試験、顔合わせ、誤算
新連載開始しました!
今日は、合計3話アップ予定です(1/3)
一応キリの良いところまでいくつもりです。
「次、784番。前へ」
試験官の合図とともに制限時間五分のカウントが始まる。スパイは闘技場に上がって、騎士の顔を見る。疲れたのか口を半開きにし、こちらと目も合わせていないどころかよそ見をする始末。完全に油断、弛緩した敵を前にして、スパイはさらに苛立ちを募らせる。
『審査する側がこの程度なのか?』
スパイは音も立てずゆっくりと近づいていく。試験官は間合いに入って三歩目になって、ようやく剣を構えようとする。だが、それは後手中の後手。当然スパイの剣が先に届き、試験官の首筋に切先を当てる。
「これでいいですか?」
スパイは満面の笑みを浮かべる。戦っていた当人も、周りで見ていた人間たちも何が起こったのか理解できなかった。ただ受験生がゆっくりと近づいたと思えば、防ぐ間もなく剣が体に届いていた。
スパイが今回使ったのは、夜戦用の音がしない特殊な歩行法と、自然な魔力放出。魔力操作を使って、完全に外への魔力放出をシャットダウンする方法も、己の気配を消す手段の一つとして挙げられる。だが、それは相手に存在を知られていない奇襲時に有効な手段であり、こうして一度顔を合わせた状態では、突然不自然に魔力が消えたと相手に悟られてしまい逆効果である。
そのため、スパイは周囲に紛れるような魔力放出へ切り替えた。戦闘で昂ったものではなく、いつも通りリラックス、まるでお花畑を散策しているような気配なら絶対に警戒させることはない。加えて、自分の試験官が魔力に敏感なタイプであり、防御のほとんどをそれに頼っていることを前の受験生の試験から見抜いていた。
したがって、純粋な身体能力による奇襲を仕掛ければ、簡単に懐に入り込める。あとはその流れで一太刀浴びせれば、敵は血の海に倒れる。しかし、これはあくまで試験。その点だけは自重した。
一見すると大したことはしていないようにも見えるが、これは至難の業。特に相手に悟られない自然な魔力放出は、凡人なら十年かかって習得出来るかどうかの瀬戸際である。
見ている人間で、この神業を正しく理解できている者がどれだけいるのか。敵国であるのなら少ないことを祈っておこう。
「き、君! 名前を聞いても?」
待機していた試験官は動揺の色が隠せていない。スパイはここで、はじめて己の名乗りを上げる。
「ウツロ・ダコバトトです」
「ダコバトト、はじめて聞く名前だ」
「辺境の田舎者ですから当然です。それで、試験は合格ですか?」
「ああ、今のはどう見ても一撃入ったのと同じだからね。合格者は向こうで細かい手続きを。制服や寮なんかの説明もあるから」
視線があちこち向いているが、試験官はきちんと説明だけは伝えてくれた。おそらく台本の丸暗記なんだろう。こうして、ウツロの試験はわずか数秒で終わりとなった。
「今のあいつ、一瞬だったぜ?」
「試験官の騎士様棒立ちだったけど、フライングとかじゃないの?」
「でも合格者の方に歩いていってるってことは……」
意図せずして悪目立ちしてしまったが、騎士団の中核を目指すのであれば力を示しておいて損はないだろう。これも仕方のないこと、ウツロはそう自分に言い聞かせた。
『あの人、ヌベンセで会った……!』
金髪の少女は、青髪の後ろ姿をその真紅の瞳で観客席から見つめていた。
~~~~
「以上、526名を第116代サンセベリア帝国立騎士学校の入学生とする!」
様々な手続きや、学校の基礎知識についてのレクチャーを終え、試験に合格した生徒たちは解放される。別日に、学科試験などを合格した学生も含めた人数であるが、ウツロは改めて帝国の広さを痛感する。これでまだ地方にいくつか騎士学校が存在しているらしく、とてもじゃないが王国が数で勝るのは未来永劫不可能だろう。
国土が大きれば人数も多くなる。至極当たり前だからこそ、覆すことのできない方程式だ。騎士学校は三年制であり、単純計算で全校生徒はこの三倍。それが一つの敷地内で過ごすというのだから寮も膨大な広さである。
今日はまず一年寮に案内されたが、ウツロは建物に圧倒された。大きさは言うまでもなく、その豪華な装飾。艶やかな赤と茶色を基調としながらも、落ち着いた内装。灯りも至るところに設置され、暗闇などとは一切無縁の煌びやかさが目に映る。ウツロは自室へ向かうまでに、寮を一通り見て回る。スパイの任務という意識もあったが、それよりも未知のものに対する自分自身の興味が主だった。
おおよその場所の見学を済ませると、ウツロは自分の部屋に足を踏み入れる。すると、すでに先客がいた。相部屋であることは事前に通達されていたため特に驚くことはない。浅黒い肌に黒い髪。身長は百七十センチほどで、腰には学校支給ではない剣。聖剣を持っているということはおそらく貴族なのだろう。
「どうした? そんな入り口で突っ立って」
相手が貴族であるのなら、こちらもそれ相応の対応をしなくてはならないだろう。ウツロは軽く襟を正す。
「初めまして。私はウツロ・ダコバトトと申します。田舎者の平民ですので、無作法なこともありますでしょうが、何卒よろしくお願いいたします」
きっちりと丁寧に頭を下げる。これでいくら相手が傲慢な態度を取ってきても、失礼にあたることはないだろう。それを見て、男はため息をつく。
「堅苦しいのはお互いなしにしようぜ。俺はガッツ・ボルキス。ボルキス伯爵家の次男坊だか、貴族ぽくないのが俺のアイデンティティだ」
握手を求められ、ウツロはそれに応じる。その瞬間、ウツロはガッツからほとばしる闘気を感じた。
「なるほど、確かに貴族らしからぬ肉体だな」
「お前もな、ウツロ。色々聞いてるぜ、試験官をほんの数秒でボコボコにしたんだろ? とんでもねえ強さだな」
ガッツの発言に、ウツロは首を捻る。
「俺はただ不意打ちを軽く一太刀入れただけだぞ。どこでそんな伝言ゲームみたいな話に膨らんだんだ?」
「俺が聞いた話だと、開始すぐさま相手の騎士様の聖剣叩き落として、そこから一方的に切り刻んだって。担架や回復士も大慌てでやってきた、まさに凄惨な血の海だったって」
「そんなことして、合格になるわけないだろ? ちょっと近づいて首筋に刃当てただけだ」
頭をかきながら、ウツロは訂正する。
「言われてみればそうだな。いくら全力でやれと言われても殺し合いが許可されたわけじゃないし。ん? でもどうやって騎士様の間合いに入り込んだんだ?」
「相手の騎士様は、防御を優れた魔力感知に頼っていた。だから魔力を均して、あとはバッサリ」
ウツロはガッツの首に人差し指を当てる。
「言うは易し行うは難し。お前の本当の強さ、知りたくなってきたな」
ガッツはどんどん目を輝かせている。
「また追々な。嫌でもこれから寝食を共にするんだから、ゆっくりいこうぜ」
バトルジャンキーの素質がある、伯爵家の次男。絡みやすいのがせめてもの救いか。ウツロはひとまず何とかやっていけそうだと安心する。
~~~~
食事や風呂が終わり、間もなく就寝時間に差し掛かる頃。ウツロは部屋のドアノブに手をかける。
「ウツロ、どこ行くんだ?」
すでに床に入ってまどろみへ向かっていたガッツが声をかける。
「墓参り。お前も来るか?」
「……いや、そういうのは一人で行った方が値打ちがあるだろ。明日は大事な入学式なんだから、あんまり遅くなるなよ」
ウツロはそのまま廊下に出て、周りに誰もいないことを確認する。今からウツロが向かおうとしているのは、学校の敷地内にある戦没者墓地。ここはかつて帝国で領土拡大の戦場となった場所である。そのとき亡くなった騎士たちの追悼のために、西隅の方に大きな石碑が置かれている。歴史的に見て非常に重要なスポットではあるのだが、位置の関係などで生徒が寄りつくことはない。ウツロはここに目を付ける。
では、なぜ人目のつかない場所に行きたいのか。それは、唯一ウツロの正体につながる所持品を隠すためだった。リトガルトから持ち込んだ、家宝の聖槍「水簾」である。いざという時に手に入れられ、かつ普段は決して人の目に触れることはない場所。遺体も埋まっていない墓を暴こうとする輩はこの世のどこを探しても見つからないだろう。
そして、夜一人で墓に出掛けようとする人間は、誰もがそっとしておいてあげるべきだと考えるはずだ。他人には言えない特別な事情や背景があると推測するから。ウツロにとってこれほど理想的な場所は存在しない。その肝心の槍であるが、実は廊下の一番奥の突き当たりの窓。自室に行く前にすでにその近くに隠してある。窓に隠したのは、他人に発見されないようにするためと、すぐさま飛び降りて墓地に向かうため。時間短縮と他人の目を避ける一石二鳥の作戦である。
この槍さえ無事に隠すことが出来れば、目下スパイがバレる危険要素は存在しなくなる。バタバタしている入学式前日の今日が、理想の決行日。何もミスはない、むしろ計画通り完璧に進んでいる。ウツロもこのときばかりは己の勝利を確信していた。この後、予想だにしなかった二つのイレギュラーがなければ。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
ブックマーク、評価いただけると幸いです。