狩猟大会
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────時は流れ、狩猟大会当日。
私はミリウス殿下の護衛として会場となる森へ足を運び、彼について回っていた。
無論、ディラン様も一緒である。
「わざわざ、動物を森へ放すんですか?」
従者の手から下ろされた兎や狐を一瞥し、私はディラン様へ視線を向けた。
すると、あちらもちょうど私のことを見ていたようでバッチリ目が合う。
「うん、そうだよ。本物の野生の動物を捕まえるのは、骨が折れるからね。人馴れした動物を一定数、用意しておくのが通例」
『貴族も参加する以上、ある程度の接待は必要なんだ』と語り、ディラン様は小さく肩を竦めた。
到底狩りとは言えない形式に、呆れているのだろう。
「ミリウス殿下も、狩りには参加するんですか?」
「多分。主催者なのに、参加しないのは問題あるから」
『一匹くらい、何か捕まえないと』と述べるディラン様に、私は一つ頷く。
「そうなると、必然的に護衛の私達も森へ入ることになりますね」
「うん。凄く憂鬱」
『僕、あんまり狩りって好きじゃないんだよね』と嘆息し、ディラン様は肩を落とした。
と同時に、空を見上げる。
ジリジリと照りつけてくる太陽の光に目を細め、手のひらから魔力を出した。
「しかも、凄く暑いし……」
「もう夏本番ですからね」
「春に戻ってほしい……」
『溶ける……』とボヤきながら、ディラン様は魔術式を描いた。
かと思えば、直ぐさま発動する。
「あれ?ちょっと涼しくなりました?」
「いや、気温は変わってないよ。ただ、日の光を反射しただけ」
『それで少し涼しく感じるんだよ』と説明するディラン様に、私は相槌を打つ。
木陰に居るようなものか、と納得しながら。
「やっぱり、魔術って凄いですね。そんなことも出来るなんて」
僅かに目を輝かせて褒めちぎると、ディラン様は頬を赤くする。
『周りからは魔力の無駄遣いって、言われるけどね』と照れ隠しのように言い、小さく肩を竦めた。
────と、ここで先頭を歩いていたミリウス殿下が足を止める。
「全く……この忙しいときに何の真似だい?────サミュエル」
目の前に立つ白銀髪の男性を見つめ、ミリウス殿下は一つ息を吐く。
と同時に、少しばかり表情を硬くした。
「こっちは最終確認で忙しいんだ、道を開けておくれ」
「邪魔者扱いなんて酷いな、兄さん。僕はただ、挨拶しに来ただけなのに」
『傷つくな〜』とおどけるように言い、サミュエル殿下は小さく笑う。
なんだかとても愉快そうな彼を前に、ミリウス殿下はスッと目を細めた。
「悪いけど、後にしてくれる?」
「今じゃなきゃ、ダメなんだよ。こうやって、ゆっくり話せる機会はもうないだろうからね。最後の挨拶くらい、しっかりしたい」
最後……?
どこか含みのある言い方が引っ掛かり、私はパチパチと瞬きを繰り返す。
傍に居るミリウス殿下やディラン様も同じ疑問を抱いたのか、少し難しい表情を浮かべていた。
「……断罪までのタイムリミットが、もうほとんど無いことを悟っているのかな」
小さい声でボソリと独り言を零し、ディラン様は小首を傾げる。
『大人しく咎を受ける覚悟でも決めたのか』と分析する彼の前で、ミリウス殿下は姿勢を正した。
「それなら、尚更後にしてくれ。話す機会くらいは全てを終えた後でも、ちゃんと作るつもりだから」
『今、話す必要はない』と言い切り、ミリウス殿下は再度道を開けるよう要請する。
その途端、サミュエル殿下は呆れたような……でも、どこか哀れむような視線をこちらへ向けた。
「そっか」
相槌だけ打って身を引き、サミュエル殿下は道を譲る。
『どうぞ』と促してくる彼を前に、ミリウス殿下は再び歩き出した。
私達もそれに続き、サミュエル殿下の前を通り過ぎる。
────その際、見えたルビーの瞳はどこか淀んでいるように感じた。
サミュエル殿下の言う『最後』って、本当に断罪のことだったのかしら?
『なんだか、違和感があるわね』と思いつつ、私は歩を進める。
そして、ミリウス殿下に連れられるまま会場を一周すると、特設ステージへ足を運んだ。
すると、直ぐに開会式が始まる。
『いよいよ、本番か』と誰もが気を引き締める中、式は滞りなく終了した。
と同時に、各家の令息や騎士が森へ足を踏み入れる。
どうやら、早速狩りを始めるようだ。
「皆さん、気合いが入っていますね」
「皇室主催の狩猟大会は、色々と豪華だからね。活躍すれば、皇室や大貴族から認知してもらえるし」
すっかり人の居なくなったステージ前を眺め、ディラン様は小さく肩を竦めた。
────と、ここでミリウス殿下がステージから降りてくる。
「私達もそろそろ行こうか」
腰に差した剣へ手を置き、ミリウス殿下は森へ足を向けた。
「徒歩で行かれるんですか?」
「ああ、そこまで奥に入るつもりはないからね」
『近場の獲物を狩って、直ぐに戻ってくるつもり』と語り、ミリウス殿下はさっさと歩き始める。
迷わず森の中へ足を踏み入れる彼の前で、私とディラン様は周辺の警戒に当たった。
他の参加者も同時に狩りを行っている以上、いきなり矢や魔術が飛んでくる可能性があるため。
俗に言う、流れ弾だ。
なので、油断は出来ない。でも……
「……なんというか、静かですね」
気を抜くつもりはないものの、人の声も動物の息遣いも聞こえないとなると、なんだか拍子抜けしてしまう。
『スタート地点近くに居る動物は粗方狩られちゃったのかな?』と考えつつ、私は奥の方へ目を向ける。
「場所を変えた方が、いいかもしれません。このままでは狩りをするどころか、獲物を見つけられない可能性もあります」
連日の激務で疲れているミリウス殿下に早く休んでほしくて、私はそう進言した。
すると、彼はこちらを振り返り小さく頷く。
「そうだね。もう少し奥へ行こうか」
正面に視線を戻し、ミリウス殿下はゆっくりと前へ進んだ。
私達も、それに続く。
────かれこれ、二十分は歩いただろうか……どれだけ獲物を探しても、一向に見つからなかった。
「狩りをした痕跡はあれど、姿は見えずか。もしかして、狩り尽くされちゃったのかな?」
困ったように笑って溜め息を零し、ミリウス殿下は『どうしたものか』と思い悩む。
まあ、更に奥へ進む以外の選択肢はないと思うが。
『立場上、手ぶらで帰る訳にはいかないものね』と思案する中、ふと足音を耳にした。
それも、人間のものじゃない……もっと小さくて、軽い生物のものだ。
「ミリウス殿下、あちらに何か居ます。恐らく、小型の動物かと」
前方の草むらを指さし、私は『少し近づいてみますか?』と問い掛ける。
と同時に、カサッと草花の揺れる音が響いた。
「あっ、兎」
例の草むらから現れた音の主を前に、ディラン様は少しばかり目を剥く。
『この辺には、生息していない種類の兎だね』と述べる彼の前で、ミリウス殿下は剣を抜いた。
その瞬間、兎は物凄い速さでこの場を立ち去る。
「追い掛けよう」




