硬くした。
「うん、教えて」
確かな意志と覚悟を持って放たれた一言に、私は小さく頷く。
そして、そっと目を伏せると、昔の記憶を手繰り寄せた。
◇◆◇◆
「────師匠、どうして私には親が居ないんですか?」
そう問い掛けたのは、まだ片手で数え切れる年齢の頃。
私は街行く親子を見つめて、小さく首を傾げた。
「居ない訳じゃないよ。ただ、会えないだけで」
「それは居ない事と同じでは?」
「う〜ん……まあ、確かにそうかもね」
私の手を握って帰り道を歩く師匠は、曖昧に笑う。
どこか居心地悪そうな彼を前に、私はパチパチと瞬きを繰り返した。
何故、そのような反応をするのか分からなくて。
「では、質問を変えます。師匠は私の親のこと、知っていますか?」
「会ったことはあるよ」
「じゃあ、その時のこと教えてくれませんか?」
純粋に気になって言及すると、師匠は困ったように視線を反らした。
かと思えば、『知らないまま、という訳にはいかないか……』と呟いてこちらを見る。
「正直あまり愉快な話ではないけど、それでもいい?」
『聞かない方が良かった、と思うかも』と述べ、師匠はこちらの意志を確認した。
後悔のない選択を迫る彼の前で、私は迷わず
「はい、構いません。話してください」
と、答える。
だって、知らないままの方がきっと凄くモヤモヤするだろうから。
『自分に関することなら、尚更』と思案する中、師匠は苦笑を浮かべる。
「本当にグレイスは……『迷う』ということを知らない子だな」




