サミュエルの動機《ミリウス side》
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ディラン達と別れて一人夜道を歩く私は、騎士団本部へ足を運んだ。
というのも────調査の前に一度、サミュエルと話をしたかったから。
別に今回の件に対して、文句を言いたい訳じゃない。
まあ、だからと言って擁護したい訳でもないが。
私はただ、知りたいだけだ。本人の口から……何故このようなことをしたのか、について。
最初はもう後がないから自滅覚悟で暴れているだけかと思ったけど……それにしたって、違和感がある。
自暴自棄でありながらどこか冷静だったサミュエルを思い出し、私は嘆息した。
と同時に、地下牢へ繋がる階段を降りる。
この先にサミュエルが居るため。
本来であれば、こんなところに皇族を閉じ込めるなんて有り得ないんだけどね。
でも、事が事だけに離宮で待機させる訳にもいかなくて……陛下の後押しもあり、こうなった。
『多分、前代未聞の措置だよ』と考えつつ、私は団長の案内でサミュエルの居る牢屋へ辿り着いた。
鉄格子越しに見える愚弟を前に、そっと目を伏せる。
己の心情を悟らせぬように。
「この期に及んで、寝たフリとは……いい度胸だね。潔く、目を開けたらどうだい?」
『往生際が悪いね』と肩を竦め、私は団長に向かって軽く手を上げた。
すると、彼は心得たように騎士の礼を取り、少し壁際へ下がる。
さすがに私達兄弟を二人きりには出来ないようだが、最大限配慮してくれた。
────と、ここでサミュエルがゆっくりと目を開ける。
「……兄さんには、人を気遣う心がないの?僕、一応怪我人で療養中なんだけど」
ディランに攻撃された左腕を軽く振り、サミュエルは身を起こす。
その際、グレイス卿に蹴られた腹を抱え、『いたたたた……』と大袈裟なくらいアピールした。
「残念ながら、サミュエルの怪我が全て治療済みだということは知っているよ。だから、そういう嘘をついても無駄だ」
「……いや、でも療養中なのは嘘じゃなくない?」
『僕、病み上がりだし』と反論するサミュエルに対し、私は思わず溜め息を零した。
この状況でもまだそんなことが言えるのか、と呆れてしまって。
「屁理屈を捏ねるのも、いい加減にしてほしいものだね。第一、君が悶絶するほどの激痛に見舞われていたとしても私には関係ない……というか、それを気遣うつもりはないよ」
「えぇ……酷いな、兄さん」
「酷いのは、どっちなんだか……自分が一体何をしたのか、分かっているのかい?」
全く関係ない第三者の命を奪い、ディランやグレイス卿まで殺しかけた。
まさに大惨事と言っていい案件。
いくら皇族と言えど、厳罰は免れないだろう。
『こちらには、過去の件を告発する準備もあるし』と考えていると、サミュエルが天井を仰いだ。
「分かっているよ。でも、後悔はない」
一切言い淀むことなくそう答え、サミュエルはふとこちらを見る。
と同時に、ポンッと手を叩いた。
「あっ、嘘。後悔なら、ある────この国に復讐出来なかったこと」
『結局、全部未遂で終わっちゃったからさ』と残念がるサミュエルに、私は眉を顰める。
復讐、というのがあまり理解出来なくて。
「サミュエルは皇太子になるため、私を殺そうとしたんじゃなかったのかい?」
堪らず疑問を投げ掛けると、サミュエルはフッと笑みを漏らした。
母親譲りのルビーの瞳に、暗い感情を滲ませながら。
「厳密に言えば、ちょっと違うね。僕はただ、母さんを見殺しにしたエタニティ帝国へ復讐するため、国の舵取り役になりたかっただけだから」
「!」
全く予想してなかった動機に、私は言葉を失った。
サミュエルがまだ母の死を引き摺っていたなんて、思わなくて。
いや、確かにそう簡単に受け入れられるものではなかったけど……でも、あれは────
「────母さん自ら望んで犠牲になったんだから、仕方ない……とか、思っている?」
こちらの考えを見透かしたようにそう言い、サミュエルはヘラリと笑った。
でも、目だけは凄く真剣で……凄く怒っているように見える。
「兄さんも、そっち側なんだね……凄く残念。家族なら、同じ感情を持っているものだと思っていたけど」
『薄情だね』と非難するサミュエルに、私はどう切り返すべきか迷った。
だって、彼は全てを理解した上で『帝国が憎い』と言っているのだから。
────私達の実母メリッサ・ミラ・エタニティは十数年前、敵国に捕らえられ、見せしめとして処刑された。
だが、助かる道も一応あったのだ。
それは敵国の要求に応じて、国を明け渡すというもの。
でも、当然そんなことは出来ない……だからと言って、国母を見捨てる訳にもいかず交渉を繰り返していたら、母がこう言ったのだ。
『私のことは助けなくていい。国の未来だけ考えて、行動してほしい』
その覚悟を受けて、我々帝国側は交渉を打ち切った。
正直、あちらが頑な過ぎて妥協点を見出せなかったから。
もう本当に国か、母かという瀬戸際だった。
「あの時のことは……私もよく覚えている」
僅かに表情を強ばらせ、私は強く手を握り締める。
理不尽に母を奪われた怒りや恐怖が、甦ってきて。
連日吐くまで泣き通したことを思い返す中、サミュエルは少しばかり身を乗り出した。
「なら……」
「でも、復讐と言うのならその敵国にするべきだろう。そして、帝国はもう充分母上の無念を晴らした」
敵国を見事滅ぼしたことを指摘し、『これ以上、どうこうすることは出来ない』と告げる。
その途端、サミュエルは顔を歪めた。
「確かに一番悪いのは敵国だけど、母さんを見捨てた帝国も同罪だ!いくら本人の意思と言えど、処刑されそうなところを助けないなんて……!あんまりじゃないか!」
これまでの飄々とした態度から、一変……サミュエルは珍しく感情を露わにする。
まるで、癇癪を起こした子供みたいに。
「ましてや、母さんの犠牲を『誉れ高き死』って褒め称えて……!馬鹿じゃないの!?美化しないでよ!どれだけ綺麗な言葉で着飾ったって、死は死なんだよ!」
私を通して帝国全体に不満をぶちまけ、サミュエルは大粒の涙を流した。
かと思えば、床に膝をついて蹲る。
「命を落としたことが正しかったみたいに、言わないでよ……」
絞り出すような……か細い声で本音を吐き出し、サミュエルはひたすら泣き続けた。
多分、思い出してしまったんだと思う。母親を失った悲しみを。
サミュエルの根底にある感情は、怒りでも憎しみでもなくコレだったんだね。
改めてサミュエル・アルノー・エタニティという人間の本質を見据え、私はそっと眉尻を下げた。
「ごめん、サミュエル。君の苦しみに気づけなくて……気づこうとしなくて」
歳を追うごとに変わり始めた弟を、私はただただ警戒するばかりでその原因を探ろうとしなかった。
よくある皇位継承権争いの延長だと思い込んで、彼の悲痛な叫びに耳を貸さなかったんだ。
もっと早くサミュエルと向き合っていれば、このようなことをさせずに済んだかもしれないのに。
グレイス卿の件と言い……私はいつも手遅れになってから、気がつくね。
本当に情けない。
目の前のことしか見えてなかった自分を呪い、唇に力を入れる。
と同時に、真っ直ぐ前を見据えた。
「ただね、サミュエルのやってきたことはやっぱり間違いだったと思う」
『ここだけは、きちんと正さないとダメだ』と思い立ち、言葉を尽くす。
母の想いを、願いを、行いをどうか無駄にしないでくれ……と祈りながら。
「確かに過去の対応や民衆の認識には、私も思うところがある。でも────母上が命を賭して守った帝国を壊すような愚は、犯さない」
「!」
サミュエルは大きく肩を揺らし、そろそろと顔を上げた。
涙でグチャグチャな顔に困惑を滲ませる彼の前で、私は表情を引き締める。
「厳しいことを言うようだが、サミュエルの行いは母上の死を冒涜しているようなものだ」
情け容赦なくサミュエルの心を抉り、私はゆっくりと膝を折った。
と同時に、目線を合わせる。
これは皇太子としてじゃなく、兄として言うべきセリフだと思ったから。
「サミュエル。母上のためを思うなら帝国を貶めるのではなく、守るべきだった。託された未来を紡ぎ、次世代へ引き渡すために」
『それが私達に出来る精一杯のことだったんだ』と説き、唇を噛み締めた。
もうサミュエルが帝国の未来を守ることも紡ぐことも出来ない、と分かっているから。
それでも、この事実を突きつけたのは彼に反省を促すため……。
酷なようだが、死傷者も出た以上甘やかす訳にはいかなかった。
「ふっ……ぐ……っ……」
ようやく自分の間違いに気づいたのか、サミュエルは先程と違う意味で号泣した。
今にも罪悪感で押し潰されそうになっている彼の前で、私は目頭を押さえる。
そうしないと、自分も泣いてしまいそうだったから。
堪えるんだ、ミリウス・メルキオール・エタニティ……ここで、涙を見せてはいけない。
きっと、サミュエルが更に自分を責めてしまうだろうから……。
もちろん、己の罪と向き合い、反省し、贖うのは大切なことだよ。
でも、せめて私に対する罪悪感くらいは減らしてあげたい……そう思うのは、いけないことだろうか。
兄として出来ることを真剣に考え、私は泣きじゃくるサミュエルをじっと見つめる。
もう一生許されることのないだろう彼を前に、私は『ちゃんと最後まで支えよう』と決意した。




