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9話 暖母

 ひ、酷い目にあった。

 昨日は途中、動悸が加速し席を立つと全身にアルコールが回って頭が揺さぶられた。

 お酒に慣れてない体で無茶するとああなるんだ。


 どれくらい飲んだだろうか。気づいたら朝を迎えていた。

 覚えている事と言えば、眼鏡をかけたインテリジェンスなおじさんがいの一番に出されたお酒の匂いを嗅いで倒れた事だ。

 それが開戦の合図たった。


 それからは俺も周りを気にしてる余裕がなかった。常に誰かと飲み比べをして次々と襲いかかる強敵を嬲り倒していった。



 それともう一つ、トイレに関する事だ。

 急激な尿意な襲われてトイレに向かう俺を隣にいたおじさんは止めた。

 一緒にウェイターに着いていってもらえと言われ、意味もわからずそれに従った。


 ウェイターと言っても酒場のマスターの奥さんで唯一この人だけが酒場でまともだった。

 なぜなら既にマスターもこっち側に来ていたから。

 樽ごと飲むマスターに対抗しようとする者達。


 そしてトイレに着いてわかった。

 水道と同じでトイレも魔道具を使っている事に。

 なんて気が利くおじさんなんだ。酔っ払ってるはずなのに俺が魔力を持ってない事を気にかけて奥さんを呼んでくれたのか。脱帽。


 トイレの横にある突起に触れると便器の底が開いた。

 説明されてそこに放射し終えると、水が流れ出して底が閉じる。

 奥さんがさっきとは違う突起に触れると何かが起動した音がした。


 どうやら底では焼却処理されているらしい。

 これででかいブツも灰になって消えると。


 ハイテクだなぁ!


 ただ、俺の場合は毎回誰かに着いてきてもらうことになる。


 やはり俺はこの世界に嫌われている。



 なんてこともあって記憶が鮮明になってきたところで起き上がる。


 昨日最後に見た光景と同じだ。

 床にはそこら中でおじさんが突っ伏している。


 酒場のドアを開けて外に出ると太陽がこれでもかと俺にエネルギーを送ってくる。


 背伸びして体を起こしていく。

「うぁ〜〜〜」

 今思うと久々の熟睡だな。この数日森で寝てたから魔物がいつ来てもいいように完全に眠る事は無かった。


 二日酔いにはならずに気持ちいい朝を迎えた。


 すっかり日も昇っていて、出歩いている人も多い。

 俺はおばさんの家に向かう。


 静かにドアを開けてリビングに行くと、ちょうど二人は朝食をとっていた。


「あら、おかえり」

「おかえりなさい」

 二人に迎えられてなんだか本当の家に帰ってきた気持ちになった。


「ただいまです」


「朝はまだ済ませてないんでしょ?今用意するから待ってな」

「え、ありがとうございます」

 なんかすげー、あったかい。思わずこの温もりに甘えてしまいそうになる。


「ドトナさん。水を出してもらってもいいですか?」

「いいですよ」

 はあ、朝食中のドトナさんにわざわざ手洗い場で水を出してもらうた為に席を立ってもらう。

 嫌な顔一つせずに引き受けてくれるその優しさが胸に刺さる。



 テーブルに出されたのはシチューにパン。

 シチューの中には具がゴロゴロと入っていてパンをちぎって食べていく。

 美味い。クッキーも美味しかったがこのシチューもとんでもなく美味い。



 トイレも手洗いも一人での生活がままならない。なんて話をしてるとおばさんが何かを思い出したかのように声を出して二階に上がって行った。


 ガサゴソと何かを探してる音が上から聞こえてきて、静かになったらおばさんが階段を降りてきた。


「これこれ」


 そう言って持ってきたのは手のひらに収まる棒状の黒い物体。


「これは?」

 初めて見る形状の物に全く何がなんだかわからない。


「魔道具さ。

 魔力を吸収して放出する。ただそれだけの玩具。

 子を持つ親なら誰もが持ってるやつさ。

 それにみんな絶対使ったことがある玩具」

 まあ、それを聞いてもさっぱりわからない。

 そもそも魔道具がなんだかっていうのは、魔力を流すと動くやつだよな。


「私も知らないです」

 俺だけかと思ったがドトナさんもこれを知らない様子。みんな使ってるんじゃないのか?


「知らないのも無理ないさ。なんせおっぱい飲んでる時期に使わせる魔道具だからね。

 生まれてすぐに、体内の魔力の流れを良くして魔力の存在を本能で感じるためにね。それと魔力が常に流れているっていう状況に体を慣れさせるために。

 これを使わせない親は親じゃない。って言われるぐらいには使われてる最も最初に扱う魔道具。

 これを使わない親は子供の未来を潰してるのと一緒さね。


 魔力を扱える量ってのは魔法使いとしての決定的な差が生まれるからね。


 だから赤ちゃんが握りやすいようにこの形になってんだ。


 そんでこれは握るだけで体の魔力を吸い取るように出来てる。

 吸い取った魔力は時間をかけてゆっくりと霧散していく」


「なるほど。確かに手に馴染みやすい」

「そうですね。持つと自然と握るような形になってます」

 にぎにぎとドトナさんが感触を確かめる。


「ってことで誰かがこれに魔力を込めてやれば、あんたでも魔道具が扱えるようになる。

 これを握りながら触れれば魔道具が反応するからね」

 魔力が込められたらしいので握りながら魔道具に触れてみる。

 すると、シャーっと水が流れ出した。


「おーっ!」

 まるっきり魔力なんて感じないけど出た。これがあれば着いてきて貰わなくても一人で水も出せるしトイレにも行ける。



「でも、タダで貰う訳には。

 俺、金持ってないですし何か…」

 裸一貫で森に入ったんだ。何か持ってる訳もなく。金目の物さえありはしない。

 この魔道具がどれくらいの価値かわからないけどこれに見合うものなんて。


「いいから持っていきな。あんた達がここに来てくれただけで私は感謝してるんだから。

 もちろん私だけじゃないさ。ここのみんなあんた達に感謝してる。

 昨日のバカ騒ぎを見てれば一目瞭然さ。

 滅多に来ない旅人が来てくれたんだ。


 それにうちの子は随分前に旅に出たからね。

 子供が大人になるのは嬉しいけど、やっぱり巣立っていくと寂しいからさ。

 子供が帰ってきた気分になれたんだ。むしろお釣りが来るくらいさ。


 余計なお世話かもしれないけどあんた達もどこかで親に顔見せなよ。

 顔を見せて嬉しくない親なんていないんだから」

 今はただ精一杯の感謝を。


「いつかまたここに来ますね」

「嬉しいこと言ってくれるね」

 ここがこの世界での俺の実家だ。

 弧川の扇地。暖かいところだ。



 しみじみと想いに耽ってるけどまだここを旅立つ日にちは決まってない。

 まだまだここにはお世話になる。


 ここでできる限りの事をしよう。

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