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第五列 ――最強スパイと没落騎士令嬢の共同戦線――  作者: 平下駄
第3章 マイオレ基地
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馬車に揺られて

 セシリアの水着選びについては、かなり難航した。ウツロがあまり口出ししなかったという点もあるかもしれないが、それよりも問題はセシリア本人のこだわりである。先程のウツロの体を見て、あれの隣に立つのに相応しいものをとあれこれ考えて頭を悩ませている。


「セシリア、そんなに真剣にならなくても。俺、最初の方に着てた、黒のワンピースタイプ好きだったよ」

 結局このウツロの一言に、セシリアは従った。ウツロが言うのなら大丈夫だろうと、納得した上で最後の買い物が終了した。同時に一番時間のかかった買い物であったが、満足したのなら問題なし。


「買ったのなら、海行かないといけないな」

 ウツロの方から提案されると、セシリアは一層嬉しくなった。

「はい、楽しみですね!」

 現場実習そっちのけになるのはまずいだろうが、息抜きくらいはないと楽しめないか。ウツロとセシリアは、共に増えた荷物を整理しながら、翌日の準備を進めていた。



   ~~~~



 出発の朝、ウツロの荷物は大して変わっていない。一方セシリアの荷物は大きな鞄が二つ、単純で荷物は倍ということである。何が詰められているのかは知らないが、乙女には色々事情があるのだろう。ここからマイオレ到着まで一週間。馬車での旅ゆえ、疲労はたまらないだろうが、退屈な時間ではある。しかし、それは同時に穏やかな時間とも言える。ウツロは手足を伸ばして、荷物を枕に仰向けで寝転ぶ。セシリアは本を開き、静かにページをめくる。


 しばらくして、セシリアは栞を挟んで顔を上げる。ウツロはぼんやりと、馬車の後ろを流れていく青空を眺めていた。

「ウツロは早起きするのに、たくさん寝ますよね」

 記憶を振り返ると、以前の馬車の中でも座りながら、ウツロは睡眠をとっていたことを思い出す。


「寝れるときに寝ておかないと辛い思いをするのは未来の自分だからな」

 これはウツロの経験則によるものである。任務中は、満足に食事や睡眠が取れるとは限らない。何なら、三日間水すら口にできない状況だって経験していた。寝ずにターゲットを監視する場面もあったため、彼は自然と食い溜め・寝溜めを趣味とするくらいにまで習慣化していた。


「それじゃあ、いつもは無理をして起きてるんです? 朝のトレーニングとか」

「いや。あれは昔からの日課の延長だから、何とも。ただ、いきなり何日も徹夜したり食事も出来なかったりする状況なんて、生きていたらちょくちょくやって来るだろ?」

 そんなことが日常化しているのは、締め切りに追われている作家くらいなものだろう。


「私は経験したことがないです」

「なら、これからだろ。騎士団に入ったら、そういうことが求められる任務だって回ってくるだろうし。何なら、この先の現場実習でもあり得るかもな」

 ルクセンナの現場実習に対する思いを考慮すれば、いずれはそういった限界域に突入しなければいけない任務もやってくるはず。ウツロだって、こうして定期的に充電しているから、不眠不休で働けるのであって、彼はショートスリパーでも少食でもない。備えておかなければ、十全で活動するのは難しい。


「それは盲点でした。隣、いいですか?」

 セシリアも横になって、空を眺める。馬車の荷台は狭くはないが、二人が両手を広げて寝られるほど広くもない。自然、二人は身を寄せ合う格好になる。


「そろそろ朝のトレーニングも、メニュー変えないとな」

「どうしてです? もしかして、ウツロは飽きちゃいました?」

「そういうわけではないさ。俺としては、きちんと他人と手合わせできるのなら文句はない。ただ、もう教えられることに限界が来ててな」


 ウツロがセシリアたちにレクチャーしていたのは、あくまで基礎の基礎。体術や、属性魔法、魔力操作の入り口について厚く丁寧に教えてきたが、さすがにそろそろ教えることもなくなってきた。あとは個々人の努力、場数でどうにかしてもらうべきだし、ウツロは元々魔法が得意なタイプでもない。故に、属性魔法に関して今まで講釈を垂れたことは一度もなく、模擬戦を終えた後に感想を述べるだけ。


「ここらで一回、ちゃんとした魔法使いにアドバイスもらった方が良さそうなんだよなぁ」

 フィジカル派のウツロと、技巧派のセシリアとでは、当たり前だが目指す方向も歩んできた方向もズレている。


「と言っても、どなたにお願いするのかという難問にぶつかってしまいますね。いっそツミキとかに声をかけてみます?」

「悪くない。セシリアの誘いなら断ることはないだろうし、戦法自体もかなり共通する部分がある。学校内の知り合いなら、間違いなくツミキが適任だ」

 しかし、ウツロはこう付け加える。


「だが、ツミキは魔法と体術両方で相手を揺さぶる戦い方だからな。あの馬鹿みたいな量の氷塊は、相手に直撃させるだけじゃなく、動かすためにも使っている節があったし。セシリアの理想の戦法である"最初から敵を近づけない"とはちょっと違うんだよな」 

 それでも、属性魔法の使い方に関して一家言あるのは間違いない。ウツロもその部分は認めているため、第一候補には挙げざるを得なかった。


『そういうのもクリアした、本当の"魔法使い"はいないものかね』 

 ウツロは宙を流れる雲を見つめる。

「馬鹿みたいな量っていうのは、本人の前じゃ言えませんね」

「いやいや。実際馬鹿げてただろ、あの氷。その気になれば訓練場丸ごと氷漬けにするのも容易いだろうし」

 ウツロは眉間に皺を寄せている。


「でも、ウツロは勝ったじゃないですか。……属性魔法の能力が発動していたから、ツミキの分厚い氷を破ることができたんですよね?」

「もちろん。全身氷漬けにされる前は、何とか力づくで砕いて回っていたけど、属性使えばさっくりいける」


 ウツロの属性魔法"燎原之火りょうげんのひ"の効果は、身体強化と魔力の無力化。氷を簡単に斬ることが出来たのは、後者の力によるところが大きい。どれだけ分厚い氷の壁だろうが、どれだけ強固な物質であろうとも、魔力で生成された物質は彼の青い炎の前では全くの無意味。そういう点で、ツミキとウツロの相性はすこぶる良い。ウツロは、そもそも体術のみの勝負ならツミキに負けることはないし、魔法勝負でも悉くを燃やし尽くすだけ。全てのカードを出しても、ツミキはウツロに勝てないのだから、それは悔しいことこの上ないだろう。


「そんなに強力なら、わざわざ隠さなくてもいいのに。実際、あの青い炎って対策とか立てようもないのでは?」

 唇を尖らせるセシリア。ウツロは声色で何となく不機嫌なのを察する。

「そうでもないさ。要は物理攻撃には全くもって干渉できない魔法なわけだからな。魔法勝負をかなぐり捨てた肉弾戦では、せいぜい上等な強化魔法にしかならない」

 それでも十分強力だから、とセシリアは言っているのに。


「ウツロはむしろそっちの方が主戦場でしょうに。もしかして、そういう属性魔法だから魔力操作や体術を中心に磨いているのですか?」

「逆だよ、逆。体術や魔力操作が得意だから、属性魔法もそっち寄りに偏っただけ」

「固有魔法ならともかく、属性魔法は本人の趣味嗜好の影響をほとんど受けないはずでは?」

 セシリアは自分の中の常識を取り出す。


「相対的に見たら、という話だな。属性魔法だって、全く本人の意思が介在する余地がないわけじゃない。少しくらいは融通を利かせてくれる」

 セシリアはその言葉に、口を閉じる。サンセベリアの貴族にとって、聖剣と属性魔法は代々受け継がれていくものである。形を変えず、先代のものを継承していくことこそが重要と、小さい頃から教えられて育ってきた。しかし、隣にいるパートナーの話は自分の常識とも、教育とも食い違うばかりだ。少女は一人、長考に沈む。


「現状維持とは、長い目で見れば衰退である」

 セシリアは、ウツロの発した文言にどこかで聞き覚えがあった。

「確かに、先祖代々受け継いできたものを大事にするのは大切な心構えだ。しかし、国や時代、そして人までもが変わっていく中で、継承してきたものは不変であるべきと考えるのは、いささか傲慢じゃないか?」


 先の言葉は、ルクセンナがこの国の目指すべき姿について語っている際に、ウツロが投げたものだ。サンセベリアは、リトガルトに敗北した。ならば、変わるべき部分があるはず。彼女の現場実習に対する姿勢は、そのことをありありと表現していた。国が変わるのなら、民も変わるべきなのだ。


「ウツロは、私の目指すアルフグレットの戦い方が間違っているというのです?」

 少女は目に涙を溜めていた。

「いいや、そんなことを偉そうに言うつもりはない。ただ、家長っていうのは、一族の最前線を走っている人間に与えられるべき称号だ。これから大偉業を達成したいと本気で考えているのなら、変化も恐れず受け入れなければならない」


 変化には、進化もあれば退化も存在する。しかし、リスクを負ってでもリターンに手を伸ばさなければ、宿願など叶うはずもない。家長としての心構えは、セシリアだけでなくウツロ自身にも深く刻まれていた。


「家長として、ですか。良い言葉ですね!」

 セシリアは空を仰ぎながら、穏やかに笑っていた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


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