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第五列 ――最強スパイと没落騎士令嬢の共同戦線――  作者: 平下駄
第3章 マイオレ基地
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裏切り者

「ウツロ、合格だ」

 またも変わらず、場面は穴蔵。ウツロは構えていた槍を下ろす。満足気な顔の団長、一方、ウツロの表情は決して明るくない。

「教わっておいてアレだが、この技術異常じゃね?」

「良い反応だな。本来は故郷の人間だけに伝わる門外不出の代物だ。使うのは躊躇しなくていいが、絶対に他人には教えるなよ」

 団長の言葉にウツロは即座に頷く。


「頼まれてもやらねえよ、こんな技」

 自分の槍と右手を何度も見比べるようにウツロは黙り込んでいた。

「これで俺からのとっておきは、確かに渡したぞ」

 ウツロを穴蔵に置いたまま、団長は司令室へと帰っていった。


『全く、まさか三週間でマスターされるとはな。基礎の定着からとんでもないやつとは思っていたが、ここまでとは』

 司令室の椅子にもたれ掛かり、団長は押し黙ってしまう。


『おっと、こんなところで物思いに耽っている暇はない』

 眼鏡をかけて、団長は体の外へ意識を向ける。夜間の警備を含め、人形を通して警戒の目を張り巡らす。異常が起こればすぐ対応出来るように、団長は神経を研ぎ澄ませていた。その直後、司令室の扉がノックされる。


『こんな夜遅くにどうしたんだろう?』

 入るように促すと、廊下から見知った声が返ってくる。

「何か報告でもあるのかい?」

 椅子に座って団長は目の前の人物へ語りを促す。しかし、その人物が取ったのは予想だにしない行動だった。


「——よ、ヨーコ?」

 彼女から突き出されたのは、言葉ではなく刃。驚きの表情を浮かべながら、団長は力なく床に倒れた。

 

   ~~~~


「お帰りなさい、ウツロ」

 時刻はまだ日付を超えていないとはいえ、決して早い時間ではない。セシリアは最近、ウツロが部屋に帰ってくるまで起きていようという試みを始めていた。もっとも上手くいったのは今日が初めてで、大抵は机に突っ伏している少女を、ウツロは丁寧にベッドまで運んでやっていた。


「ただいま。今日でめでたく免許皆伝らしい」

 その言葉を聞いて、セシリアは小さく拍手した。

「これで俺もようやくマイオレから持ち帰るものが出来た。そういえば、セシリアの方はもう仕上がりそうなのか?」

「あとは実戦をやったら完成、とエライザさんがおっしゃってました」

 セシリアの言葉にウツロは小さく頷く。


「なるほど、もうそんなところか」

「私はウツロよりも早い時期から教えてもらってますから。それに、日中の任務へ同行するわけでもないですし」

「いや、俺より教わっていることが沢山あるから当然だろ。それに、実戦ってことはセシリアも明日からは基地の外に出るかもしれないぜ」

 いよいよ騎士の現場に同行できる。セシリアは目を瞬かせた。


「本当ですか? だったらウツロにちょっと聞きたいんですけど——」

 そこから堰を切ったように、セシリアの質問が続いた。彼女も貴族の出身である。騎士に対して思うことは、人一倍あるのだろう。実情が、長年夢に思い描いていたような理想とは大きく乖離していたとしても、その憧憬までもが失われることはない。


 二人の間で質疑応答がしばらく交わされる中、部屋の中にノックの音がこだました。妙に荒っぽく耳に残る。ウツロが扉を開けると、そこには血相を変えたエライザが立っていた。

「二人とも、ちょっと来てくれる?」

 ウツロもセシリアも心当たりはなかったが、緊迫した状況であるのは歴然だった。


 夜更かしを咎めに来たわけでもなさそう、などという間の抜けた感想を口にする気にもならない。それほどまでに、エライザは副団長の顔をしていた。エライザが二人を連れてきたのは司令室。中へ入ると、仮眠用のベッドの上に包帯を巻かれた団長が休んでいた。事の重大さを示すには、もっとも手っ取り早い手段だろう。ウツロ達の直後に、エリック・ルカウ・ユリアの三人も現れる。


『一人足りないな』

 ウツロは周囲を冷静に観察する。

「全員揃ったわね。見ての通り、団長がやられた。襲撃犯は、おそらくヨーコ」

 その場に重苦しい空気が流れる。


「副団長、嘘だろ?」 

 エリックの強い動揺は皆にも波及する。

「落ち着きなさい! 今はそんな話をしたくて呼んだわけじゃないの」

「ヨーコはなぜこの司令室で団長を攻撃したんだ? いくら俺との特訓の後で疲弊しているとはいえ、もっと他に条件の良い場面はあったんじゃないか?」

 ウツロだけがあっさりと事実を受け入れ、先に進もうとしている。


「団長が弱っているというのも理由の一つではあると思う。ウツロとの訓練はもちろん、夜は人形をフル稼働させているはずだから。でも、それよりも重要なのは"情報官の記録"でしょう」

「何だそれは?」

「団長は、その能力を買われて国中の情報収集や解析を行なう情報官の役目も任されてるの」

 人形と視覚などを共有出来るのなら、そんな離れ技を一人でやるのも造作もないこと。


「それもあってマイオレは平定戦争に不参加だったりいくつか恩恵も受けられてる。ただ、これはほんの一部の人間しか知らない極秘情報」

「それが狙われた、と。つまり、ヨーコはその記録を持ち出すために、団長を襲い尋問も兼ねてこの部屋を選んだのか」

 部屋は二人きり、そして任務関連のアイテムなら司令室にある可能性が高いのも納得がいく。ヨーコの動機が見えたことでウツロは正しい理解を深める。


「本当に、ヨーコさんが犯人なんですか?」

 セシリアの声はかすかに震えていた。自分の知り合いが突然裏切り者と言われて、すんなり受け入れられるウツロの態度が異常で、セシリアの反応はある種当然だった。


「残念ながら。以前から基地周辺の警備について裏切り者の可能性は示唆されていたし、何より団長が倒れていたところの魔力痕跡が動かぬ証拠」

 話しているエライザも、若干表情を曇らせる。


「そんなバッドニュースを伝えるためだけに集めたわけじゃないだろ?」

「……ウツロの言う通り、皆を呼んだのはヨーコの追跡を行うためよ。今ならまだ魔力を辿れる、盗まれた記録は何としてでも取り返さないといけない」

 副団長として、エライザは団員たちの顔を真っ直ぐ見つめる。しかし、それと目が合ったのはウツロだけ。他の四人の動揺はまだ収まっていない。


「……エライザ、こりゃ一人置いていった方がいいんじゃないのか?」

 ウツロがため息混じりに切り出す。戦力的な面だけでなく、メンタル面も考慮すれば当然の判断である。皆が暗い顔しているばかりでは士気に影響が出るため、ここは一番気落ちしているメンバーを外すべきという考えだ。


「一人を追うのに六人もいると確かに不都合の方が多そうかもね」

「では、私が残ります。非戦闘員ですし」

 ユリアが手を挙げたのを見て、ウツロは首を横に振る。


「非戦闘員だからこそ、だろ。その治したがりの性格を、今こそ発揮してもらわなくちゃ」

「じゃあ誰を置いていくのです?」

 セシリアは何も言わずに悟った。実力的に鑑みて、自分だろうと。周りの団員たちを見渡して、セシリアは冷静な分析を下していた。


「エリック、お前を置いていく」

 ウツロの口から意外な人物の名前が飛び出す。先程まで下を向いて閉口していたエリックもこれには顔を上げて反論する。

「何でだよ、ウツロ! 実力で見れば俺はお前と副団長の次だ。連れていくメンバーとして適任のはず」

「これから俺たちはヨーコを殺しに行く。その行為に一番拒否反応を示しているのがお前だからだ」

 ウツロの歯に衣着せぬ物言いが、さらにエリックを揺らす。


「いや、俺だって……」

「出来るのか?」

「やってやるさ!」

「すき好んでやりたい?」

「……!」

 言葉を詰まらせるエリックからウツロは視線を外した。


「エリック、あなたは団長の様子を見ておいて。それだって大事な任務だから」

 エリックはエライザの言葉に力なく頷く。こうして基地にエリックを残して、ヨーコ追跡隊は闇夜を馬で駆ける。メンバーは、エライザ・ルカウ・ユリア・ウツロ・セシリア。目標は裏切り者の身柄確保と、情報官の記録の回収。この時間には似つかわしくない早馬の蹄の音が、基地から遠ざかっていくのをエリックは司令室で聞いていた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


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