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サミュエル殿下の作戦

「第一、グレイス嬢はそんな人間じゃない!よく知りもしないで、勝手なことを言うな!」


 これでもかというほど語気を強め、ディラン様は表情を険しくした。

『僕の恋人をスパイ呼ばわりなんて!』と憤慨しているらしく、感情を抑え切れないらしい。


 私のために怒ってくれるなんて、嬉しいわね。ちょっと不謹慎かもしれないけど。


 迷わず自分を信じてくれる恋人の存在に、ついつい頬を緩めてしまう。

心が満たされていく感覚を覚えながら剣を振り、一先ず熊の魔物を一掃した。

あとは、救援隊に見せ掛けたサミュエル殿下達の対応だけ。

『出来れば、手荒な真似はしたくないけど』と思案していると、サミュエル殿下が口を開く。


「よく知りもしないで、って……それは君も同じだろう?彼女の過去を知らないんだから」


 先程の反応を見てそう考えたのか、サミュエル殿下は『こじつけが過ぎるのは、どっちなんだか』と零した。

かと思えば、哀れみの籠った目でディラン様を見つめる。

すっかり騙されてしまって可哀想、という気持ちを前面に出して。


「愛する恋人に裏切られているなんて思いたくないんだろうけど、そろそろ現実を見たらどうだい?」


「戯れ言を吐くのも、いい加減にしてくれる?これ以上は聞くに耐えない!」


 眉間に深い皺を刻み、ディラン様は水の矢を生成した。

敵意と害意を露わにする彼の前で、サミュエル殿下はおどけたように肩を竦める。


「そんなに怒らないでくれよ。僕はただ、心配しているだけで……」


「これから僕達を亡き者にしようとしている奴が、心配?冗談も程々にして」


 ハッと鼻で笑いつつ、ディラン様は矢の先端をサミュエル殿下へ向けた。

早くも臨戦態勢へ入る彼を前に、サミュエル殿下は苦笑を漏らす。


「まあ、信じられないならそれでもいいよ。ただ、忠告はしたからね?後で泣きを見ても、知らないよ」


「余計なお世話だよ。それより、少しは自分の心配をしたら?いくら数で勝っていても、質では劣るんだからさ。第一級魔術師と第一騎士を相手取るのがどれほど危険なことか、分かっている?」


 幾分か冷静になってきたのか、ディラン様は淡々とした口調で言い返した。

すると、サミュエル殿下は薄ら笑いを浮かべながら後ろへ下がる。

まるで、部下達と入れ替わるように。


「分かっているさ。だから、こちらもそれなりの備え(・・)をしてきた」


 そう言うが早いか、サミュエル殿下は足元へ視線を向けた。

そこには、私達をここまで案内した兎の姿があり、よく彼に懐いている。

『やっぱり、飼い主はサミュエル殿下か』と確信する中、彼は兎を抱き上げた。

かと思えば、部下からナイフを受け取り────兎の首筋に突き立てる。


「「「!?」」」


 あまりにも無慈悲な光景に、私達は言葉を失った。


 利用するために飼っていたとはいえ、ここまで容赦なく危害を加えるなんて……信じられない。

いや、そもそも────どうして、兎を傷つける必要があるの?

サミュエル殿下の言う『備え』って、私達に衝撃(ショック)を与えることだったのかしら?


 点と点が上手く結びつかず、私は怪訝な表情を浮かべる。

と同時に、サミュエル殿下はミリウス殿下の方へ兎を投げつけた。

まあ、結界に阻まれて接触することはなかったが。

首から血を流して地面へ転がる兎を前に、サミュエル殿下はジリジリと後退。

『えっ?攻めるんじゃないの?』と戸惑う私達の前で、彼は不敵に笑った。


「さあ、食事の時間だよ」


 どこか含みのある言い方でそう述べ、サミュエル殿下は血のついたナイフをこちらへ投げる。

いや、投げ捨てると言った方がいいかもしれない。

特にこちらを傷つける意図は、感じられなかったから。

『威嚇のつもりで投げたのかな?』と思いつつ、私は一先ず回避。

油断は出来ない、と考えて。


 それにしても、『食事の時間』って一体どういうことかしら?

お昼には、まだ早い時間帯だけど。


 『というか、この状況で昼食を?』と首を傾げ、私は困惑する。

言葉の真意を測りかねる中─────不意に複数の足音を耳にした。


「これは……」


 鼓膜を揺らす大小様々な音に、私は危機感を覚える。

と同時に、急いで剣を握り直した。


「ディラン様、ミリウス殿下!何か来ます!数は複数!方向は……とにかく四方八方から、としか!」


 音が多すぎて分析出来ず、私は『とりあえず、戦闘準備を!』と促す。

────と、ここであちこちの草むらから全身真っ黒の動物が姿を現した。


「えっ?全部魔物?」


 先程の熊以外にもまだ居たのかと驚き、私は少しばかり目を剥く。

これだけの魔物を森へ連れていき、今の今まで見つからなかったなんて考えられないから。

隠すにしたって、限界がある。

檻に入れられたりリードで繋がれたりしているのならまだしも、完全放し飼い状態なので尚更。

おまけに全部肉食のため、人の手で管理出来るのか甚だ疑問だった。


 というか、この状況って────


「────私達のみならず、サミュエル殿下達も相当不味いのでは?」


 自滅行為と言っても過言ではない蛮行に、私は戸惑いを覚える。

『何か対策でもあるのか?』と思案していると、魔物達が血だらけの兎を凝視した。

獲物を狙うように目をギラギラさせながら……他には目もくれず。


「あー……なるほど。そういうことね」


 ディラン様は呆れたような……でも、少し焦ったような表情を浮かべ、嘆息した。

よくやる、と肩を竦めて。


「魔物達に餌付け行為を繰り返して、躾したんだね。まあ、躾と言っても『大人しくしていれば、餌をもらえる』程度のものだろうけど」


 『あまり難しいことは出来ないから』と語り、ディラン様は小さく(かぶり)を振る。


「これで何故、その兎を……わざわざ、ここに生息していない種類を選んだのか分かったよ。魔物達に────餌を区別してもらうためだろう?」


 確信の籠った声色で問い掛け、ディラン様は地面に落ちた兎を見下ろした。

かと思えば、ふと周囲を見回す。


「狩猟大会には、色んな動物……いや、餌が居るからね。ちゃんと区別してもらわないと、作戦実行より先に人前へ姿を現し、駆除されてしまうかもしれない。中でも最悪なのは、狩猟大会そのものを中止されること」


 ゆっくりと視線を前に戻し、ディラン様は腕を組んだ。

と同時に、トントンと一定のリズムで腕を叩く。


「そうならないための対策として、君はここに生息しない種類の兎を餌として与え続けた。しっかり匂いなどを覚えてもらい、それ以外の動物には反応を示さなくなるように」


 『そうすれば、作戦の成功率はずっと高くなるから』と言い、ディラン様は一つ息を吐いた。


「魔物も生き物だからね。何もしなくても腹を満たせるなら、それに越したことはない。わざわざ狩りという苦労をして生きるより、怠惰に過ごして君達から与えられる餌を喰らう方がずっといい」


 『大人しくしていれば、餌を貰える』という躾の真髄を語り、ディラン様はスッと目を細める。

アメジストの瞳に、呆れとも感心とも取れる感情を滲ませながら。


「まあ、これだけ対策しても────二点ほどイレギュラーは起きたけどね」

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