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匂い

◇◆◇◆


 ────サミュエル殿下の護衛を務めた次の日。

私はあれだけ雨に当たったのに体調を崩すことなく、出勤。

ミリウス殿下の護衛へ戻り、廊下でディラン様と顔を合わせた。


「ディラン様、昨日は洋服を貸していただき、ありがとうございました」


 帰宅する際、『さすがにその格好じゃ帰せない!』と引き止められたことを思い出し、私はお辞儀する。

もし、あのまま帰路についていたら風邪を引いていたかもしれないため。

『幸い、帰る頃には雨が止んでいたけど』と思案しつつ、アメジストの瞳を見つめた。


「洋服は洗って、お返ししますね」


「いや、そのままでいいよ」


「そういう訳には、いきません」


 『汚したものを洗わず返すなんて、出来ない』と主張し、私はブンブンと首を横に振る。

が、ディラン様は納得いっていない様子。なんだか、不満そうだった。


「でも、洗ったら匂いが……」


「匂い?もしかして、何かこだわりでもあるんですか?」


 『そういえば、あの服いい匂いしたな』と思い返し、私は顎に手を当てる。

あの匂いを気に入っているなら、下手に手を出さない方がいいんじゃないかと思って。

洗えば、当然ソレは薄まるから。


「その、こだわりというか……君の……いや、何でもない。だけど、洗わず返してほしい」


 匂いというのはデリケートな事柄だからか、ディラン様はあまり多くを語らなかった。

でも、何となく重要なことなのは理解出来る。


「分かりました。では、乾燥だけしてお返ししますね」


「本当?嬉しい。ありがとう。大事にするね」


 珍しく声を弾ませ、ディラン様はゆるゆると頬を緩めた。

アメジストの瞳に歓喜を滲ませる彼は、すっかり上機嫌となる。

が、何かを思い出したかのようにハッとした。


「あっ、そういえば昨日聞きそびれちゃったんだけど……」


 おずおずといった様子で話を切り出し、ディラン様はこちらの顔色を窺う。

どこか気遣わしげな視線を送ってくる彼の前で、私は小首を傾げた。

その瞬間、ミリウス殿下の寝室の扉が開く。


「やあ、二人とも。待たせたね」


 ニッコリ笑って、姿を現したのは他の誰でもないミリウス殿下だった。

どうやら、朝の身支度が済んだらしい。


「今日はこのまま、執務室へ行こうか」


 『陛下が居ないなら、無理して朝食の席に行く必要はないんだ』と語り、ミリウス殿下は歩を進めた。

私もディラン様もそのあとに続き、この場を後にする。


 ディラン様の聞きそびれちゃったことって、結局何だったのかしら?


 ミリウス殿下の登場により遮られた会話を思い出し、私は少し悩む。

今、ここで詳細を尋ねていいものなのか?と。

『人前だと、言いづらい話題だったら……』と思案する中、執務室へ辿り着き、中へ入る。


「さてと────では、報告を聞こうか」


 ミリウス殿下は執務机に片手を置き、こちらを振り返った。

恐らく、サミュエル殿下の護衛の件を聞きたいのだろう。

『とりあえず、怪我はなさそうで安心したけど』と述べる彼を前に、私は迷いを見せる。


「あの、私には守秘義務が……」


 相手が悪人とはいえ、護衛中の出来事をペラペラ喋るのは規則違反に当たる。

あまり褒められた行為じゃなかった。


「グレイス卿は相変わらず、真面目だね」


 まさか報告を渋られるとは思ってなかったのか、ミリウス殿下はやれやれと肩を竦める。

が、怒ったり嘆いたりすることはなかった。

『逆に好感が持てるよ』と言いつつ、彼は執務机に少し寄り掛かる。


「じゃあ、皇太子命令ということで喋ってくれないかな?君は今、私の部下なんだから言うことを聞かない訳にはいかないだろう?」


 『責任はこちらで取る』と明言し、ミリウス殿下は情報提供を再度呼び掛けた。

きちんと道理を通そうとする彼の前で、私は


「確かに上官の命令は無視出来ませんね」


 と、納得を示す。

と同時に、顔を上げた。


「では、サミュエル殿下の護衛の件を報告します」


 そう前置きしてから、私は昨日あった出来事を細かく説明。

と言っても、最初の会話以降はほとんど関わらなかったため、大した情報などないが。


「なるほど……グレイス卿を引き抜きに来たのか」


「多分、殿下の暗殺に使えると判断したんでしょうね」


 神妙な面持ちでこちらを見つめるミリウス殿下とディラン様は、小さく息を吐く。


「何ともサミュエルらしい考えだね」


「短絡的すぎて、いっそ清々しいです」


 『何故、上手くいくと思った』と呆れ、二人は(かぶり)を振った。

かと思えば、互いに顔を見合わせる。


「まあ、それだけキッパリ断ればさすがのサミュエルも諦めるだろう。少なくとも、次の接触はないと思う」


「下手に関わって、こちらに警戒されるのは避けたいでしょうし」


 『慎重にならざるを得ない』と考え、ミリウス殿下とディラン様はどちらからともなく頷き合う。


「とりあえず、監視だけして放置しようか」


「今は狩猟大会の準備で、手一杯ですからね」


 『あちらに構っていられる暇など、ない』と主張し、二人はさっさと気持ちを切り替えた。

と同時に、各々仕事を始める。

なので、私もそれに続いた。


 今日は襲撃、あるかしら?昨日は幸い、なかったみたいだけど。


 などと思いつつ、私は警戒を怠らないよう務める。

────そして、結局何事もなく終わった。

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