基地での攻防戦
「セシリア、今のは?」
この一ヶ月、師匠として教える立場だったエライザすら、先程セシリアの放った一撃に驚きを隠せなかった。
「今のが、私の朔……!」
エライザの質問に答えるでもなく、セシリアは独り言のように呟く。
『まさか、本当にこの一戦で辿り着くとは』
エライザは目を見開いて、セシリアの放った先に目を向ける。真っ黒な轍が直線上に伸びており、よく見ればヨーコの体の遥か先まで続いていた。長距離砲弾、威力も防御系の魔法を貫通するとなれば必殺と呼ぶべき代物だろう。
『セシリアの膨大な魔力を、十全に使えばこうなるのは何も不思議じゃない。でも、以前の状態ならたとえ魔力という弾はあっても、砲身であるセシリアの体が持たなかった』
今魔力炎症もなく無事に立っていること、それが特訓の成果を如実に表していた。エライザはセシリアの方へゆっくりと歩みを進める。
「ナイスファイト! これで私から教えられることはもう何もないわね」
視線を外してはにかむセシリアを横目に、エライザは更に前進する。行き先は、かつての部下の元。ヨーコの体は中央にぽっかりと穴が空いていたが、まだ小さく息があった。エライザは治癒魔法をかけ、彼女の蘇生を始める。
「何で……?」
か細い疑問が、ヨーコの口から漏れる。
「あなたには、色々と聞かなきゃいけないことがあるからね。私たち、正体が何者かすら知らないんだから。どうせウツロは容赦なくやっちゃうだろうから、捕虜はこっちで確保しておかないと」
甘い人、とだけ呟くとヨーコは再び瞼を閉じる。セシリアは後ろで静かに、治療の様子を窺っていた。
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マイオレ基地、司令室。この空間にいるのは、二名のみ。傷ついた団長とエリック、団長はまだ目を覚ます素振りはない。エリックはその寝顔をじっと見つめている。外ではどのくらい時間が経ったのだろうか。エリックがふと窓の外に一瞬目をやると、視界の端で何かが動いたのに気がつく。
「エリック、状況はどうなってる?」
「お目覚めかい。自分が誰にやられたか、覚えているか?」
険しい表情で団長は口を開く。痛みのせいなのか、部下の裏切りのショックなのか。
「……ヨーコだ。突然部屋に入ってきたと思ったら剣を突き立てられた」
「そのヨーコの行方を今追ってる。副団長が指揮をとってるから、失敗することはないさ」
「お前は、留守番か?」
黙って頷くエリックを見て、団長は体を再びベッドに預ける。
「見ての通り、意識は無事に戻った。お前も気になるなら追いかけて構わん」
団長の計らいに、エリックは首を縦には振らなかった。
「なあ、団長。俺がこの基地に来た日のこと覚えてるか?」
「どうした、いきなり昔話なんか始めて」
「俺が入団試験を受けた時、結果があまりに酷かったのに、アンタだけは俺のことを高く評価して無理やり通してくれたことがあっただろ?」
エリックの語りは非常に穏やかだった。
「そんなことも、あったかもな」
「俺はアンタは命の恩人だと思ってる。あの時の温情がなければ、俺は今頃スラムでのたれ死んでいるはずだ」
「……お前は、妙に目だけは鋭かったからな。それ以外からっきしでも、強い意志があった」
団長の言葉にエリックはゆっくりと頷く。そして次の瞬間、ベッドの下から血の棘が勢いよく飛び出す。団長は間一髪でベッドから離脱し、難を逃れる。
「何の真似だ、エリック? まさか、お前もヨーコの仲間か?」
団長の言葉に、エリックは声を上げて笑い出す。
「茶番はやめろよ、偽物。俺は入団試験のとき試験官を半殺しにして止められた側の人間だぜ?」
エリックの殺気に、団長は観念したかのように両手を挙げる。
「どうして、変装だと分かった?」
「俺は団長のことを命の恩人だと思ってるってのは本当の話さ。倒れているところを一目見れば気付くさ」
直感一つで己の魔法を看破されたと知って、気分の良い人間はいないだろう。団長の姿を模したそれは、苦虫を噛み潰したような顔を浮かべる。
「なぜ、お前が団長の姿に化けているのか。それは、記録を見つけられなかったから。大方本物を監禁して拷問で聞き出そうとしたが、副団長の動きが予想以上に早くて、仕方なく代役を演じたってところだろ?」
それ故に、ヨーコとユリアは時間稼ぎのために正体を明かして戦闘を挑んだ。戦力をそちらに割いてくれれば、記録を探すチャンスも巡ってくる。しかし、それはエリックの残留によって防がれた。
「お前の動揺と、ウツロの宣告は芝居だったわけか?」
「ご明察。あの時点で、副団長と三人で念波魔法で打ち合わせを済ませていたのさ。まさか、ウツロがユリアもそっち側って言い出した時は驚いたけどな。今思えば、あいつがヨーコの追跡へ同行したがらなかったのは、団長の監禁役と拷問役を担っていたからか」
ウツロとエリックによる敵の看破。この二つのファインプレーがあったからこそ、副団長は勝利を確信して自身も基地を離れることができた。
「だが、今ここでお前が敗北すればそんな作戦など水泡に帰す」
「出来るのかい? アンタの魔法、察するに姿形を変えるだけの力だろ。記憶すらもトレース出来ないのなら、朔や固有魔法なんて夢のまた夢。潜入には向いていても、戦闘には向いてない」
しばらくの間、二人に沈黙が流れる。殺気と殺気の激しいぶつかり合い。先に動いたのはニセ団長。しかし、彼がとった行動は窓に向かって飛び込むこと。完全に逃走の動きだった。当然エリックもその後を追う。ニセ団長は一心不乱に森へ駆け込む。彼は事前に脱出経路を確保していた。本来であれば、記録を手に入れたら即離脱できるようにするためのもの。
しかし、こうして何の成果もない状況で使うことになるとは夢にも思っていなかった。エリックの見立て通り、この男に戦闘能力は皆無である。だが、こと潜入や隠密において組織で彼の右に出るものはいなかった。ついさっきまで後ろをつけていたはずのエリックが、彼を見失ったのがその証拠。闇夜であるとはいえ、土地勘も十二分にある騎士を相手に逃げおおせるとは。完全にエリックにとって予想外の出来事だった。
『畜生、まさか何も得られずに撤退するハメになるとは……!』
男が必死になって辿り着いたのは、国際美術館の近くにある岬。ここはマイオレ基地の管轄区域を除いて、唯一船を出して国外へ逃られる場所であり、本来ならばヨーコやユリアともここで落ち合う手筈だった。
『優秀なメンバーを二人も失い、年単位の長い仕込みをしていた計画が失敗に終わった。上になんて報告すれば……』
男は失意に暮れながらも、一人船出の用意を始める。
『だが、それも命あってのもの。次こそは、必ずこのサンセベリアを——』
その瞬間、男の時が止まった。心臓を撃ち抜かれ、体に血液が巡らない。止まることなく血が体内に放出され、男の体から温度が消えていく。
『そんな、どこから?』
消えゆく意識の中で、男は目を凝らして辺りを確認する。男は用心のために探知魔法をかけており、魔力を使った攻撃であれば事前に察知できる状態だった。にも関わらず、敵は音もなく狙撃を成功させてきた。この矛盾の答えに、残念ながら男が出会うことはなかった。
「死んだか、あれも」
岬を見渡せる高台で、ウツロは敵の魔力が潰えるのを確認する。
「にしてもやっぱりこの技術、イカれてるな」
自身の放った閂に対して、ウツロはこれ以上ない評価を下した。
「本来であれば、非接触で攻撃を体内に伝播させる技。それを武器に応用すれば、斬撃を飛ばすこともできる。しかも、一キロ程度なら威力も問題なし」
この説明を団長から聞いた時、ウツロは耳を疑った。確かに理屈を聞けば、対象に触れないのなら攻撃を飛ばすことは可能だろう。しかし、そんな超常現象は普通魔力を使った魔法でなければ起こせない奇跡の類である。それを才能と努力が必要とはいえ、人の身のままで可能にする閂という技術。ウツロは、超えてはいけない一線の先に足を踏み入れている気がしてならなかった。
「便利だろ? 魔力を介さないから、探知に引っ掛かることもない」
隣で感情なく話す土人形に、ウツロは何とも言えない視線を返す。
「よくこんな場所知ってたな」
土人形にではなく、それを操る男に向かってウツロは話しかける。
「情報収集に関して、サンセベリアで俺より優れているやつはそういないからな。ましてやあんな好条件の岬、賊が利用しない方が無理な話だ」
「確かに。あれなら最悪泳いで逃られる」
周囲が険しい崖であることも加味すれば、唯一の船場である。
「それにしても、お前の方もよく戻ってきたな」
ユリアとの一戦を終えて、ウツロはセシリアたちと合流するでもなく、すぐさま馬に乗って引き返してきた。その途中で、団長が何とか力を振り絞って動かしている人形に遭遇。その後、事情を聞いて二人で高台に移動したという状況だった。
「ユリアの能力を聞いた時、違和感があったんだよ。じゃあ、俺がこの近くで見た、ヨーコとルカウの逢引き。もしあの時ルカウが朔で操られたとしたら、近くにユリアの姿がないとおかしい。なら、ひょっとしてあれはルカウに化けた別人だったんじゃないかと考えた。なら、あそこで二人は何をやっていたのか。それをお前が教えてくれた」
紙一重の奇跡のような遭遇がなければ、危うく敵を逃していた。団長は傷の痛みに苦しみながらも、大いに喜んでいた。
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