予定変更《アルカディア side》
◇◆◇◆
イアン達に掛けていた魔術を何者かに解かれた……いや、消されたと言った方がいいだろうか。
まあ、なんにせよ私のことがバレるのも時間の問題。
正直、この段階で動き出すのは時期尚早としか言えないが……あまり時間もない。
作戦を実行するとしよう。
建国記念パーティーの会場をそっと抜け出し、私は魔塔へ向かった。
老体に鞭打って階段を駆け上がり、自分の研究室へ飛び込む。
と同時に、鳥籠へ目を向ける。
そこには、平民の少年へ貸した魔物とよく似た……いや、恐らく兄弟の黒い小鳥が居た。
『あの少年はまだ魔物と一緒に居る筈』と考えながら鳥籠の蓋を開けると、黒い小鳥が羽ばたく。
身の危険を察知したのか、部屋から出ていこうと必死だ。
「まあ、逃がすつもりはないが」
そう言うが早いか、私は雷魔術で黒い小鳥を攻撃する。
遠慮も加減もせずに。
年老いたとはいえ、私は────第二級魔術師。
まだ雛の魔物を殺すなど、造作もなかった。
『ビギィ……!』とおかしな鳴き声を上げて床に落ちる小鳥を前に、私はゆるりと口角を上げる。
その刹那────ソレに仕掛けた魔術が、もう一方の小鳥に仕掛けた魔術と共鳴し……発動を始めた。
二匹に仕掛けた魔術は、至極簡単。場所の入れ替えだ。
発動条件はどちらか命を落とした時。
また、その範囲は小鳥の触れているものも含まれている。
つまり、あの少年もこちらに来るということ。
「交渉を有利に進めるための材料として、力になってもらおう」
バチバチと火花のような……電気のようなものを発する小鳥の前で、私はスッと目を細めた。
『発動は順調に進んでいるようだ』と確信する中、突然床が抜ける。
と同時に、小鳥の死体もなくなった。
間もなくして、少年ともう一匹の小鳥が姿を現す。
が、足場がないためバランスを崩して下へ落ちた。
「うわぁぁぁあああ!!?」
突然の転移や落下に絶叫しながら、少年は瓦礫の山に体を打ち付ける。
普通はこれで骨折なり、内臓破裂なりしているのだが……やはりとでも言うべきか、彼は無傷だ。
『ったく、何だよ……』とボヤく彼の前で、私はゆっくりと下へ降りる。
ちゃっかり、発動していた飛行魔術を利用して。
「ちょっと失礼しますよ」
少年の傍まで近寄ると、私は少しばかり身を屈めた。
触れようと手を伸ばす私に対し、彼は困惑を示す。
「えっ?アルカディアさん?」
まだ上手く状況を呑み込めていないのか、少年は大して抵抗することもなく私の手を受け入れた。
『何するつもりだ?』と不思議がる彼の前で、私は軽く服を捲った。
「ちょっ……いきなり、何!?まさか、体目当て……!?そういう趣味!?」
「子供は想像力豊かですね、本当に」
『全くもって見当違いだ』と呆れつつ、私は腹や背中を確認する。
そして、見つけた────第一級魔術師ディラン・エド・ミッチェルの仕掛けた、保護魔術を。
対象をあらゆる危険から守るソレは、術者の力量からも分かるようにとても強力だ。
少年が落下の衝撃を受けて怪我しなかったのも、ソレのおかげ。
『全く……厄介だな』と呟き、私は術式の逆算を始める。
「なあ、いつまで人の背中見ているつもり!?」
「正確に言うと、見ているのは正確に言うと腰なんですが……まあ、いいです。もう終わりますから」
指先から魔力の糸を垂らして魔術式に干渉すると、私は文字や数字を入れ替えた。
『さすがは若き天才……複雑な術式だな』と思案する中────無事解除を終える。
これで、少年を取り引き材料として使える。
その上、ディラン・エド・ミッチェルを誘い出せて一石二鳥。
保護魔術を解除されたことは、あちらも気づいている筈だから。
『滑り出し上々』と頬を緩め、私は魔術で少年の両手を縛った。
「えっ……?」
ようやく何かおかしいと気づき始めたのか、少年は水の縄で巻かれた両手を凝視する。
と同時に、少し顔色を悪くした。
「あ、あのさ……冗談にしては、ちょっとやり過ぎじゃね?アルカディアさんの世代では、こういうのが普通だったのかもしれないけど、俺らの世代じゃ……」
「私達の世代でも、このようなジョークはありませんでしたよ」
「じゃあ、これは……」
青ざめながらこちらを振り返る少年に、私は冷めた目を向ける。
「お遊びでも何でもなく、貴方を利用するために拘束しているんです」
「!?」
ハッとしたように目を剥き、少年は恐怖で震え上がった。
ショックを受けたように固まる彼を他所に────突如、凄まじい破壊音が鳴り響く。
ソレは徐々に……いや、秒単位でこちらに近づきてきており、危機感を煽られた。
ディラン・エド・ミッチェルが来たのか?それとも……。
「────アルカディア様!」
怒鳴るような勢いで私の名前を呼び、部屋の扉を蹴破ったのは────エテル騎士団所属の第一騎士グレイス卿だった。
ふんわり揺れる桃髪をそのままに、こちらへ近づく彼女は怒ったような……落胆したような表情を浮かべている。
が、少年の存在に気づくと焦りを見せた。
「アランくんがどうして、ここに……」
「わ、分かんない……いきなり、転移?して……アルカディアさんに拘束されて……」
見知った顔を見て少なからず安心したのか、少年は何とか現状を伝えた。
すると、グレイス卿はより一層表情を険しくする。
「アルカディア様、貴方まさか……アランくんを連れ去るおつもりですか?彼は貴重なサンプルの一つだから……」
「イアン達から、もう全てお聞きになったんですね。さすがは史上最年少の第一騎士だ。でも、その予想は全くの見当違いです」
少年の頭にポンッと手を置き、私は失笑を漏らした。
「こんな出来損ない、必要ありませんよ。連れ帰っても、大して役に立ちませんから」
「なら、何故魔術を使ってまで呼び寄せたんですか?」
「欲しいものを手に入れるのに、必要だったからです。謂わば、取り引き材料ですね」
『彼自身に価値を感じている訳じゃない』と明かすと、グレイス卿はあからさまに顔を顰めた。
不快感を露わにする彼女の前で、私は手のひらから魔力を出す。
「そうだ。こうして会えたのも、何かの縁ですし────グレイス卿も私の取り引き材料になって貰えませんか?ディラン・エド・ミッチェルのお気に入りである貴方が居れば、取り引きは確実に成功するでしょうから」
そう言って、私は水の縄をもう一つ作り出した。
『さあ、こちらへ』と促す私を前に、グレイス卿は剣を抜く。
「お断りします」
「それは残念です」
「随分と大人しく、引き下がるんですね」
訝しむような表情を浮かべるグレイス卿は、こちらに剣先を向けた。
警戒心を強める彼女の前で、私はスッと目を細める。
「貴方の実力はここ数ヶ月で、よく理解しましたから。あれほど多くの刺客を差し向けたのに、無傷でやり過ごすとはお見逸れしました」
「あの襲撃犯達は貴方の差し金だったんですね」
「ええ。本当は貴方を手中に収めてから、ディラン・エド・ミッチェルと交渉する予定でしたので」
『まあ、見事に失敗しましたが』と語り、私は少年の頭に別の魔術式を貼り付けた。
グレイス卿を牽制する意味で。
少年の命を盾に脅せば、グレイス卿も取り引き材料として使えるかもしれないが……あまり欲張ってはいけない。
下手すると、全てが台無しになる可能性もある。
『想定外の事態だからこそ、慎重に動こう』と自分に言い聞かせ、私はゆっくり後ろへ下がる。
もちろん、少年も一緒に。
「ぐ、グレイスさん……」
「大丈夫ですよ、アランくん。直ぐに助けますから」
『もう少しの辛抱です』と述べ、グレイス卿はじっとこちらを見つめる。
一挙一動も見逃さぬ勢いで。
『なんという集中力と威圧感だ』と辟易しつつ、私は僅かに表情を強ばらせた。
思ったより恐怖心を煽られ、不安になる中────
「アラン……!」
────本命であるディラン・エド・ミッチェルが姿を現す。
瓦礫だらけの部屋に飛び込み、少年を見据える彼は珍しくフードを被っていなかった。
というか、魔塔のローブじゃなくて貴族らしい正装姿だった。
恐らく、建国記念パーティーだから仕方なく着飾ったのだろう。
髪型までオールバックにしている彼を前に、私はゆるりと口角を上げる。
「これでようやく、舞台は整いましたね」
「それはどういう意味……?いや、その前にアランを返してくれる?」
乱れた呼吸を整えながら、ディランは真っ直ぐにこちらを見据えた。
私とグレイス卿を交互に見やり、何か只事では無い雰囲気を感じ取ったのか、最初から気を張っている様子。
全く隙のない彼を前に、私は魔術で氷のナイフを作り出した。
「少年の返却、それ自体は別に構いません。ただし、一つ条件があります」
少年の首筋に氷のナイフを宛てがいつつ、私は黒髪の美青年へ視線を向ける。
「ディラン・エド・ミッチェル、貴方に再び私の研究を手伝っていただきたい」




