裸の付き合い
「そういや、エリックは何で貴族が嫌いなんだ?」
湯船に並んで浸かる男三人。ウツロが切り出した。
「お前、とんでもない大物だな」
エリックは一つため息をついてから、堰を切る。
「……俺が育った地域でよ、"鬢上げ"っていう風習があってな」
「鬢上げ? 何だそりゃ」
「七歳を迎える子どもが、森に入って一人で狩りをする。獲物が取れたら、それで大人への仲間入り。通過儀礼の一種だな」
『どこの地域でも似たようなものか』
ウツロはリトガルトで聞いた似た話を思い出す。
「鬢上げの際は、村人たちはたとえ家族であっても、その子どもが家へ帰ってくるまで決して外に出てはいけない。帰ってきたら、その獲物を囲んで皆で宴をやる。ここまでが一連の流れだ」
「子どもが一人で狩れなかったら、それで終了?」
無策の狩りは、人間と獣の命の奪い合いである。負けた方が食われる、それが自然の掟とウツロは認識していた。
「昔はそうだったらしい。が、流石にそれは酷だって話になったらしく、いつからか大人が一人、立会人として子どもの後ろをついて行くことになった。彼らはただ子どもを見守るだけ、となっていたが当然いざという時には手を出すセーフティだ」
喜ぶべきか悲しむべきか、部外者のウツロに口を挟む権利はない。
「立会人は一番権力を持った人間、俺のところだと村長が務めていた。そして、俺が七歳の誕生日を迎えた日にも、鬢上げは行われることになった。ところがそのとき、辺境伯が村に滞在していてよ。立会人は、村長ではなく辺境伯が務めることに話の流れでなった」
ウツロもルカウも黙ったまま、エリックの語りを促す。
「俺は同年代の中で一番強かったから、大人たちも特に心配はしてなかったよ。孤児だった俺を育ててくれた養父のためにも、俺は一日も早く一人前になりたかった」
エリックの言葉にどんどん力が入る。
「獲物を狩るのは簡単だった。ちょうど一メートルくらいの鹿で、山に入ってから仕留めるまで三十分もかからなかった。後はこれを村に持って帰るだけ。そう思った俺は次の瞬間、意識が飛んでいた」
ウツロは眉一つ動かさない。ただ言葉を待つ。
「目が覚めると、俺は窓もない薄暗い部屋の中で鎖で繋がれていた。そして目の前には、辺境伯の薄寒い笑み。床にこびりついた血の痕を見て、子どもながらこれから何が起こるのか直感した」
エリックはそこで口を閉ざす。
「誰も見ていないことをいいことに、辺境伯はお前を背後から不意打ち。その後、自分の趣味の部屋に連れ込んだってわけか」
エリックもルカウも返答はない。ただ、エリックの背中に刻まれた大量の傷跡が、ウツロの言葉を首肯していた。
「よく逃げ出せたな、そんな状況で」
「……今思っても不思議だよ。こうして生きて地上に出られたのが。ある日、俺は死について考えてな。死にたくない。本気でそう思った時、体が今までとは違う熱を帯び始めたのに気づいたんだ」
「それが、例の朔か?」
エリックは小さく頷く。
『それは朔と言うより』
ウツロはこの続きは、胸にしまっておこうと決めた。
「辺境伯から逃げ出した後の俺は、とにかく生きるのに必死だった。何せすでに死んだことにされて、戸籍がない。養父も死んでしまったらしく、寄る辺もなさった。何より辺境伯の追っ手が来ていたからな。すぐに故郷を飛び出て、とにかく遠いところを目指して逃げた」
彼もまた、ウツロと同じような運命を辿ってきたのだ。退路のない旅とは、味気なく重苦しさが常に付き纏う。
「それで、山のないマイオレまでやって来たと。騎士団にはどうやって入ったんだ?」
「団に入るルートは主に二つ。一つはお前たちのように騎士学校に通って卒業後入団のルート。もう一つは、入団試験に合格することだ。俺は後者の方で、何とか食い扶持にありついたってこと」
エリックの説明に、ウツロは納得する。
「だから聖剣持ってないやつらがチラホラいたのか」
訓練場の騎士たちを眺めて、ウツロが一つ疑問に感じていた箇所である。
「中央はともかく、ウチみたいな辺境は聖剣の貸与が下っ端全員に行き渡るわけじゃない。その結果自前で持ってるやつか、戦略的に十分と判断されたやつに限られる。まあ、こいつのような偏屈野郎は例外だけど」
ルカウはエリックに視線をやる。その拒絶は、死んでも貴族の力は借りたくないという意思表示にも見える。
「実力がないだけじゃねえの?」
「これでも基地の中じゃ、上澄だ。負けて言うのはダセェけどな」
エリックはウツロから目を逸らす。
「ルカウやヨーコは、強いから貰ったのか?」
「実力枠で貸与されてる平団員は、基地の中じゃ俺たち二人だけだ」
ウツロはルカウをじっと見つめる。
『ユクズリより、明らかに上か』
中央の厚遇については、彼らが一番文句を言いたいのだろう。
「なるほど、色々勉強になった。俺はもう上がるよ」
「おう、おやすみ」
二人の騎士より先に、ウツロは部屋に戻る。ウツロが浴場を出るのを二人は目で追っていた。
「あいつ、冗談抜きで拷問経験者だろ」
エリックの言葉に、ルカウは笑う。
「同類はにおいで分かるかい? だが、どうして強いのかについては答えが出たな。ありゃ十六のガキじゃない。俺たちなんて遥かに凌ぐ場数を踏んでる」
エリックは少し黙り込んでから口を開く。
「人には人の地獄がある、とはよく言ったもんだな。不幸自慢じゃ負ける気もなかったのに、アレを見てからじゃそうも言ってられない」
「本人は、全く気にしてないみたいだけどな。あの潔さは素直に見習いたい」
エリックは自分の背中の傷を想起する。
『傷ではなく、勲章。俺もそれくらい自信持って言えるようにならないとな』
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「さて、あの二人はどうしよかね」
司令室で、団長とエライザが向かい合って座っている。
「ウツロはあなたに任せるわ。その代わり、セシリアは私が担当する」
「いいけど、何かあった?」
眼鏡の位置を直しながら、団長は尋ねる。
「あの子には、返すべき借りがあるから。それに、ウツロじゃ教えられないことを教えてあげたくなったの」
穏やかな眼差しでそう語るエライザを見て、団長は楽しそうに笑った。
「君がそういう顔をするの久しぶりに見たよ。うん、それならお言葉に甘えさせてもらうね」
「それで、ウツロの方はどうする気?」
「うーん、基地に閉じ込めておいても仕方ないし、三馬鹿にでも任せようかな」
「悪くないんじゃない。さっき食堂を覗いたら元気よく騒いでたし」
団長は立ち上がって、窓に浮かぶ月を仰ぎ見る。
「いつも思うけど、若い子が入ってくると賑やかになるね」
「それが彼らの特権だもの。明るく元気に打算なく、大人が考えなしには出来ないことを平気でやっても容認される。逆に暴れてくれなきゃ、実習を受け入れたこっちにメリットがない」
エライザの言葉に、団長は振り返らない。
「互いにとって、良い一ヶ月にしたいね」
エライザは黙って頷いた。
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