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第五列 ――最強スパイと没落騎士令嬢の共同戦線――  作者: 平下駄
第3章 マイオレ基地
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次はいずこへ

「ただいまーって、ウツロ?」

「ああ、おかえり」

 自室に帰ってきたガッツは、いないはずの同居人の存在に目を丸くする。


「いつ帰ってきたんだ?」

「今日の午前中だな」

 ゆっくりとベッドから身を起こして、ガッツの顔を見る。


「もう解決したのか? 噂じゃ、今巷を賑わせてる連続殺人事件の捜査に同行してるって話なのに」

「ちょうど今朝、犯人の引き渡しやら諸々が済んだ。まあ、そっちの方は騎士様の方にやってもらってたから別に苦労はしなかったけど」

 軽く答えるウツロを、ガッツはじっと見つめる。


「本当に例の娼婦の?」

「流石の帝都も連続殺人犯を二人は抱えてられないだろ?」

「聞かせてくれよ、その話」

 ウツロは相手の身分などには触れず、実際行われた捜査について、かいつまんで説明した。


「相変わらずお前はとんでもないな。要は、固有魔法を使う犯人を、セシリアと二人だけで倒したってわけだ」

 明らかに一年生、というか学生の枠組みを越えている。ガッツは目の前の男の正体が、一体何なのか分からなくなってきていた。


「でもその犯人、惜しかったな。それだけの腕があるのなら、騎士団にでも入っていれば一生安泰だろうに。異常性癖を持って生まれたために、こうして大罪人となってしまったわけで」

 その異常性癖は、騎士団に入ったが故に歪められて形成されたものである。そんな話は当然できるはずもないので、ウツロは黙り込む。


「固有魔法はどうだった? もしかして、お前はすでに対戦済みか?」

「どうだったかな。まあ、今回の相手は理性も何もなかったし。正直言って冷静に対処したら誰でも勝てる敵ではあったさ」

「その冷静ってのが大変なんだろうけどな」

 ガッツはやれやれ、と首を振りながらため息をつく。


「お前の青い炎、流石に属性魔法じゃなくて朔だよな?」

 固有魔法に勝つ、それは生半可なことではない。少なくとも、半端な魔法では太刀打ちできないのだ。

「あいにくと貴族さんみたいに、代々受け継いでいるような立派な名前もなくてね」

 ウツロはまたもお茶を濁す。


「学校の方はどうだ? 何か変わったことでもあったか?」

「いや、特にないな。たかが二、三日じゃいつも通りさ」

 当たり前の日常に、ウツロとセシリアは帰ってきたのだ。刺激はなくとも、心穏やかに過ごせる一日がある。それは喜ばしいことだろう。その尊さは、ウツロもよく理解している。


『だが、つまらないな』

 戦士としての腕が錆びてしまうのは、彼としては耐え難い状況である。そのため、自然と心は外に向いていた。

『次の現場実習は、どこだろうな』


   ~~~~


「セシリア、おかえり!」

 クリスは部屋に入った瞬間に、同居人の帰還に喜びながら抱きついた。

「ただいま、クリス」

「大丈夫だった? ルー姉から話は聞いていたけど、まさかこんなに早く戻ってくるとは思わなかったよ」

 セシリアの胸に顔を埋めて、クリスは深呼吸を繰り返す。一体何の成分を摂取しているのだろうか。


「ケガはなかった? 囮作戦なんて、ウツロもまた危険なことを仕掛けるわ」

 若干声に怒りが込められているように感じたが、セシリアは笑って答える。

「でも、ウツロは私が危なくなったらすぐに駆けつけてくれました」

「危険な目に遭ったのには変わらないはず。私も報告書は読ませてもらったけど、かなり際どかったんでしょ?」


 もし、あの時ウツロの槍が投げ込まれていなかったら。確かに今こうして無事に学校に帰ってこれたか怪しいものである。それも、ほんの一瞬遅れただけで取り返しのつかないことになっていた。ウツロのあの到着は、まさに奇跡と呼ばざるを得ないだろう。


「また、ウツロに助けてもらっちゃった」

 その声には、少し元気がない。

「それがパートナーでしょ? ウツロだって、セシリアに頼る時が必ず来るんだから、その時ちゃんと助けてあげればいいだけだよ」

 だから気にしなくていい、そう話すクリスの言葉に、セシリアは首を縦に振ることができなかった。


「私にできることなんて、微々たるものだし。そもそもウツロが陥るピンチなんて、私なんかじゃ到底打ち破れないよ」

 一層落ち込むセシリアに、クリスは再度抱きつく。いや、今度は優しく抱きしめる。


「セシリア、今はまだそれでいいの。あなたは他の人よりも、剣を取るのが遅かった。だからまだまだ力不足なのは当然。なにしろ、比べている相手があのウツロなのよ? 私たちの同世代の貴族で、一番強いツミキすら簡単に倒してみせた男なんだから」

 ウツロと比べて見劣りするのは、何もセシリアに限った話ではないのだ。上級生を含めてもその条件を満たす人間はそういない。


「パートナーを組む以上、あなたはいつか彼の実力に追いつかなければならない。でも、それは今すぐにじゃない」

 クリスはゆっくり語りかける。


「それともう一つ、決して慌てないで。焦ったところで良いことなんて何一つないんだから。実力は日々の鍛錬でコツコツと積み上げていくもの。一気にドカンと成長なんて、おとぎ話みたいなことだから」

 結局のところ、地道な努力が全てにおける必勝法なのだ。セシリアはそれをきちんと実行できる人間であるのを、クリスは理解している。


「クリス、私は……。どうすれば人の死に慣れることができるのでしょうか? 私は、事件の現場で犯人と向き合った時、足がすくんで動けなかった。遺体の写真を見て気絶もしました。実力以前のところで、ウツロに迷惑をかけて」


 少しずつ、慣れていけばいい。そんな言葉は口が裂けても言えなかった。クリスは、セシリアのことを古くからよく知っている。彼女が人の痛みに共感でき、いざとなったら自分すらも投げ打って助けに入る。そんな柔らかな心を持った少女が、死に慣れる。もしそのような事態になったのなら、大事な何かが喪失したときだろう。セシリアを、セシリアたらしめるそれが無くなってしまうことは、クリスとしても絶対に避けなければならないのだ。


「セシリア、私はあなたが傷つくのは見ていて辛い。悲しくなって、息もできなくなる。こんな風にあなたを心配している人は、たくさんいるわ。それは、ウツロだってそう。あなたが苦しむのなら、彼だってそんなことは求めない」

 それでも、彼女は考えてしまう。己が宿願を果たすため、必要な力は貪欲に学んでいこう。貴族でなくなったあの日から、セシリアの胸にはその思いが変わらず灯っていた。


『次の現場実習は、いつなのかな?』

 一人は己が退屈を晴らすため。一人は己の夢を叶えるため。どちらもその間に研鑽を経由することは一致していた。そのための手段として、二人は再び生徒会長から声がかかるのをじっと待っている。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


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