知りたがりと治したがり
「ウツロ、本当に団長と何やってるの?」
訓練場での手合わせの間、ヨーコは同じ質問を何度も繰り返していた。
「俺の様子に変化でもあったか?」
ヨーコは首を大きく横に振る。既にこの質問を幾度も投げかけられているため、ウツロは辟易していた。
「何にも! 進歩が全く見えない」
ヨーコの感想は当然だった。ウツロはあの夜の穴蔵以外で、団長に教わった"閂"を使ったことがない。団長の意向と、そもそも必要な場面が来ていないからである。
「なら、そういうことなんじゃないのか」
ヨーコは目付きを鋭くする。
「そう言ってまたはぐらかすー! ケチ、教えてくれてもいいじゃん」
ヨーコは頬を膨らませ、そっぽを向いてしまう。
「俺でなく、団長に聞きな」
「もうやってる。でも、全然取り合ってくれないの。"お前にはまだ早い"って」
「まあ、俺より弱いしな」
ウツロはヨーコを鼻で笑う。その態度に、ヨーコはさらに腹を立てる。
「あー、言ったな? とうとう言ったな? 薄々気付いていたけど、年下にマウント取られるの悔しいから黙ってたのに、この大木野郎!」
ヨーコは胸倉を掴み、必死に上目遣いで睨みつける。
「ヨーコさん、騒がしいですよ」
訓練場の隅で待機していたユリアが一声言い放つ。
「でも、ウツロが——」
「あなたは年上のお姉さんですよ。ほら、良い子良い子」
ユリアはすかさずヨーコの頭に腕を回して、抱擁した。胸に無理やりうずめられながら、頭を撫でられてると、ヨーコは少しずつ穏やかな表情に変わっていく。
「……ちょっと外の空気吸ってくるー」
いつもの調子を取り戻すと、ヨーコはヒョコヒョコ訓練場を後にした。
「アンタ、腕が立つね」
一連の様子を見て、ウツロは感心していた。
「ヨーコさんは、根は甘えたがり屋さんですから。あのくらいがちょうどいいんです」
「そこもすごいが、アンタの魔法だよ。ヨーコに全く悟られないように、精神魔法をかけていた」
ウツロの指摘に、ユリアは片眉を微妙に上げる。
「……ウツロさんも、やるみたいですね。一応、私もシスターですから」
回復士の仕事は、傷を治すだけでなく精神安定など広い範囲に渡っている。元々教会のシスターなどの専門職であったため、このような体系になると考えられていた。現代では、厳しい修練の末にシスターなどの階級が与えられるため、上級回復士よりも実力は上と位置付けれる。
「もっとも、聖女様なんかの足元にも及びませんが。ところで、ウツロさんもどうです? 小さな擦り傷や軽い倦怠感でも治せますよ。いや、いっそのこと気分を上げる魔法でもかけましょうか?」
徐々に歩み寄ってくるユリアに、ウツロは冷静に距離を取る。
「仕事熱心なのは見習いたいが、いたって健康なので遠慮しておくよ」
「ウツロさん、いつもそう言いますよね? 慣れない土地ではさぞかし疲れもたまるでしょ? まだ基地に来てから一度も治療魔法を受けてないんですし、この機会にどうです?」
ウツロは上手く背面の壁から切り返し、ユリアの包囲網から抜け出す。
「必要になったら、こっちから言うさ」
ウツロは逃げるように、訓練場を飛び出した。背後では、大きなため息が響いた。
~~~~
「この基地って、もしかして変わり者しかいない?」
エリックとルカウと風呂場で汗を流している時、ウツロはこう切り出す。
「個性だろ、個性。というか誰のことを言ってるんだ?」
「知りたがりと、治したがり」
「ああ、ヨーコとユリアのことか」
これで通じる辺り、個性の範疇を逸脱しているのでは? ウツロは一人訝しんだ。
「別にいいだろ。片や好奇心旺盛、片や潔癖なまでの心配症。美人に詰め寄られるなら、お前だって嫌な気持ちしないだろ?」
ルカウの言葉に、夢路は首を傾げて唸り出す。彼にとっては、全く天秤が釣り合ってない二つの事柄だからである。
「それより、お前昨日セシリアとデート行ったんだってな? 水臭いなぁ、そういう面白いことはこの頼れるお兄さんに相談しなさいよ」
突然饒舌になったルカウに、ウツロはすぐさま湯船に逃げ込む。しかし、追尾弾のようにルカウはその後ろをついてきた。
「俺はお前のような兄を持った覚えはない」
「そう邪険にしないでくれよ。こんな女っ気なんてない場所に、突如咲いた一輪の花。気になるなという方が無茶な話だ」
ルカウは目を輝かせて、ウツロの横顔を見つめる。
「特に何も。セシリアのリクエストで美術館に行っただけだ」
「あの右手の中指にはめられた指輪が? 前付けていたものとデザインがずいぶん違う」
よく見ている男だ。ウツロは一つため息をつく。
「帰りに買っただけだ。綺麗だったからな」
「へえ、ウツロが選んだのかぁ」
ニヤつきが声で分かるのが余計腹立たしい。ウツロは固く口を閉ざしてしまう。
「いいなぁ、俺らみたいな騎士学校行っていない組は、パートナーなんて甘い関係知らないんだ。青春だねぇ」
「パートナーは、騎士団では採用されてないのか?」
「お前、俺たちがなんて呼ばれてる?」
三馬鹿、どう考えても奇数である。ルカウの言葉に、エリックが続ける。
「小隊で行動する時、多数決で割れると困るだろ? 中央の貴族連中は、偶数で戦っているが、他じゃそんなことしてない」
団として、理に適っている話である。
「でも、堂々と方針破っていいのか?」
「やつらが視察くる時だけ変えてる。普段は一度も使ったことがない。俺たちは、団長の人形のおかげで、抜き打ちにも引っかからないし」
騎士団といえど、一枚岩ではない。貴族とそれ以外の分断は、決して浅くないのだとウツロは改めて思い知った。
「ちなみに、その時は誰とパートナーを?」
「俺はヨーコ、ルカウはユリアとだな」
「新鮮さのカケラもない」
あまりにもいつものメンバー過ぎる。
「付き合い長いからな。エリックは、入隊がヨーコとほとんど同じ時期だろ?」
「そうだな。下っ端の頃から何かとケンカしてきた」
肩まで湯に浸かって、エリックは天井を眺める。
「そういう雰囲気にはならないのか?」
ウツロは攻勢に出る判断をした。
「ない。俺は逐一回復してるくれるから有難いけど」
「俺も……そういう相手じゃないな。なぜなぜうるさいだけだ」
即答のルカウ、小考のエリック。二人の違いをウツロは決して見逃さなかった。その瞬間、ウツロは昨日見た不思議な光景を思い出す。
「そういや、昨日ルカウとヨーコを森で見かけたけど、あれは何なんだ?」
「昨日? お前たち行ったの、国際美術館だろ? あんな辺鄙なところ近づいてない。それに、ヨーコと一緒に外に出てないけどな」
ルカウはしきりに首を傾げる。
『中々の名演技だな』
エリックは、彼の真意。インナーミッションの成就のための誤魔化しだと即座に理解する。
「……そうか。なら勘違いだな」
質問した当人も答えた側も、同じように不思議そうに首を曲げていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
ブックマーク、評価いただけると幸いです。




