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第五列 ――最強スパイと没落騎士令嬢の共同戦線――  作者: 平下駄
第3章 マイオレ基地
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「ウツロ、明日買い物に付き合ってくれませんか?」


 昨日生徒会室からの帰りに、セシリアの誘いを受けて、二人は街にやって来た。先日まで方々を回っていたとはいえ、それはあくまで任務での話。こうして賑わうお店や、行き交う人々などウツロはさして気にしてもいなかったから、目にも入っていない。思えば、入学試験前に滞在した時も、街の様子など知ったことではなかった。つまり、ウツロは現在ようやくはじめて帝都を堪能しているところである。それに、隣にいる美少女も今日は制服を脱いだプライベート姿だ。肩肘張る必要はどこにもない。


「セシリア、何か目当てのものでもあるのか?」

「細々したものが少し。ウツロはどうです?」

「特にこれと言ってはないな。そもそも長旅しながら帝都まで来たわけだから必要なものは全部あるし」

 元々潜入任務でサンセベリアにやって来たウツロ。二度と故郷に戻らないつもりの人間は、寮の一角に小さくまとめられた所持品が、文字通り全てなのだ。


「ウツロは確か、十歳のときに家を出たんですよね? その時からずっと旅を?」

「旅っていう程各地を回っていたわけじゃないけどな。一年くらいで点々と住んでるところを変えて、細々と生きていただけさ」

 ウツロとしては、この辺りの嘘年表についてあまりディテールを深めていないので、適当に返事をして切り抜けるしかない。


「なるほど。ウツロが長い間旅をしてきたのに、あんまりサンセベリアの地理を知らなかったのはそういう訳ですか」

 セシリアは、教科書に載っている大陸の地図を何度も見つめていたのをしっかりと観察していた。


「故郷の関係で、基本的にリトガルト側の方しか行ってなかったしな。それこそ、マイオレなんて名前くらいしか知らなかった」

 平定戦争で訪れた場所なら、土地勘含めてある程度知識がある。あくまでウツロが知っているのは、サンセベリアの外周だけだった。


「そっちの方は、危なくないんですか? それこそ一年前は紛争地域でしょう?」

「戦争が起きたら、そりゃ危険さ。だけど、その前は全くもって平和だったぜ。そもそも山脈超えてリトガルトが攻めてきたのは、平定戦争が初めてだったし。それ以前は外敵もいないのどかな世界だったよ」

 ウツロも、リトガルトにいた頃は国境線を守っていた人間である。サンセベリアに足を踏み入れたことは、戦争時のみ。それは他の戦士も含めて誓っていえることである。決して互いに干渉せず、サンセベリアとリトガルトは長年そのような間柄だった。


「そういえば、実際騎士たちが戦った戦場は、サンセベリアが中心でしたよね。どうして攻め込んだリトガルトの土地じゃなかったんですか?」

「開戦当初は、大陸を二分するミスリデプス山脈で両国はぶつかった。ところが、リトガルト兵には山岳戦にも慣れている"山の民"が多数いたため、サンセベリアは後退せざるを得なかった」


 侵略戦争であるはずなのに、彼らは結局敵地に足を踏み入れることなく敗北した。結果だけみれば、大敗に感じられる話だが、戦場で戦っていた人間には大局観などリアルタイムで分からない。とにかく必死に戦い続け、ある日突然戦争が終わった。あまりにもあっけなく、リトガルトの戦士たちは祖国に帰っていく。彼らにとって、命を拾った安堵はあっても、勝利への高揚などという感覚はあまりにも希薄だった。それほどギリギリの、極限状態での戦闘であった。


 山岳を超えたために、補給も満足に行われず、敵の数も物資も圧倒的に開きがある。後に"奇跡の勝利"と称されたのも納得だ。もし戦争が数で決まる時代になれば、リトガルトがサンセベリアに勝つことは不可能になる。今はそんな未来がこないことを祈ることしかできない。スパイは改めて、自身が背負っている任務の重みを再認識した。


「リトガルトの騎士はやっぱり強いんですね。あちらでは騎士、ではなく軍人でしたか」

 セシリアは、先の戦争についてはあまり知らないようである。ウツロとしては話している間についボロが出てしまう可能性があるので、触れたくはない話題なので切り替えたい。


「マイオレは、何が有名なところなんだ?」

「大きな港があるおかげで、他国の文化や商品がいっぱいな印象があります。食べ物とかも異国情緒があって、どこかオシャレで垢抜けた感じです」

 つまり、皆が一度は憧れる要素が詰まっている場所ということか。今回は一ヶ月の滞在が確定しているのだ。街に出る機会もあると考えると、ウツロも少し興味が湧いた。


「後は、アレを買えば全部ですね」

 セシリアの後ろをついていくだけのウツロだったが、荷物持ちの疲れは一切表れていない。セシリアが最後に訪れた店は、ウツロにとって意外な場所であった

「セシリア、ここは」

「はい、水着屋さんです!」

 ウツロは冷静に、今回の目的地の情景を浮かべる。


「マイオレは、サンセベリアで一番大きな港があると。ということは、もちろん船が停泊する場所だ。……遊泳できる海じゃないだろ?」

「一応少し離れた場所に、有名なビーチがありますよ。少し泳ぐには時期が早いかもしれませんが、備えあれば憂いなし。買っておいて損はないです」

 セシリアの力説に、ウツロは渋々納得する。というか、腕を引かれて店の中まで連れられてしまったら、文句を言ったところでもう遅い。


「ウツロ、私の水着を選んでください! その代わり私も選びますから」

 いきなりの提案に、ウツロはさらに困惑する。

『何で俺も?』

「あんまり海には良い思い出ないんだよなぁ」

「なら、今年は良い思い出をつくりましょう!」

 目に炎を宿すセシリアは、勢いが止まることを知らない。早速足早に男性用の売り場に向かっていく。ウツロはため息をついて、その後を追った。


「お客様、何かお探しですか?」

 店員はセシリアに話しかけた。さすがは接客のプロである。きちんと人当たりの良い方の二択を当てているのだから。

「二人で水着を見に来たんです。ちょっとまだ早いかもしれませんけど」

「いえいえ。むしろ今くらいに用意しておかないと、目ぼしい商品はどんどんなくなっていきますから。じゃあ、まずは彼氏さんの方から見ましょうか」


 セシリアは、耳まで真っ赤にする。仲良く談笑しながら買い物をする一組の若い男女。まして、互いの水着を見繕うというのである。これをデート判定しない第三者は、残念ながらこの広い帝都を探してもいないだろう。


「あんまり待ち合わせがないので、その辺りも考慮してほしいです」

 セシリアが固まっているうちに、さっさと済ませてしまおうと画策するウツロ。

「でしたら、こちらなんていかがですか?」

 こだわりも好みもないウツロは、大袈裟に大きく頷く。


「セシリア、結構良いよな?」

 呼び掛けられて、セシリアはようやく意識が戻ってくる。

「え、えーっと、そうですね。一度試着してみたらどうです?」

 店員はもうすでに、試着室のカーテンを開けてウツロを手招きしていた。


『面倒だが、仕方ない』

 ウツロは中に入って水着を着用する。

『水着の試着って、上の服って脱いだ方がいいのか?』

 どうせなら、使うシーンと同じ格好にしておくべき。ウツロは必要はないが、水着のみの姿に変身した。カーテンを開けて、お披露目をする。セシリアは言葉を失ってしまう。


 それは、ウツロの水着が似合っていたから、ではなくその体。筋骨隆々に引き締まった肉体であるのは言うまでもないが、まるでキャンバスかのように全身に傷が付けられていた。それは、規則性など全くない。まだら模様でもあり、引っ掻き傷でもある。深いものもあれば、浅いものもある。


 痛ましくもあり、同時に勇ましくもあった。武功・武勇を示すためのものとして。それはまさにアートでありアクセサリーとして、ウツロはその傷を身に纏っていた。その美すらも感じられる姿に、セシリアは見惚れていた。他人にに躊躇いなく披露していることから、ウツロ自身は、この傷跡について何の感傷もないのだろう。後悔も無念もないからこそ、それは見る人に誇らしさを与えていた。


「どう思う、セシリア?」

「…………バッチリです。ウツロによく似合っています!」

 水着への感想というよりも、それは彼の体に向けての賞賛であったが、ウツロにその違いは観測できない。その返事を聞いて、ウツロはすぐにカーテンを閉める。彼が着替えている間、セシリアは先程の光景が頭から離れない。


『あれだけ大量の傷、ウツロは一体どこで……』

 ウツロの過去について、さらに謎が深まるばかりである。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


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