命を拾った経験
こうして、穴蔵の中で二つの特訓が開始された。昼はセシリアが、夜はウツロが密かに団長たちから指導を受けているという噂は、団員たちの間ですぐに広まった。
「ウツロ、夜団長と何やってるの?」
昼間のパトロール中。ヨーコは、マイオレの団員全員が知りたいことを代表するかのように口にした。
「やましいことは何も。現場実習で何も得るものがないってボヤいたら技を一つ教えてやるって」
ウツロの発言に、エリックたちは首を傾げた。
「あの団長がねぇ。俺、あの人が他人にモノ教えてるの見たことないな」
「私も。副団長も教えたがらないけど、団長は一段とだもんね」
ルカウとヨーコは顔を見合って不思議がる。
「そんなにおかしい話なのか? 上司が部下に稽古をつけるのが」
「あの二人は特にしないかな。多分自分の魔法を他人に見られたくないんだろうね。今回だって、わざわざ人目のつかない穴蔵でやっているわけだし」
「普通、傷ついてもいいように訓練場でやるのにな」
ウツロの修行は、決して自分にダメージが入るようなものではないためその恩恵は薄いが、セシリアの方はどうなのだろうか。
『もしエライザと実際に刃を交えることになれば、その時は』
とウツロは危惧したが、エライザのあの甘やかしっぷりを見れば、そんな心配は無用だろう。
「もしかして、あの二人若い子には無限にデレデレするタイプ?」
「そこそこ歳だろうし、それはあるかも。副団長は、セシリアのこと妹というより我が子くらいの扱いだし」
「でも、あの子は甘やかしたくなっちゃうけどねー。私やユリアだって、妹だと思ってるし」
ルカウは声を上げて笑っている。
「その一方で、後ろのこいつは態度でかい。実力があるからこそなんだろうけど、それでよく団長に可愛がられてるな」
ウツロの顔を見て、再び首を傾げる。
「不思議だね」
「不思議だな」
人の顔を見て失礼な奴ら、ウツロは小さくため息をつく。
「ウツロ、団長はその時眼鏡をかけてるか?」
今まで黙りだったエリックからの質問は、少し変わった角度だった。
「付けてない。というか、あいつは眼鏡のあるなしで人格でも切り替えてるのか?」
ウツロは兼ねてからの疑問を口にした。
「眼鏡をかけてると温厚、外してると乱暴。私たちもそれくらいくらいしか知らないね」
「エリックは何か知ってるんじゃないのか? この中じゃ付き合い長い方だろ?」
「本人曰く、業務思考と戦闘思考で切り替えてるって話だ。人格云々は俺も知らん」
そんな器用なことが本当に出来るのかはさておき。
「もしかして、団長って変人?」
「どうだろねー。良い人ではあるんじゃない? この街の防衛の半分は、あの人が担ってるみたいなものだし」
今度はウツロが首を傾げる。
「団長の魔法を、ウツロは見たことあるか?」
「土人形を出す朔なら」
魔法属性はおそらく"地"だろう。
「半分正解だな。あれは、朔と固有魔法のハイブリットだ。団長の朔は、魔力を土や岩に変換する"一牛吼地"。それに命を吹き込んで自律的に動かしているのは、固有魔法の方」
エリックの言葉に、ウツロはしばらく思考を巡らせる。属性魔法と違い、汎用魔法と固有魔法は同時に併用することが可能だ。これは、固有魔法が自分個人にカスタマイズされた一点物のためである。そこにウツロは違和感はない。しかし、
「それって、固有魔法の割にはしょぼくないか?」
自分の生成した土を、人形として独立して運用できる。決して小さな力というわけではないが、攻撃のためなら別に人型にこだわる必要などどこにもない。
「確かに、団長の固有魔法は範囲が限定的だ。なんせ自分の魔力由来の物質にしか効果がない。一方であの人形、相当高性能なんだぜ?」
「視覚、聴覚なんかの五感を人形と即時共有・伝達。戦闘においてはイマイチかもしれないけど、索敵や情報戦においてあれ以上の力はないね」
「おまけに、人形は百体くらいなら余裕で同時に動かせるらしい。だから、この街の監視役として常時三十体は配置されている。それに疲れも知らないから、他の基地との連絡係にもなってるくらいだ」
三人の団員から話を聞いて、ウツロも認識を改める。
「要は、自分の体が百体に増えるわけか。そう聞くと悪くないな」
戦闘面では、おそらくあまり戦力の数には含まれないだろうが、自分の分身としては申し分ない役目を果たしてくれるようだ。
「団長、そんなことも説明せずにウツロに稽古つけるのか。本当に何やってんだ?」
ウツロは少し考えてから、口を開く。
「人形相手に百人組手」
冗談か事実かは、三人の騎士には判断できなかった。
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「そういや、この人形。あんたの固有魔法らしいな」
その日の夜の穴蔵で、ウツロは唐突に尋ねる。
「エリックにでも聞いたか? しょぼい固有だと思ったろ?」
「正直最初はな」
「そりゃそうだ。固有魔法ってのはいわば魔法の到達点。自分自身でその中身を自由に設定できる、まさに万能の力だ。それをたかが土くれを自由に動かすだけにしちまうなんて、目の前の男はどれほどの愚か者。そう思うのが当たり前の感性だ」
団長の皮肉めいた演説には、全くの翳りが見られなかった。
「だがな、覚えておけウツロ。固有魔法ってのは確かに自由な力だ。しかし、その中身を決定する自分も必ず自由だとは思わないことだ」
「誰もが憧れる、夢と希望の詰まった固有魔法はあり得ない、と?」
ウツロは敢えて聞いてみた。
「そうとも限らない。ただ、俺が固有魔法を発現された時、相当切羽詰まった状況でな。俺だって一人の人間として、固有魔法に求めるものもあった。しかし、命が散るかどうかの瀬戸際に、人は冷静ではいられないのさ」
団長はウツロの顔をじっと見ている。
「聞かせてくれよ、あんたのその"命を拾った話"を」
ウツロは地面に座り込む。
「仕方ねえな。休憩がてらに教えてやるか」
やれやれ、と口では言いつつも団長もウツロの向かいに腰を下ろす。
「あれはもう十五年も前のことだ。"ノーランド号事件"って知ってるか? このマイオレで起こったデカい海戦でよ。嵐と共に、お隣の大陸からとんでもない大悪党が攻めてきたって内容だ」
ウツロはただ黙って耳を傾ける。年齢的に産まれているか微妙なラインなので、知らないで押し通れそうだ。
「事件の名前はノーランド号ってなっているが、実際は船が十隻以上あった艦隊でな。俺たちは敵船に乗り込んで制圧にあたっていた」
「で、死にかけたと?」
ウツロの言葉に、団長は服をめくって右脇腹を覗かせる。そこには、今まだ痛ましさを放つ大きな傷跡が残っていた。
「とにかく敵の数が多くてよ。前も後ろも関係ない、途中から味方も敵も分からなかった。雨で視界は塞がれ、風で音も届かない。気が付けば、その船で生き残った騎士は俺一人だけになっていた」
黒い空の下、甲板には味方の死体が転がっている。死臭など鼻腔に達するはずがないのに、背中から這い寄るその感触は、決して心地の良いものではないだろう。
「多勢に無勢。右腹に一撃もらって、俺はもうすぐ死ぬ。そう確信した時、ふと思ったんだ。俺もこいつらみたいに味方がいれば、まだ戦えるのに。味方がいないのなら、つくるくらい出来ればいいのに」
死の際に、男はそう願ったのだ。その無垢なる願いが、男の根っこに届いたのだ。
「その瞬間、俺は固有魔法を会得した。以前から長年思い描いていたものとはずいぶんとかけ離れているが、今思うとこれでよかったと思う。地に足ついた俺だけの魔法、気分は悪くないからな」
団長の顔は晴れやかな表情だった。
「あんたも激闘を経験してきたんだな」
「人間生きていれば、誰しも一度くらいはあるものさ。今の話は、誰にも言うなよ」
ウツロは団長の顔を見て頷いた。
「閂の方も、黙っていた方がいいよな?」
「もちろん。あれは俺の故郷の秘術、大っぴらに他人に教えていいものじゃない」
「なら、どうして俺に教えようと思ったんだ?」
それだけ大事なものならば、もっと長年付き合い信頼関係を築いた人間にするべき。ウツロは団長の真意が掴めなかった。
「お前なら、俺より使いこなせる。そう考えただけだ。技術ってのは、上手いやつがどんどん磨いて後世へ伝えていくべきものだからな」
先代からのリレーのバトンを、きちんと次へ渡す。継承とは、時代や国を超えるためには非常に重要な考え方である。
「さて、もう休憩は十分だろ。再開するぞ」
ウツロは今日も、日が昇るまで土人形に向かっていた。
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