海の見える基地
二人が再び生徒会室に呼ばれたのは、一週間後だった。名目はお茶会の誘いだったが、本題は別のところにあるだろう。ウツロもセシリアも、いつにも増して血色のよい顔で、ルクセンナの元へ向かった。
「二人とも、疲れは完璧にとれたようね」
あまりに力のこもった目つき。ルクセンナは下手な気遣いは不要だと悟った。
「前回の現場実習、上からも大評判だったわ。騎士だけでなく、私たち学生のような若い力が現場にもたらす影響も馬鹿にはならないって」
「あくまで、こちらが学びを得るのが主題では?」
「もちろん、そういうつもりでこちらも送り出した。でも迷宮入り一歩手前で混迷している事件を、解決に持っていくとまでは誰も予想できなかった。私も含めてね」
どうだか、という言葉をウツロは呑み込む。この目の前の女性ならそのくらい織り込み済みと言われても驚かない。
「ということで、そんな反省も含めて早速次の現場実習が決まったわ」
セシリアもウツロも、待ってましたと言わんばかりでルクセンナを見る。
「セシリア、海は好きかしら?」
「うん! 海は綺麗で雄大。見ていると元気をもらえるから」
ルクセンナは大きく頷く。
「ウツロはどう?」
「山育ちなんで良い思い出はないですね」
「何かトラブルでも?」
「一度溺れかけた」
ルクセンナとセシリアは思わず声をあげて笑い出す。ウツロとしては、船の上から瀕死状態での決死のダイビング経験を笑われるのは心外である。だが、その詳細はリトガルトにいた頃の任務によるものなので、言及することはない。
「ウツロも苦手なことがあるんですね。舞踏会のダンスだって、一度見ただけでこなせるのに」
「あれだけ動ける人の弱点が、まさか水だったとは。これは勉強になったわ」
思いもよらぬところで脱線してしまい、ルクセンナも落ち着くのにしばらく時間がかかる。
「ごめんなさい。話を続けるけど、今回二人に行ってもらうのは、"マイオレ駐屯地"。サンセベリアの最西端に位置していて、主にマイオレ港とその周辺を警備する場所」
「マイオレ港は、国で一番大きい港ですから、その警備も非常に重要な役割です」
ウツロの無反応っぷりを見て、セシリアは補足情報を入れる。
「ということは、その駐屯地もかなりの規模で?」
「団員は一万名くらいだから、小さくはないでしょうね」
ウツロがリトガルトでいた基地の約二倍。彼にとっては十分過ぎるほどの数である。
「ルー姉、今回の実習の目的は何なの?」
「ずばり、二人の実力向上。要は、この前みたいなのと違って難しいことは考えず、駐屯地に入って色々体験して学んできなさい」
セシリアの質問に、ルクセンナはあっさりと答える。
「それだけ? あまり質の良い実習にはならなさそうですね」
「今回は、完全に上が日和った。まさか学生が実際に凶悪犯と刃を交えるなんて想定していなかったみたい。だから、次は絶対にそんなことが起こらないような安全な場所にしろって」
ルクセンナもウツロも不満しかないようである。
「無茶言いますね。解決のためには、そりゃ犯人と出会うことも必然でしょ」
「彼らは想像力があるのやらないのやら、私にはよく分からないわ」
二人とも、上層部への悪態が止まらない。ウツロに至っては顔すら見たこともない連中なのに、貴族文化への苛立ちも合わさって十分仮想敵として想起できるのだろう。
険悪なのに、穏やか。不思議な空間でお茶会は進んでいた。
「そういえば、今回期間はどのくらいなの?」
「一ヶ月、だそうよ。移動を含めたら、帰ってくるのはもう一学期の終盤ね」
暦は現在五月上旬。中々のスケジュールである。
「一応確認なんですけど、この間授業とかはどういう扱いに?」
ウツロとしては出席不足で退学、という未来だけは絶対に回避しなければならない。
「安心して。二人は学校側からの要請を受けて実習に行っているのだから、単位なんかは心配しなくても大丈夫。もし、聞きたい講義があるのなら遠慮なく言って。講師と調整して何とかするから」
何とも手厚い話である。ウツロとしては、基本的に授業は気晴らし・退屈しのぎのため、後半の措置はどうでもいいが、前半はありがたいとしか言いようがない。半分バカンスくらいの感覚で、適当に騎士団の世話になっていたら、勝手に単位を取得している。学生が聞いたら誰もが羨む待遇だろう。
「私は受けたい授業何個かあるから、またお願いするね」
「了解。夏休みに被らないように何とかするから」
この空気だと、ウツロもセシリアと同行しなければならないのだろうか。パートナーは同じ授業を受ける、果たしてこんな場合にもこの暗黙の掟は適用されるのか。ウツロは真剣に悩んでいた。
「出発はいつまでに準備できそう? 今回は長期滞在になるから、二、三日は融通が利くけど」
悩むセシリアに対して、ウツロは即答。
「明日からでもいけます」
それを聞いて、ルクセンナは再び笑い出す。
「パートナーさんはこう言っているけど、セシリアはどう?」
「一日ほしいです……」
セシリアは、まるで自分がわがままを言っているような気になったが、冷静に考えればウツロが身軽過ぎるだけだろう。
「了解。では、出発は明後日午前七時。移動だけでも長旅になるから頑張ってね」
ルクセンナがピシャリと両手を叩く。現場実習の話はこれでおしまい。
「じゃあ、予定通りティータイムにしましょう。二人とはしばらく会えなくなるわけだし」
ルクセンナがカップを持ったタイミングで、ウッドデッキにバラキアが入ってくる。
「会長、そろそろお時間です」
顰めっ面を浮かべ、文句を言いたげな顔をしながらも、ルクセンナはすんでのところで堪える。
「ごめんなさい、二人とも。続きは帰ってきてからにしてくれる?」
にこやかな笑顔で答えて、二人は生徒会室を後にした。
「生徒会長っても色々大変なんだな」
一般生徒が知らないところで、彼女たちは日夜精を出しているのだろう。
「ルー姉は、何でもそつなくこなしちゃう人ですから。逆にそのせいでたくさん頼りにされているんでしょうけど」
「優秀なのが、かえって自分の首を絞めるとは。世知辛いねぇ」
くわばら、くわばら。ウツロは少し同情はしたが、自分には降りかかってほしくないと願うばかりだった。
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