契約、パートナー成立
新連載開始しました!
今日は、合計3話アップ予定です(3/3)
一応キリの良いところまでだと思います。明日は2話分更新予定です。
ウツロの思考は瞬時に一つにまとまっていた。
「この目撃者を消す」
そうすれば、ひとまず自分は何の問題もなく任務を続行できる。入学式前に新入生が一人消えた、それも貴族の令嬢であるというのは色々と学校内の警戒を高める危険はあるが、そんなことは言ってられない。幸いにもここは人払いの魔法の範囲内。
たとえ事があっても誰も気づかないし、助けも呼べない。ウツロは槍を握りしめたまま、ゆっくりとセシリアに近づく。射程範囲に足を踏み入れたその瞬間が、戦闘開始の狼煙である。ウツロは極限まで己の体に殺気を押し込む。これ以上誰にも見られないように一瞬で済ませるために。
距離がどんどん詰まり、互いに目と目が合う。そのとき、セシリアが大きく口を開ける。
「今見たことは誰にも言いません。その代わり私に協力してください!」
ウツロは足を止める。相手が対話を求めてくるのは彼にとって予想外の事態だった。セシリアはさらに声を張り上げて続ける。
「あなたに特別な事情があるのは、その槍を見れば分かります。そして、私にも決して公では人に言えない宿願があります。それを叶えるのには、強力な味方が必要です。あなたとなら、私は良いパートナーになれると確信しています」
少女の瞳には、その色と同じくらいの滾るような情熱が宿っていた。
普通なら、こんな話をされてもウツロは聞く耳を持たないだろう。それは所詮他国の人間だから。いくらこちらに理想的で有利な提案を持ちかけられても、それは甘言でしかない。敵の言葉を信用する戦士など、この世界には存在しないのだ。
だが、今この目の前にいる少女の言葉は、どこか安心感がある。納得感がある。彼女の宿願が何であるのか知りもしないのに、ウツロは直感的に彼女は味方だと思った。
"窮したときこそ直感に身を委ねろ" キロトリデの教えの一つである。危険な賭けであるのを承知で、ウツロは重い口を開く。
「その契約、呑もう」
ウツロは再び近づき、右手を差し出す。二人は握手を交わした。
「俺はウツロ・ダコバトト。これからよろしく頼むぜ、セシリア」
「どうして、私の名前を?」
「ヌベンセで聞いたからな。中々堂々とした名乗りだった」
「覚えていてくれたんですね」
セシリアは頬をほんのり赤くして微笑む。
「では、早速で申し訳ないんだが一つ頼みがある。あんたのその聖剣で、あいつに一突き入れてほしい」
ウツロは後ろに倒れる大狼を指差す。
「あの狼はすでに息絶えているのでは?」
「そうだな。だが、今のままだと槍で倒したのがバレバレになる。あんたの一撃で、あくまで剣で倒したと上書きしてもらいたい」
この傷も、ウツロの正体の痕跡になりかねない。
「分かりました」
セシリアは少し間を置いて返事をする。獣とはいえ、もう命ないものに危害を加えるのは弄んでいるように感じて抵抗があるのだろう。しかし、パートナーからの最初の頼みである。ここは目を瞑って引き受けた。
ウツロの指示通り、セシリアは大狼の正中線に再び一撃を入れる。これで傷口は広がり、傍からみれば剣で止めを刺したようにしか見えない。
「ついでに何だが、誰でもいいから教師なり守衛なりを呼んできてくれ。この狼は、俺たち二人が倒した。そういうシナリオで遺体の処理を頼みたい」
「分かりました。では行ってきますので、少々お待ちください」
セシリアは駆け足でウツロの元を去る。
『さて、なら追うか』
ウツロはセシリアのことを直感で信頼した。いつもならそれで済ませている。だが、今は任務としてこの場にいる。それも、絶対に失敗できない状況で致命的なミスを犯しているのだ。口では黙っていると言うセシリアが有言実行するのか。
スパイであるウツロはセシリアに、複数人で自分を確実に殺せる機会を与えたのだ。約束を本当に守るのか、スパイとして見定める義務がある。ここから一番近い大人がいる施設は、守衛が泊まっている詰所。そこでセシリアがウツロの正体を話さなければ、とりあえず彼女のことは信用しても良いだろう。
ウツロとしても、学校内に協力者、それも貴族の人間がいるというのは、これからのことを考えれば大きなアドバンテージである。それ故に、危ない賭けだと思いながらも、セシリアの話に乗った。最悪、セシリアが守衛に密告しても、関係者全員の口を封じればいい。
セシリアが詰所に入ったタイミングで、ウツロは耳に全神経を集中させる。
「すいません、一年生のセシリア・アルフグレットです! 敷地内に狼が出て、何とか撃退したんですけど、現場まで来てもらえますか?」
もう消灯時間を過ぎているため、寝惚け眼だった守衛たちは慌てて飛び起きる。その様子が、椅子が勢いよく倒れる音と彼らの驚きの声から伝わってくる。そして彼らは急いで準備をした。
「こっちです!」
セシリアが先導するのを確認して、ウツロは狼のところに戻っていく。きちんと誓いは果たされているようだった。
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「お、やっと来たな」
ウツロはわざとらしく待ち侘びていたような素振りを見せる。もちろん、彼は手ぶらで待機していた。そしてセシリアの後ろには、守衛の二人が血相を変えて立っている。
「この狼を、君たち二人だけで倒したのかい?」
半信半疑な様子で一人が尋ねる。
「ええ、何せパートナーですから」
「君は、確かウツロ・ダコバトトか。そして、アルフグレット家の子女。なるほど、君たちなら不可能ではないのかもしれないな」
もう一方の守衛が、何度も大きく頷きながら二人を見つめる。
「この大きさと、戦った際の知能が高い様子からおそらく魔獣でしょうね。こんな都会にどうしてこんなのがいるのかは分かりませんが」
「確かに、本来なら森の奥深くで長として君臨しているような個体だな。これは、警備体制を強化しないといけないかもしれない」
守衛たちは二人で今後について話し合いを始めてしまう。ウツロとセシリアはそこから少し距離を取る。
「槍はどうしたんですか?」
セシリアが耳打ちで伝える。
「見つからない場所に隠した」
これが探りなのかは何とも判断できないところか。
「そういえば、二人はどうしてこんな場所に? もう消灯時間を過ぎているが」
セシリアの体が硬直する。何も言い訳を想定していない様子である。
「墓参りに。出来るだけ人に会いたくはなかったので、消灯ギリギリに寮を出たらばったりそいつと遭遇しましてね」
ウツロはガッツのときと同じ話で通す。
「そうか、それは殊勝な心がけだね」
少し不安であったが、守衛は納得してくれたみたいである。
「これから三年間私たちが学べるのも、彼らの犠牲があったからですから。出来る限り早く来たかったんです」
セシリアからの援護射撃もあり、守衛の疑問は完全に解消された。
「ところで、この狼は何ですけど売ってもらうことって出来ます?」
「ああ、業者に連絡すればいいだけだからね」
「それは良かった。これほど立派な獲物なら、さぞかし高値になるでしょうから」
セシリアは首を傾げる。
「そんなに高くなるのですか?」
「そりゃ、もちろん。あいにく何も蓄えがない貧乏人でね、稼げる金はちゃんともらっておかないと」
実際今のウツロの所持金は限りなくゼロに近い。切り詰めに切り詰めて行動したはずなのに、食費と宿泊費だけで消えてしまうとは。明らかに支給額が足りていない。
「それなら、狼のお金はウツロが全部もらってください。私は大丈夫ですから」
ウツロが一人で倒したから当然であるが、守衛の手前アリバイづくりのためにセシリアは発言する。
「では、この狼はきちんとこちらで手続きをしておくから、二人は今日はもう寮に帰りなさい。明日は大事な入学式なのだから。代金は後日ダコバトト君に届けるよ」
ウツロとセシリアは現場を守衛に任せて自室に帰る。
「改めて、これからよろしくお願いします」
別れ際にセシリアが頭を下げる。
「いやいや、こちらこそよろしく。じゃあまたな」
こうして、ウツロは最初にして最大の障害を無事突破した。大狼との戦闘、そしてセシリアの登場という二つのイレギュラーも、何とか乗り越えたといって良いだろう。部屋に帰ってベッドに倒れ込むと、ウツロはすぐに眠りにつく。疲れと安心の両方が一気に吹き出してきたのだろう。
潜入初日の成果:槍の隠蔽と協力者の確保、(後日)大狼の代金。
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