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13話 三人目

 山に登り慣れてる俺はこの状況、特に苦に感じない。ドトナさんは森に慣れていても、山は慣れていないのか息が荒くなる。


「次に広い所に出たら休憩にしましょう」

「…はぁ…はい」

 まだまだ山頂は先だし、下りは下りでまた大変そうだ。なるべく緩やかな斜面を選んでるけど地面がボコボコだから足がね。

 綺麗な道だったら疲労もだいぶ違うと思う。



 数時間ぶりに開けた地面が見えた。


 振り返るとそれに気づいたドトナさんの顔が少し明るくなったのが見えた。


「や、やっと休めます……」

 開けた場所に出た途端、体から力が抜けたようにへたんと座り込んで木に寄りかかる。


 水をバッグから取り出そうと思ってバッグを降ろそうとした時、視界の端に何かの影が映りこんだ。


(シュっ)

 すぐにバッグを置いてその影の正体を探るため、そぉーっと近づく。

 腰に差した短剣に手を添えて恐る恐る木の根元を覗き込む。

(ジロリ)


 木の根元にいたのはアフロの少年。

 緑髪のアフロをした小さな小さな少年。


 疲弊しているのか、木にへたりかかっていて目の前にいる俺に気づいていない。


 しゃがみこんで様子を伺う。


(トントン)


「大丈夫か?」

 肩を叩いてぐったりしている少年の反応をみる。


「大丈夫か?」

「んぁ。み、みずぅ…」

 のそっと顔だけが反応して、目もほとんど開かず最小限に開いた口は水を求める。


「待ってろ。今持ってくるから」

「うぅぁ」

 どこかはっきりとしない受け答えだけど、相当な時間この山をさまよったに違いない。

 それほどまでに衰弱しているように見えた。


 バッグから水を取り出してそのまま飲ませる。


 口の端から僅かに水が溢れて零れる。



 すると、みるみるうちに顔に生気が戻っていく。

 ありえないくらい明らかに。


 数秒経てば肌がツヤを取り戻し、パチクリとした大きな目が開かれた。


 満面の笑みを浮かべた少年がひょいっと立ち上がる。


「いやぁ、助かったよ。もう少しでオイラ自然に帰るところだった。兄ちゃんありがと」

 その少年は外見とは裏腹に流暢に喋っていた。

 立ち上がっても俺の太もも辺りの身長にもかかわらず、自分をしっかりと持っているような顔つき。


 見た目相応の歳とは思わない方がいいな。ただ、この砕けた口調は子供特有の友好的な相手への邪気無き誠意。


 そこまで見た目とかけ離れてる訳じゃないのか。



 いつの間にか隣に来ていたドトナさんは静かに少年を見つめる。

 さっきまで息切れしてたのに、今はすっかり落ち着いてる。


 で、当然俺はこの少年の正体を知るはずもなく、この世界の子供はみんなこんな感じの成長をするのか。

 そして、最有力候補は種族特性だと睨んでる。


 前にドトナさんがポロッと話してた。魔族という千差の種族からなる者達は、それぞれ種族的な特徴を持っているんだと。

 精霊から魔物の子まで幅広いという。いったい魔族を生み出したやつは何者なのか。



「あのさ?二人はオイラのこと助けてくれたんだよね?」

「うん。そりゃ、倒れてたんだから助けるだろ」

「オイラを助けてわるいこと考えてるんじゃないよね?」

「え?そんな事あるんですか?ドトナさん」

 少年から思いがけない質問をされてびっくりしたけど、この世界ってそんな感じなの?


「いえ、私の周りではそういった話は聞いた事が無いです。ただ、滅多に表に出てこない種族の場合、能力欲しさ、物珍しさでそういう手段に出る組織がいる可能性も…有り得るのかもしれません。

 私も都会の事は詳しくないのでなんとも」

 そう言われると確かにまあ。俺が最初にいた人族の街は完全に都会だったけど、防犯とかの問題はわりとガバガバのように見えた。

 魔法でカバーしてるのかもしれないけど裏路地とか真っ暗だったし、俺が言うのもなんだけとを警備の粗も大きかった。


 あれじゃあ警備の目が行き届いてなくてもおかしくない。

 それでも人族と魔族でいろいろ話は違うと思うけど。



「あなたはトレント族ですか?」

 なんかいろいろ考えてたらドトナさんが話を切り出した。

 トレント族か。植物系統かな。


「そうさ、オイラは木の精霊を祖先に持つトレント族のジュジュっていうんだ」

 木の精霊なんてのもいるのか。


 胸を叩いて満足気に胸を逸らしてフンスっ、と鼻息を吹く。

 ゆさゆさと揺れる緑のアフロ。


「よろしく、ジュジュ。

 俺はキュロウで…」

「私はドットナット。ドットかドトナって呼ばれてる」


「なんで二人でこんな山奥に来てんの?

 もしかして駆け落ちとか?」

「聞きたいのはこっちだけど、よくそんな言葉知ってるな。

 で、俺達は駆け落ちなんかじゃなくて旅の最中なんだ」

「旅!?兄ちゃん達、旅してんのっ!!」

「ま、まぁ」

 凄い食いつきで目をギラギラ輝かせてる。

「ねぇねぇ!オイラも連れてってよ!その旅の仲間に入れてよ」

「いや、それは」


「あ、もしかして二人は結婚してんの?オイラ邪魔だった?」

「そうじゃない。親はどうしたんだ?一緒じゃないのか?」

「オイラに親はいない」

「そうか」


「オイラを育ててくれたやつはいたけど、結局そいつもオイラが邪魔だったみたいで。

 それに気づいて気遣えるオイラは出てきたって訳」

「ちなみに今の歳は?」

「今は3だよ。この前なったばっかり」

「3!?3歳でこんなに?」

 振り返ってドトナさんを見ると、驚いた様子は無く頷いていた。


「魔族は自我の芽生えが早いんです。とりわけ精霊の血を引く者達は頭の発達が早いですね。

 キュロウさんのところはそうじゃないんですか?」

 あ、やべっ。

「俺のところは俺より下がいなかったのでそういうのはちょっと知らなかったです」

 とりあえず嘘でこの場を収める。


「そゆこと。オイラの賢さ、利口さにオイラを預かった家の子どもが癇癪を起こしたんだ。

 そうなったらあとは分かるだろ?手紙でここまで育ててくれた感謝は伝えた。

 もうあそこにオイラの居場所は無い。親子の絆にヒビを入れるほど野暮じゃないから」

 3歳でこれか。

 賢さ故に、この早さで愛の醜さを知ってしまったのか。

 自分が実子じゃないということに引き目を感じてしまったか。


「さすがに子どもを連れて旅は厳しいと思う。

 次の村か街に着いたら、またその時ちゃんと話し合おう。

 そこまでは俺達が責任を持ってジュジュを守る」

 そうしたいと思った。そもそもこんな所に子ども一人置いて行けないでしょ。


「って、勝手に決めちゃいましたけど大丈夫ですか?」

「当たり前です。水の精霊に誓ってきちんと送り届けます。

 私、こう見えて子どもの相手は得意なんですよ。みんなが狩りに行っている間、遊んでましたから」

(クイクイっ)

 よかった。嫌そうな感じは無いな。


「大丈夫です。私に任せてください」

 子どもが好きなのか結構前のめりになっているような。

 地面に膝を着いてジュジュを抱きしめる。

(むぐっ)

 今までに見たことの無い慈愛の表情のドトナさんは抱きしめながら遠くを見つめる。

「成長がいくら早くてもまだ子どもですから」

 頭金手を添えて優しく抱き込む。


 と、中でもがき苦しみ始めた。

(んー!んー!)

「むはぁっ!く、苦しいよ」

「ごめん、つい…」

 抱擁から脱したジュジュは空気を求めて大きく息を吸い込む。


「ふはぁ。っぶない、死んじゃうとこだったよ」

「久しぶりで力入れすぎたかも」

 申し訳なさそうに肩を落とす。

「硬すぎて潰れるかと思ったよ」

(ピクっ!)

「ほんとに女なの?兄ちゃん騙されてるんじゃない?おっぱいないよ」

(ピクピクっ!)

 落ちすぎた肩が跳ね上がる。

 背中越しだが、きっと今は顔を見ない方がいいだろう。


 そして、思い出してしまった。あの時の記憶を。

 こんなに鮮明に覚えている記憶力が恨めしい。ひとえに女性に慣れていないのが原因だ。

 一糸まとわぬ姿。細すぎない体で、凹凸が無く影が落ちずに全てが見えてしまった。

 水に濡れた体はなんともなんともだった。白い肌は光に照らされ煌めいていた。

 確かに凹凸は無かったけど女性的な身体付きをしていた。

 って何を気持ち悪いこと考えてんだ。仲間をそういう目で見るのは俺が俺を許さない。


 あの時は自分でも驚くくらい速く動けた。恐らく開いてから一秒も経ってないんじゃないかな。



「おい、一旦落ち着け。

 言っていい事と言っちゃいけない事は分かるだろ?」

「え?本当のこと言って何が悪いの」

 ダメだ!ここはまだ子どもだったか。

 思ったことを口にしちゃうのは子どものいい所でもあり悪い所でもある。


「とりあえず俺の背中に乗れ。楽しい事をしよう」

 ジュジュの前で背中を向けてしゃがんで背中に乗るように後ろ手に合図を出す。


「ドトナさんは少し休憩しててください。遊んでくるので」


 まだ沸騰している最中なのか、背中に乗ったのを確認して俺は走り出す。


「ねぇねぇ、なにして遊ぶの?」

 頭の上から聞こえてくる声はワクワクを孕んでいた。

 これから何が起きるのか、楽しみなんじゃないか?


「落ちないようにしっかり捕まってろよ」

「うんっ」

 頭を握る力が強くなった。


 密集した木々の中を駆け回り、地形の確認をしてから木を蹴って枝に登る。


「うおー!」

「まだまだこれから!」

 枝から飛び降りてからツタを片手で掴んで勢いよく振られてから手を離して宙を舞う。

 片手ではしっかりとジュジュの尻を掴んでる。


「うおー!」

 落ちるギリギリまでツタを掴まずに前に進む。

「おちる!おちちゃうよ!」


 地面スレスレでツタを掴んでまたまた振られる。


「すっけぇ!!すっげぇ!!」

 わしゃわしゃと頭を叩かれて、興奮してる様子が手に取るようにわかる。


 だいたい十分くらい、風を感じるターザンを続けた。


地面に降りるとジュジュはその場に座り込んだ。


「も、もうだめぇ。

 手に力が入んない。兄ちゃんすっげぇよ」

「あれはやれるようになっておいた方がいい。

 魔物から逃げる時に役に立つから」

「へぇ。そんな事にも使えるんだ」


「それともう一つ、デリカシーを身につけよう」

「そんなの必要?だってほんとに硬かったんだもん」

「そういうのは思ったとしても口に出さないのがかっこいい大人なんだ」

「かっこいい大人…」

「そうだ」

「オイラまだこどもだからいいや」

「おいっ」

 てっきり乗ってくれると思ってたんだけど。

 やはりまだ子ども。もっとうまくやる必要があるな。前提としてまだ3歳なんだ。わかれっていう方が無理あるか。


「そろそろ戻ろう」

「うん」

 ジュジュを小脇に抱えて振り回しながらさっきの所に戻る。


「戻りました」

「ただいまぁ!」

「おかえりなさい」

 俺に抱えられながら両手足をグンと広げて元気良い声が出た。


「軽くご飯食べてから進みましょう」

「はい」

「ごはん!!」

 こういう和やかなのも悪くない。やはり子どもがいるだけで場が和むな。


 おばさんが作ってくれた数ヶ月もってくれるパンを食べる。




「よし、それじゃあ行きますか!」

「おおー!」「はい」


「なんかこうしてると家族でピクニックに来てるみたい。

 そんで二人はオイラのパパとママだ!」

「そんな緩い道のりじゃないけどな」

「まぁ、そういう雰囲気も悪くないですね」

 すっかり機嫌も治ったようで一安心。ドトナさんのあの雰囲気は初めて見た。

 そもそも怒ることなんてそうそうある事じゃないからな。


「あっ、おっぱい無いからママじゃないか」

「ばっ!」

 気づいた時には既に言い切っていた。口を塞ぐのが間に合わなかった。

「もがっ」

 口を押えて抱き抱える。

 ドトナさんはというと、足が止まっていた。


 すると、のそのそと音もなく近づいてくる。


(ぺちっ)

「いてっ」

 ドトナさんのデコピンが炸裂し、ジュジュのおでこが赤くなる。




「言葉遣いを教える必要がありますね」

 一段と低い声。


「今日の夜からみっちり叩き込みます」

 これで大人しくなってくれればいいんだけど。


「嫌だ。子供は寝ないといけないんだよ。寝ないと体が大きくならないからね。

あ、それでおっぱいが小さいんだ」

(ぺちっ)

 二度目のデコピン。

 そうだよな。そう簡単にはいかないよな。


 眼鏡が白く輝く。


 これ以上はほんとにドトナさんが可哀想だから、しっかりと向き合う。

「おい、年頃の女性にそういうことを言っちゃダメだ。一番気にしてるのは本人なんだから」

 相手が傷ついてる事を教えてあげれば案外素直に聞いてくれるものだ。

「へー。こっち睨んでるよ」

 そう、こういう時のカバーも本人に気づかれないようにこっそりと注意するのがポイントなんだった。


 だから俺は謝った。



「もういいです。私の胸が小さいのは事実ですから」

 大人な対応ありがとうございます。


「ほらぁ」

(ぺと)

 俺の手が出た。デコピンだとさすがに危ないからおでこに手を当てるだけにした。


 もう、この話題はやめよう。

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