10話 ぜんしん
「俺に魔法を撃ってください!」
俺ほおじさん達を広場に集めて開口一番、そう言った。
おじさん達は様々な反応を見せるもすぐにざわつきは落ち着き、口を揃えてこう言った。
「「「「任せろや!」」」」
きっと俺を信頼してくれたのだろう。
昨日の夜はそれだけ深い絆が結ばれたんだ。
そんなわけで俺達は昨日と同じく森に来ていた。
「でもよぉ、魔法を撃ってどうすんだよ」
不思議そうな顔をして聞いてくる。
「受けられそうなら受けて無理そうなら避けます」
「避けます…ってもよ。そんなに簡単に避けられるもんじゃないぜ?万一避けられたなら俺達の腕がヘボいことになるしよぉ」
確かにそれもそうか。魔法で獲物を狩ってるんだもんな。
でもそしたら魔法使い同士の戦いはどうなってんだ?全部受けてるなんて事はないだろうしな。
「それじゃあ一回木に撃ってみてもらってもいいですか?」
「それならいいぜ」
おじさんは杖を構えて目を瞑る。気を落ち着かせてるのか、普段のあの荒くれおじさんとは様子が違う。
「とくと見やがれ!」
声の荒らさとは裏腹に腕から杖までの動きが凄い滑らかだ。
杖と腕が一体化してるような。
「イッツアショー、ファイア!!」
ボフっと拳大の火の玉が打ち出された。
それにしても掛け声はあれでいいのか。気持ちが伝わればいい的なやつか。
(ズブゥンっ!!)
木の幹にめり込んだ火の玉は、木を貫通するとその場で消えた。
(ボフっ)
す、すげぇ。
(ごき、ゴキゴキ……)
穴を空けられた木は自重に耐えきれずに横に倒れ込んだ。
(ズドォン!)
す、すげぇ。
これは腹に穴空くか?
試してみたい。飛び込みたい。受け止めたい。
気持ちが抑えられない。
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「あ、あの。
私に魔法を教えてください」
椅子から立ち上がり、精一杯頭を下げた。
ベイクおばさんは不思議な人だ。
会って間もない私をすごく気にかけてくれる。それだけじゃない。ふかふかのベッドを使わせてもらって、お風呂にも入らせてもらった。
感謝してもしきれない。ここ何日かは川の冷たい水で体を洗ってたから、湯船に体を預けた瞬間天にも昇る気持ちになった。
それでついつい寝そうになったから結構早めに上がった。
美味しいご飯で満腹になってポカポカの体にふかふかのベッド。気づいたら眠ってた。
嫌じゃなかった。すごく色んな事を聞かれたけど、私にはそういう人の方が合ってるのかもしれない。
自分から話すタイプじゃないから聞いてくれるのは会話が続くから楽しい。
でも勢いで余計な事を喋っちゃったり。あれはもうずるいよ。話も盛り上がって話なれた頃だったおかげで口が勝手に動いちゃった。
恥ずかしいけど二人だけの秘密ってことで、誰にも言わないって約束してくれたから大丈夫。
私が魔法苦手なのも話した。それで今日、ベイクおばさんに相談をした。
「魔法ねぇ。私も得意って訳じゃないからさ。
そもそもここにいるような連中は下位の魔法で燻ってるような奴らだからね。
中位の魔法を扱える奴らはずっと先にいる。
そんな私でもいいなら付き合うよ?」
テーブルに肘を置いて、身振り手振りで説明する。
「お願いします。どんなに小さな事でもいいので」
「どうしてそこまで」
「ここに来るまでキュロウさんに頼り切りだったので」
「それはちゃんと役割分担であいつも了承してんだろ?」
「それはそうなんですけど…」
強くなる為に村を出たのに、キュロウさんがいなきゃここまでこれたかどうか。
もっと時間がかかってたと思う。それにお肉も沢山食べれたからこんなに元気で。
そんなんじゃダメ。
「村にいる時も今も、誰かに頼ることしかできなくて。
なんの為に村を出たのか。何も変わってないんです。村にいた時の弱い自分のまんまで。
一日でも早く、そんな自分と決別したいんです」
言葉にしてみると段々と拳に力が入る。
「上達に近道は無いよ」
「はい」
「弱音吐くんじゃないよ」
「はい」
「諦めたら出ていってもらうからね」
「はい」
「よし!行こう!!」
「はい!」
「強い気持ち持ってんじゃん」
(パシィン!)
「ひぃっ」
強く叩かれた背中がジンジンする。相変わらず力強いな、けど元気もらえる。
ふふ。
私達は今、川のそばに来てる。最も曲がりが大きい所で流れも最も勢いがある。
曲がりきれなかった水が、その先にある崖の岩壁にぶつかって散っていく。
長年水がぶつかって削れたようで、そこの表面だけ他とは違って大きく窪んでいる。
散っていった水がトボトボと川に戻っていく。
まるで親に叱られた子供のように、行きの勢いが嘘のように活気が無い。
「よし、それじゃあ川に向かって魔法を撃ちな」
「はい」
ザパンっ!ザパンっ!と慣れ親しんだ激流の川を見る。
最も体に馴染む、うねった杖を構えて川に魔法を撃ち込む。
『水の細弾』
小さな水の弾はプトンっと静かに川の波に飲み込まれた。
「オーケーオーケー。威力は問題無いね。
それじゃあ今度は立ち上がる飛沫に撃ち込もうか」
「え?」
「わかりづからいか。それじゃあ、私が的を指示するからそれに撃って」
そ、そんなこと言われても、こんな激しく蠢いてる飛沫に狙いをつけるなんてどうやって…。
二回説明されても意味がわからない。
頭の中が混乱してる私をよそに、ベイクおばさんは杖を振るった。
小さな火の玉が川の上を漂う。
「見てな!」
その言葉の直後。
宙に漂ってた火の玉が一つの飛沫を捕まえた。
捕まえたと言っても飛沫の少し上を同じ速度同じ角度で並走をしている。
「うそ…」
思わず声が漏れた。
あんな荒々しく飛び回る飛沫の動きを火の玉で再現している。
手足のように魔法を扱うのは魔法使いにとって当たり前だけど、予測出来ない荒波に動きを合わせるなんて…。
それも飛沫の立ち上がりから沈み込むまで寸分の狂いもなく並走している。
「こう見えて私は器用なんでね」
「…料理してる所見てたので知ってます」
なんでもないように言うベイクおばさんの技術の高さに息を飲む。
「さ、始めようか」
「はい」
されど当たらず、時間が過ぎていく。
とにかく魔法の感覚を体に叩き込めと。話はそれからだと言われた。
結局その日は半日、日が沈みかけるまで続いた。
自分の未熟さが腹立たしい。
家に帰ると今日もキュロウさんは酒場で済ますらしい。ベイクおばさんと二人でご飯を作って食べる。
「さて、自分で何か気づくことはあったかい?」
「いえ、どれも飛沫の速さに着いていけずにかすりもしませんでした。
魔法の制度が良くないばっかりに」
「そこじゃない。あれだけやって一つも当たらなかったんだ。自分で気づいて欲しかったんだけどね」
「すみません」
「プティマフ族だろ?もっと柔軟にいこう」
「昔から頭が堅いって…自分でもそう思ってて」
「それが堅いんだよ。
見えてるものだけを見てちゃ何も変わりはしないよ」
「そう言われても…」
私は昔からそうだ。勉強はできたけど頭は良くない。
機転が効かない。応用出来ない。
形ある答えしか私は知らない。
「考えな」
「今までも考えて」
「もっとだ。考えて考えて、考える事が無くなったらその時は私の所に来な」
「…」
考えろって言われても。あんなに速い飛沫に魔法を当てるなんて今の私に。
「それなんだよなぁ…」
「いまなにか言いました?」
気のせいかな。何か聞こえたような気がするけど。
「いいや、なんでも。
ご飯が覚めちまう、今は食べよう」
「はい」
それからは会話もほとんどせずに食べ終わった。
食器を片付けるとベイクおばさんが目の前に。
「特大ヒントだ。視野が狭い」
「視野が…せまい……」
視野が狭い。見えてるものしか見ていない。
柔軟に考える。
湯船に浸かると今日の疲れがどっと体から抜けていく。
「ふわぁ〜〜〜」
湯船に浸かりながら腕を上げて体を伸ばすと声が漏れた。
水面を指で弾くとポチャンっと水滴が跳ねて波紋が広がっていく。
(ふわんふわんふわ〜ん)
さらに弾くと波紋と波紋とがぶつかってぐにゃりと曲がる。
ていていていっ。
(ちゃぽんちゃほんちゃぽんっ)
垂れた髪が湯船に浮いてゆらゆらと波紋に巻き込まれて流れていく。
「!?」
(パッシャーンっ!!)
湯船から勢いよく立ち上がると鼻、顎、髪、股、指から大量の水がこぼれていき、湯船に戻っていく。
(ぽちゃぽちゃぼちゃちゃっ)
これだ!!なんで今までこんなことに気づかなかったのか。こんな当たり前の事を気にも止めずに過ごしていたから、私はバカなんだ。
ふふふ。自分のバカさ加減に笑ってしまう。
雨は天から降り注ぎ、地に落ちる。
視野が狭いっていうのはそういう。
私は今まで魔法を撃つ時にその一場面を切り取っていた。
頭を狙って撃った魔法はかすりもせずに通り過ぎていく。
当たり前だ。
見えてるものしか見ていなかった。対象のその先を見ていなかったんだ。
当然、右から左へ走っている猪がそこに留まってるはずがない。
世界は動いているのだから。
バカすぎるよ全く。今まで何を考えていたんだか。
その先を予想して魔法を撃ち込む。多分みんなそれを当たり前にやってるんだ。
気持ちいい。頭が軽くなったような感じがする。
(バッチャンっ!!)
湯船から飛び出してドアを開けて風呂場から出る。いてもたってもいられない。
「ベイクおばさん!!」
「な、なにごとっ!?」
後先考えず、リビングにいたベイクおばさんの元へ走って声をかけた。
ベイクおばさんはびっくりしてるけどそれどころじゃない。
「わかりました!わかったんです!!
なんで当たらなかったかがっ!!」
「わかったから。落ち着きな。
体びしょびしょで、あぁ…床もこんなに」
「ご、ごめんない…」
軽くなった頭は常識の枷を外してしまった。
体も拭かずに裸で。私が歩いてきた道がびしょびしょの足跡として残っている。
我に帰ると、こんな格好で人前に出てしまった自分を責め立てる。
(ばかばかっ!)
急いで風呂場に戻ろうとリビングを出た。
(ガチャ)
今一番、動いてはいけないものが動いた。
視界の端に映る玄関のドアが開いた。気のせいだよね。
(ひぃっ!)
やめて!開けないでー!!
私の意思程度でどうにかできるものでは無かった。
だって、世界は動いているのだから。
つい、覚えたての言葉を使ってしまった。
声を上げることも出来ずにただただ廊下で立ち尽くす。
「ただいまぁ」
この旅ですごくお世話になったキュロウさん。この数日でだいぶ仲良くなれたと思う。無闇矢鱈に近づいてくることは無いし、寝る時も周りを警戒してくれて、すごく頼りになる人。
一番見られたくない相手だった。
「きゃーーーーー!!」
人生で出したこともないようなお腹の底から絞り出すように出した大きな声。
バッチリと目が合ってしまった。
しかし、驚くべき速さでキュロウさんはドアを閉めた。
(ガチャンっ!!)
その音が私の体を自由にしてくれた。
やっと動きだした体は、さらけ出した自分の体を抱きしめて風呂場に駆け込んだ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。恥ずかしい!!
なんであそこで突っ立ったまま動かなかったの私!!
リビングに戻るなり声を出すなりしてれば見られなかったのにぃ!
体を拭いて服を着てからリビングに戻る。
すると、ベイクおばさんが濡れた床を拭いてくれていたようで、びしょびしょだった床は綺麗になってた。
あ〜〜〜。私のばかぁ。今日どれだけばかって言えばいいのぉ。
それとリビングにはもちろんキュロウさんがいる。
「すみません」
謝らせてしまった。
「私が全部悪いので気にしないでください。
あんな所に裸でいる方が悪いんですから」
自分で言ってて恥ずかしい。
出来れば全部忘れてください!なんて言えない。
それにあんな一瞬だし、大丈夫大丈夫!
私が気にしなければキュロウさんも気にしないでくれると思う。
そのマインドで行こう。
「ベイクおばさん、床拭いてもらってすみません」
「あ〜、それやったの私じゃないよ」
「へ?」
とんでもなく気の抜けた声が出た。
「私が拭こうとしたら既に拭いてくれててね」
じーっとキュロウさんを見る。
「木材に水は大変ですから。
さっと拭いたので許してください。それにベイクおばさんにはお世話になってばかりなので」
くっ、文句なんて言える立場じゃないのに。わかってるよ。キュロウさんがいい人なのは。
それにそれを言われたら私は。
「いえ、ありがとうございます」
なにもいえないぃぃ!!
もう私の心が耐えられない。
「今日は先に寝させてもらいます」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
「はい…」
トボトボと階段を上がって部屋に入り、ふかふかのベッドに倒れ込み、枕に顔を埋める。
「んもぉぉぉぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ」
心の叫びは枕に吸収された。




