入学式、舞踏会
そして翌日。太陽が起きたのに合わせ、ウツロも目を覚ます。昨日の夜は、思わぬ窮地と収穫があった。そのことを冷静に整理したところでウツロは外に出る。向かったのは、戦没者墓地。あの現場がどうなったのかと、槍が明るくなっても見つからないかの確認。そして日課の鍛錬のためである。
あの後きちんと守衛が対応してくれたらしく、周囲には狼がいた痕跡一つも見つからない。そして、ウツロの隠蔽も完璧であった。セシリアの後を尾けた関係で、非常に限られた時間しかなかった点や、闇夜での作業で一毛の不安があったのだが、それも杞憂に終わる。
より穏やかな気持ちで、ウツロは剣を一心に振り始める。この剣は入学時に支給されたものであり、これからウツロがメインウェポンとして使用せざるを得ない武器だ。今のうちに体に覚えさせなければいけない。本来は槍を使うため、やや自分の頭の中の動きとズレが生じている。この矯正が終われば、戦闘面での心配も当面はなくなるだろう。
一時間ほど経過したところで、ウツロは剣を鞘に収める。朝食などの時間を考慮して、寮の自室に戻る。
「ウツロ、昨日は大丈夫だったのか?」
部屋に帰った直後、ガッツが慌てて質問を投げてくる。
「見ての通りだ」
「元気そうだな。いや、それにしても何があったんだ? 消灯ギリギリになって、アルフグレットのご息女様が訪ねてくるなんて。それにお前も消灯過ぎても帰ってこない。まさか、今帰ってきたんじゃないよな?」
ガッツの顔がどんどん険しくなる。
「そういえば、セシリアがどうしてあんな墓地に用事があったのか聞いてなかったな」
ウツロはここに至ってはじめてその点に気が向く。
「セシリア? 返答次第じゃ大変なことになるぜ?」
ガッツの鼻息荒い様子をしばらく眺めているのも退屈なので、ウツロは質問に答えるために昨日の狼との戦闘について話した。
「つまり、ちょうどセシリア様がやって来たところで魔獣の狼と遭遇。その場の即席で共闘を演じて何とか撃退した。そして今出てたのは鍛錬のためだった、と」
ウツロの伏せたい事実を考慮すればこういう筋書きになる。
「ずいぶんと息のあったことで。ところで、セシリア様はお前に何の用があったんだ? 顔馴染みってわけでもないだろ?」
公爵家の次男が敬称をつけるのなら、どうやら彼女はずいぶん位が高いらしい。ウツロは自然とそちらの方に気が向いた。
「聞き忘れた。それどころじゃなかったしな。まあ、次からは互いに初対面でもないんだし、今日の入学式のときにでも聞くさ」
ウツロは鼻唄混じりで支度を始める。
「呑気なやつだな。今日で学生生活の趨勢が決まるかもしれないっていうのに」
ガッツはそれを見てため息を吐く。
「大袈裟だな。今日の予定は、たかが入学式とその後の舞踏会。俺のような踊りも知らん田舎者はちと肩身が狭いかもしれないが、そっちはお茶の子さいさいだろ?」
伯爵家の次男は、眉間に皺を寄せる。
「確かに踊りの方は俺も何一つ心配してないさ。これでも一応、上級貴族の端くれの生まれだからな。パーティーだって場慣れもしてる。だが、今日一番重要なのはパートナーを組むことだ」
「パートナー? 何だそれは」
ガッツは梅干しみたいな表情から、今度は目ん玉飛び出そうなまで目を見開く。
「まさかとは思っていたが、やっぱり知らなかったのか」
今日一番の大きなため息。
「この学校の決まりの一つに、パートナー制度と呼ばれるものがある。入学式の後の舞踏会で、男女一組がペアを組む。その二人は、これから学生の三年間運命共同体として歩んでいくんだよ。共に学び、共に教え合い、共に戦う。それがパートナーだ」
ウツロは頭の中にいまいち入ってこない。それは事前に用意された資料になかった情報というのもあるが、それよりももっと根本的なところに疑問を覚えたからだ。
「それは、実際の戦闘で何の意味があるんだ?」
普通に考えて、戦闘においての共闘を見据えた教育をするのであれば、特定の相手のみに限らず組める人材を育成すべきである。今のパートナー制度では、良く言えば一心同体、悪く言えば共倒れの二人一組の駒を量産するだけのシステムだろう。そんなもの、一体戦場で何の役に立つのか。己の手足が千切れようとも万全な戦力として機能する方がよっぽどためになる。ウツロは自身の経験からそれを痛感していた。
「意味、か。これはサンセベリアの、いや俺たち貴族の美徳に関わる問題だな。"ダリアの誓い" って聞いたことはあるか?」
ウツロは首を横に振る。
「創世神話に登場する話で、最高神の男女二人が契りを交わしたことで、その後降りかかる艱難を見事に打ち砕いたって顛末の内容だ。それにあやかるように、貴族は男女の関係をとても重要視するようになってな。戦いの場にもそれを持ち込んだって流れさ」
ますますウツロは混乱する。そんな過去のおとぎ話を、どうして現在も守っているのか。戦場にどうして理想や夢を持ち込もうとするのか。
「あまり貴族以外には馴染みのない文化かもしれないが、そこはお前も受け入れろよ。はっきり言っておくが、この学校のルールは完全に貴族のものになっている。教師も生徒も、九割は根っからの貴族畑出身だ。田舎の常識や感性が通じない世界と思っておけ」
口調は厳しいが、これはガッツからの優しさである。この学校では、ウツロが世間知らずなのだ。
「忠告どうも。腹減ったから飯行こうぜ」
着替えを終えたウツロは廊下に出ていった。その後ろをガッツは髪をかきあげながら追う。
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「それでは、ただいまより第116代サンセベリア帝国立騎士学校の入学式を始めます」
光栄であり歴史のある本校に入れたということは、本人どころか家族全員で大喜びするめでたいことである。式が始まり様々な人物が登壇していく中で、うっすら涙を流している生徒までいた。しかし、どこまでいってもウツロにとっては退屈な時間である。
学長の話も、在校生代表の生徒会長の挨拶も、そして新入生代表のどこかの令嬢の宣誓も、全てを右から左へ受け流す。自分の興味がない分野には一切心が動かされない、それがこの男の性格である。しかし、この場にスパイとして潜入しているという点が作用し、登壇者の名前と顔だけは覚えておくことにする。
想像以上に退屈で長ったらしい式が終わると、新入生は一旦寮の自室に引っ込む。例の舞踏会のために服装や身だしなみを準備するためである。
「ウツロ、お前服は持ってるのか?」
鏡を見つめながら、ガッツは髪を整える。
「正真正銘の一張羅がある。そこは心配するな」
リトガルトから持ち込んだ数少ない持ち物の一つである。貴族社会という話はウツロも以前から聞いていたため、万が一のために用意だけはしていた。まさかこんなに早く使うことになるとは、思ってもいなかったが。
二人はきちんと正装に身を包み、万全のコンディションで会場に向かう。
「女性よりも男性の方が先に着く。これもマナーの一つだからな」
やや小走りなのはそのためか。ウツロは人生はじめての舞踏会に、好奇心から楽しみな気持ちに襲われる。
会場である「ダリア館」に到着し、二人は重い扉を開ける。外見もそうだが、それ以上に内装が煌びやかであった。一面の赤絨毯に、上に吊された太陽のようなシャンデリア。部屋の端にはグランドピアノが置かれ、二階には中庭を観覧するためのバルコニーまで備え付けられていた。これが学校というのだから二度驚く。
中にはすでに多くの男子生徒が、今か今かとソワソワと待機していた。まるで見合い会場だな、とウツロは感じた。ウツロとガッツは腹ごしらえと喉を潤すのも兼ねて、食事の並んだテーブルに近づく。
「全員肩に力入り過ぎじゃないか? 結婚相手を探しに学校に入学したわけでもないだろうに」
「どうだろな。一番この場でプレッシャー感じているのは貴族家の長男さ。先代から受け継いだものを次の世代に渡していくってのが、やつらの至上命題だからな」
それをこの場で達成しようとするのが納得出来ない。ウツロは水掛け論になるのが分かっているので何も言わない。それが彼らの、貴族の流儀なのだろう。
「そういや、伯爵家の次男坊さんはどういう立ち回りで?」
「さっきも言っただろ。家の面子を気にするのは長男の役目だ。俺は自由にやらせてもらうさ。そういう慣習とかに縛られるの、嫌いなんだよ」
なるほど、自己紹介もあながち冗談ではないらしい。その言葉には確かな熱が宿っていた。
「ウツロ、お前はどうするんだ? 好きなタイプとかいるのか?」
「さあね。というか、互いに何も知らん状態でどうやってパートナーを選ぶんだ?」
ウツロには気になる女性を興信所に頼んで調べる時間も資金もなかった。
「事前調査はもちろん、許嫁とかの家同士の関係や、紹介。あとは昨日の試験の様子とかもある」
「試験? そういや観客席に座っていた生徒がチラホラいたな」
「武力も重要なステータスではあるからな。試験官も言っていたように、己の力を遺憾なく発揮できるあそこはアピールタイムでもあったわけだ」
ウツロは自分が感じたぬるさの正体をより正確に把握し始める。
「じゃあ試験官が対してやる気なく受け身だったのも、半ばサンドバッグをやるためか」
「そういうことだな。貴族は顔パスみたいなもので、聖剣を持っていない受験生には厳しく当たるらしい」
学生の九割が貴族なのは、彼らの実力が高いということを意味していないようだ。
「だからお前、舞踏会なのに剣を持ってきてたんだな」
「これが半分自己紹介の代わりになる。お前は知らないだろうけど、鞘の装飾で家の格はある程度分かるんだよ」
鞘の宝石や装飾は、伊達や酔狂であしらわれている訳ではなかった。
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