絶体絶命
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ミリウス殿下の左肩を軽く引っ張り、私は自分側へ引き寄せた。
と同時に、お腹辺りへ手を回し、一気に重心をこちらへ持ってくる。
でも、ディラン様を背負った状態だからかバランスが不安定だった。
尻餅をつくような勢いで、引き寄せるしかなさそうね。
ミリウス殿下とディラン様には、少なからず怪我を負わせてしまうけど……仕方ない。
このまま斜面へ滑り落ちるよりかは、マシな筈。
問題は────
「直ぐに君の恋人もあの世へ送ってあげるから、恨まないでね」
────真後ろに立つサミュエル殿下。
幸い、彼以外の敵は無力化したため集中攻撃などの心配はないが……それでも、かなり不味い。
なんせ、今の私は回避も防御も反撃も出来ないのだから。
避けようとすれば最悪ミリウス殿下達に攻撃が当たるし、防ごうとすれば必然的に片手で彼らを支えなければならない。
今でさえ、かなり不安定なのに。
また、反撃は足を使えば出来そうだが……その衝撃で、ミリウス殿下達が更に体勢を崩すかもしれない。
『しかも、ここは血溜まりで滑るし』と考え、私は────やはり、普通に受け止めるしかないと結論づけた。
無論、怪我は最小限に抑えるつもりだが……状況的に命を落としても、おかしくはないたろう。
騎士という職業に就いた時点で、死ぬ覚悟はしていた。
だから、別に怖くはない。
ただ、少し名残惜しいだけ。
だって、やっと見つけた伴侶を……家族を手放さないといけないのだから。
それに、もう一度師匠にも会いたかった。
今もまだ鮮明に覚えている彼を思い浮かべ、私はミリウス殿下を支える手に力を込める。
と同時に、背中を思い切り斬られた。
結構傷口が深いのか、バシャッと大量の液体が落ちる音を耳にする。
『これは急いだ方が良さそうね』と考えつつ、私は足を踏ん張った。
そして、力いっぱいミリウス殿下の体を引き寄せると、一歩後ろへ下がる。
出来れば、二人の下敷きになって負担を減らしてあげたいけど、サミュエル殿下の斬撃がある以上身動きを取れなくなるのは不味い。
『最悪、全員命を落とす』と危機感を抱き、私はミリウス殿下に着地を任せる。
まあ、仰け反ったディラン様の体を支える程度はしたが。
『これで少しは楽になるといいけど』と思案する中、ミリウス殿下は派手に尻もちをついた。
その瞬間────サミュエル殿下から、追撃が。
しかも、狙いはミリウス殿下の心臓。
この一撃で決めるつもりね。でも、そうはさせない。
素早く体勢を立て直した私は剣の軌道上に割り込み、文字通り身を呈して守る。
その結果────サミュエル殿下の剣は私の背中を貫いた。
辛うじて心臓は避けたものの、先程の怪我も相まってかなりしんどい。
が、まだ死ぬ訳にはいかなかった。
だって、ディラン様達の安全は確保されていないから。
『何としてでも、今ここでサミュエル殿下を無力化する』と奮起し、私は最後の力を振り絞る。
剣はミリウス殿下を助ける際に投げ捨ててしまったから、使えない……あるのは、この身一つだけ。
でも、それは相手も同じ。
上半身に力を入れて刺さった剣が抜けないようにしているため、サミュエル殿下はもう丸腰だった。
必死になって持ち手部分を引っ張る彼の前で、私は
「死ぬほど痛いですが、自分のしてきたことの報いだと思って受け止めてください」
と、片足を浮かせる。
と同時に、思い切り後ろへ突き出した。
すると、サミュエル殿下の腹部へ見事直撃。派手に吹き飛んだ。
近くの木に背中を打ち付け、気絶する彼を前に、私は膝をつく。
……さすがにもう動けないわね。
体からどんどん力が抜けていく感覚を覚えつつ、私は背中に突き刺さったままの剣を引き抜いた。
その途端、体中の血液が氾濫でも犯したかのように溢れ出してくる。
「グレイス卿……!」
ミリウス殿下は慌ててこちらを振り返り、『大丈夫かい!?』と心配してきた。
今すぐ止血だけでもしようとする彼の前で、私はそっと目を伏せる。
「私は……もう助かりません。なので、ディラン様だけ連れて森を出てください」
「なっ……!?君を置いていくなんて、そんなこと出来る訳ないよ!」
堪らずといった様子で反論し、ミリウス殿下はこちらへ手を伸ばす。
が、私は小さく首を横に振って拒絶した。
「失礼ですが……ミリウス殿下に大人二人を背負って動けるほどの力があるとは、思えません。たとえ、動けても移動速度は確実に下がるでしょう……それは重体の私やディラン様にとって、致命的。ならば……助かる見込みの高い方を一人背負って、移動するのが最善です」
敢えて厳しい言い方で説得し、私は『早く行ってください』と促した。
すると、ミリウス殿下は躊躇いがちに手を下ろす。
「……分かった。必ずディランは助けるよ」
「ありがとうございます」
ホッと胸を撫で下ろし、私は僅かに表情を和らげる。
白く霞む視界の中で何とかディラン様の姿を捉え、肩から力を抜いた。
「ディラン様のこと……よろしくお願いします」
怪我の治療はもちろん、その後の精神ケアもミリウス殿下に委ね、地面へ倒れる。
ほんの少しの寂しさと、この上ない満足感を胸に抱いて。
願わくば、ディラン様が私の居なくなった世界で幸せな人生を歩めますように。
『どうか、不幸にだけはならないで』と祈り、私はゆっくりと目を閉じる。
そして、意識を手放す────筈だった。本来ならば。
「な、何だい!?これは!」
ミリウス殿下の焦ったような声が耳を掠め、私は反射的に瞼を上げる。
と同時に、驚いた。
何故なら、自分が……いや、もっと正確に言うと自分の背中辺りが光を発していたから。
『えっ?どういうこと?』と困惑する私を他所に、その光はどんどん大きくなっていく。
あまりの出来事に思わずポカンとしていると、不意に────
「全く……お前は本当にどうしようもないな」
────懐かしい声を耳にした。
な、何で……?あの方はここに居ない筈……まさか、死に際になって幻覚を?
私が『もう一度、会いたかった』と願ったから?
俗に言う走馬灯のようなものなのかと思い、私は期待しないよう務める。
でも、最期くらい甘い夢を見たっていいんじゃないかという気もした。
「────し、しょ……」
会いたくて堪らなかった人物のことを呼び、私は手を伸ばす。
すると、優しく手を握られた。
「少し大人しくしていなさい。一先ず、治療するから」
『話はそれから』と主張し、師匠は私の背中に触れる。
その途端────痛みが一気に引いた。
ついでに倦怠感もなくなり、視界も良好となる。
「あれ……?」
困惑気味に瞬きを繰り返し、私はゆっくりと身を起こした。
と同時に、自分の手を握る人物を改めて見る。
「し、師匠?本物ですか?」
「僕が偽物に見えるなら、お前の目は節穴だよ」
やれやれといった様子で頭を振り、呆れた表情を浮かべるのは────ツルツルの頭が特徴の男性だった。
糸のように細い目でこちらを見下ろす彼は、異国の民族衣装である甚平を身に纏っている。
どうやら、服の趣味は今も変わっていないらしい。
「本当に師匠のようですね……ところで、何故こちらに?」




