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第五列 ――最強スパイと没落騎士令嬢の共同戦線――  作者: 平下駄
第3章 マイオレ基地
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ウツロの遠距離戦

「ヨーコと接敵したら、どう動く?」

 馬に乗りながら、ウツロが叫ぶ。

「とりあえず、私とセシリアに任せて。三人は、万が一がないか見張っておいて。仲間と合流される可能性もあるから」

 エライザの指示に全員が黙って応じる。自然とセシリアは手綱に力を込めていた。


『これが、私の実戦なんだ……!』

「セシリア、ヨーコの戦闘スタイルについて何か知っていることはあるか?」

 気付けばウツロが、隣を走っていた。その目には心配や憂いの感情は何もなかった。彼としても、パートナーがどれだけ強くなっているのかをこの目で直接見られるのが楽しみなのだろう。


「いいえ、残念ながら。でも、そっちの方が私としては好都合です」

 いつも相手の情報が事前に分かった状態で戦闘になるとは限らない。むしろ、そのような整った状況の方が少ないだろう。ならば、より実戦に近い方を求めるべきである。ヨーコはセシリアの戦闘を一度見ているというアドバンテージがあるが、それは以前までのもの。大幅にアップデートされた今であれば、互いに情報戦は五分である。


「それより、エリックさんを置いてきて大丈夫だったんですか?」

「……あいつはそんなにヤワじゃないさ」

 ウツロはメンバーの顔を一通り見回す。司令室での重苦しい表情がいくらか解けているのをみて、エリックを置き去りにした甲斐が確かにあったのを実感する。馬は粛々と、前へ進んでいった。

「全員止まって!」


 三十分程走っただろうか。広い荒野に出たタイミングで先頭のエライザが叫ぶ。目の前に、鎧を着た騎士の姿が確認できた。ヨーコである。出来るだけ逃亡の痕跡を残さないために馬も使わず自力でここまで来たようだが、魔力を探知されてしまえばどうしようもない。ここで迎え撃つ、そんな覚悟が目から迸っていた。殺気と敵意、そして決意の混じり合ったヨーコの圧に、セシリアは生唾を呑み込む。


「セシリア、頑張れよ」

 不意に沈黙を破るような柔らかな声。パートナーに頷きを返して、セシリアは馬から降りる。

「何か言い訳があるなら聞かせてもらおうかしら」

「何にも。元々このために騎士団に入ったんだから。今がちょうどベストなタイミングだっただけ」

 エライザの威圧を、ヨーコは柳のように受け流している。彼女もまた、場数を踏んできた実力者なのだ。


 セシリアはエライザよりさらに一歩踏み出して、ヨーコに近づく。それを見て、ヨーコも剣を抜いた。二人の間を風が通り抜ける。

『さあ、セシリアは辿り着けるかしら』

 数歩下がった位置から、エライザは見守る。


「ウツロ、そっちは任せるわね」

 エライザは振り返らず話しかける。

「了解、手筈通りにな」

 ウツロの声が、何もない荒野に響く。


 瞬間、エライザの後方で待機していた三人が、その場から大きく吹き飛ばされる。ウツロは平然と着地をするが、何も知らないルカウとユリアは困惑しながら地面に両手をついていた。

「ウツロさん、一体これは?」

「演技はもう十分だ。裏切り者は一人じゃないんだろ?」

 ウツロの鋭い視線に、ユリアは小さく微笑んだ。


「いつから、気がついていたんですか?」

「お前たち二人が信用出来ない、という話なら初めから。マイオレ基地を裏切っているという話なら、さっきの司令室だな」

 状況が飲み込めないのか、ルカウはまだ立ち上がれていない。


「どこに違和感がありました?」

「お前が全く動揺していなかったところだな。俺のような日の浅い部外者ならともかく、普通同僚が反旗を翻したのなら、もう少し焦るものさ」

 ウツロはあの場でただ一人、ユリアが汗一つかいていない様子を静かに観察していた。


「そんな小さな事で他人を疑うなんて、ウツロさんは悪い人ですね」

「一時が万事だ。それに、お前たち二人は明らかに基地で魔力を制限していた。その時点で何か裏があると思うのはごく自然な話」

 ずっと不思議に思いながらも、ウツロが決して口にしなかった疑問であった。


「制限? 私たちがですか?」

「あいにくと、目には自信があってね。馬鹿みたいに魔力操作ばかり鍛えていたら、他人の魔力の流れにも敏感になったのさ」

 ユリアは感心したように声を漏らしていた。


「ウツロさん、あなたは一体今までどんな修羅場を経験してきたんです?」

「大したものは何も。おい、ルカウ! そろそろ立ち上がって剣を抜け。敵が目の前にいるんだからな」

 問答はもう十分と言わんばかりに、ウツロはルカウをけしかける。


「あら、もうお喋りは終わりですか。もう少し楽しんでいたかったのに」

 ユリアが大きく魔力を放出し始める。

『回復士なのに戦闘もいける口か』


 この手のタイプは、自己に治癒をかけながら前線に立ち続けるゾンビ戦法を得意とする。倒しても倒しても、自身の魔力が尽きぬ限りは何度だって再生を繰り返す。加えて、魔法に長けているためその他のバフやデバフも混えて戦うのも特徴。ちょうど、デュエットの前衛と後衛を一人で行う形といえる。瞬時の魔法の切り替えという高等技術があるからこその戦法だ。


『だが、こっちは二対一。ルカウと協力すれば面倒なことには』

 ウツロはこの時、とある異変に気がつく。

「ルカウ、いつまで寝てる?」

 ウツロの呼びかけに、ルカウは一切反応しない。それどころか、突然指先をウツロに向け雷撃を一閃。ウツロは回避によって何とか難を逃れる。ルカウによって打ち込まれた雷は空を切った後地面に炸裂し、焦げ臭いにおいをあげて周囲一メートルを弾き飛ばした。


「なるほど、二対一でも騒がなかったわけか」

 ウツロは笑みを浮かべるユリアを睨みつける。

「はい。私の朔"桃源回廊(とうげんかいろう)"は、自分が治癒した方を意のままに操れる魔法です。さっき副団長に吹き飛ばされた際に、ルカウさんが傷ついていたので治療させていただきました」

「手癖の悪い、治したがりが」 

 ウツロの舌打ちにも、ユリアは全く表情を変えない。


「これで二対一なわけですが、ウツロさんどうします? 確かにあなたは強いです。しかし、それはあくまで総合力での話。スピードだけに限れば、魔力特性の恩恵もあって、ルカウさんの方が有利です」

 確かに、魔力を打ち込む単純な早撃ち勝負なら、ウツロはルカウに負ける。それは魔力特性だけでなく、彼の魔法の予備動作がないことも関係していた。ほぼ反射と同じ速度で繰り出される攻撃に、ウツロが対抗できるものはなかった。


「加えて、ルカウさんは私が補助をかけますし、ウツロさんの距離で戦うことはありません。これでもまだ、戦いますか?」

 ウツロが自分の弱点と考えているものの一つに、長距離戦に弱いというものがある。そもそも朔が身体強化の魔法であり、恵まれた巨躯を最大限利用するには、体術面を伸ばすのが最適だった。


 それ故に魔法面は手薄になってしまい、どうしても距離を取った相手には有効打がない状況に陥ることが多々あった。少し遡れば、ツミキとの一戦がまさにそれ。あの時は何とか距離を詰めることで勝利したが、今回は全く状況が別。ウツロに今要求されているのは、一発の瞬発力。敵となったルカウよりも早い一撃をお見舞いしなければならない。しかし、それは現状不可能だった。そこには覆せない相性という壁が立ち塞がっている。


『ルカウに俺の朔を当てることが出来れば、ユリアの洗脳は解ける』

 ウツロの朔は、魔力を燃やすもの。つまり魔法を無力化できる力であり、ユリアの魔法の解除は難しいものではなかった。しかし、そのためにはルカウの攻撃を掻い潜らなければならない。結局のところ、対ルカウに関してウツロは有効打を持っていなかった。


『ならば、馬を狙うか』

 ウツロは大きく距離を取るため、後ろに下がった。自分の槍の届く範囲どころか、ルカウの攻撃射程からも外れる程に。


『逃げる、なんて行動は死んでも取らないタイプ。何を考えているのでしょう』

 ユリアはルカウを操作し、雷撃を繰り出す。しかし、自分自身の魔法ではないためか命中精度が落ちる。


『この距離だと、私じゃ当てられませんか。でも、ウツロさんも攻撃手段がない。一応飛び道具的に、槍の投擲がありますが、それはエリックさんとの戦闘で確認済み。あの威力ならここまで届くはずがないです』

 エリックとの戦闘で、ウツロはただならぬ殺気を撒き散らしていた。あの戦いで見せた動きは、限りなく全力に近いもの。つまり、今の距離を置いた状況は膠着状態。ユリアは当然のようにそう捉えていた。


 瞬間、彼女の心に緩みが生まれる。ウツロはそれを見逃さない。突然青い炎を纏ったかと思えば、次の瞬間にはすでに両手が空になっている。その事実にユリアが気がついた時、彼女の左肩が吹き飛んでいた。内臓や骨、そして血を飛び散らす自身の体は、どこか作りものめいた非現実的な光景に映る。しかし、両膝の力が潮が引いたように抜け、その場に座り込むしかなくなったとき、体が異常をきたしているのを実感する。


『まだ槍は、戻ってきてないぜ』

 座り込んだのも束の間、今度は自分の視点が宙に舞う。何が何だか、ユリアには状況が飲み込めなかった。ウツロの聖槍"夕星(ゆうづつ)"の権能、それは忠誠。持ち主の意のままに、その下へ馳せ参じる力。たとえ移動中だろうが、反対方向へすぐさま引き返すし、その軌道も持ち主が自由に決めることが出来る。


 ウツロは、ユリアの左肩めがけて投げた夕月が、帰ってくる時は右肩を貫通するように軌道を設定した。つまり、両側から削られたユリアの上体は、その反動もあって宙を飛んだ。このことに、本人が気付くまでかなりの時間がかかったが、死を迎えるよりも先だったのは幸運だろう。

 ウツロは完全に無力化されたことを確認してから、上下に分かれた敵へ近づく。


「流石のシスター様でも、こうなっちまえばおしまいか」

「……自分がやったくせに。やっぱり、ウツロさんは悪い人ですね。最後に、一つだけ聞かせてください。エリックさんと戦ったとき、あなたの怒りは本物だった。そんな状態よりも、どうして今の一撃の方が遥かに強力だったのですか?」


 ユリアは以前、ウツロの唯一の遠距離攻撃である投擲について目撃していた。あの時の状況を踏まえれば、手心など微塵もない本気の一撃を。しかし、実際今打ち込まれたそれは、目にも止まらない速さで襲ってきた。この矛盾を、彼女は今生最後の質問に決めた。


「あのときは、エリックを痛ぶるのが目的だったからな。力を抑えて当然だろ?」

 人が意識を失わず、痛みを感じることができるギリギリの範囲で致命傷を加える。回復の猶予を与えることで、それを何度も繰り返す。ウツロがあの時やろうとしていたのは、対等な戦闘ではなく一方的な拷問だった。故に、力も抑えられる形となる。


「なるほど。ウツロさんには敵いませんね……」

 血を流しながら倒れるユリアは、微笑んだままゆっくりと瞼を閉じる。その様子を、ウツロは何も言わず眺めていた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


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