戦闘、入学試験
新連載開始しました!
初日なので、今日中に合計5話アップ予定です(5/5)
視覚と味覚の矛盾を乗り越え、食事を済ませて一口水を含んだところで、酒場の扉が勢いよく蹴飛ばされる。その激しい音に、場が緊張に包まれる。入り口に立っているのは三人の男たち。いずれも脛に疵を持っていそうな顔をしている。スパイはゆっくりと水を飲み干す。
「全員動くな! 勝手に動いたやつから斬っていくからな」
一番背が高く、屈強な体の男が大声で叫ぶ。店員も客もただの一般人。恐怖の表情を浮かべて、中には震えている者までいた。男たちはおそらく強盗だろう。いや、夜盗に近いのかもしれない。
弛緩した空気の観光客たちを一網打尽でターゲットにし、逃亡は夜の闇に姿をくらます。中々理には適っているのかもしれない。
その中で席から立ち上がる人間が一人。先程の金髪の少女である。
「何だ、嬢ちゃん。俺は積極的な美人は嫌いじゃないが、時と場合による。その腰のブツを抜いたら、残念だが三対一でお相手することになるぜ」
「私の名は、セシリア・アルフグレット! 騎士を目指す者として、貴殿らのような賊如きに屈することはない!」
聖剣をゆっくりと引き抜きながら、セシリアは構えを取る。
「兄弟たち、おしおきの時間だ!」
その場にさらに緊張が走る。四人の剣気がぶつかり、外の風だけが耳に響く。セシリアが剣の切先を動かそうとしたその瞬間、闘いの場に男が一人乱入してくる。
カウンター席から立ち上がり、音もなく近づいたスパイは、目にも留まらぬ速さで横から夜盗三人の喉を突き刺し、辺りに血の雨を降らせる。盆地の乾いた風で冷えた肌を、ちょうど温めてくれた。甘いワインの匂いに鉄臭さが混じり、スパイは少し鼻を曲げる。
『なんて静かな身のこなし、そして全く淀みのない魔力操作……!』
その光景を、セシリアは目を見開いてただ眺めるだけだった。完全に死角であり、意識の外からの襲撃。そして何よりも、歴戦の手練れという三つの条件が重なり、強盗たちは事を為す前に床に倒れた。
「店主、騒がせたな。代金はカウンターに置いてある」
厨房にそれだけ声を投げて、スパイは宿に帰っていく。その場にいた人間は、しばらく動くことはできなかった。それは、勇敢な少女も同じである。先程までの熱が冷め、今は震えて足が動かなかった。
『あんまり悪目立ちしたくはなかったけど、あれは仕方ないか』
翌朝。余計な運動をしてしまったが、しっかりと休息をとったスパイは再び帝都を目指す。旅費のことを考えなければ、ここからは馬や列車でも使って優雅な旅になるはずなのに。言っても仕方のないことを胸に仕舞い込んで、スパイは再び野山を駆ける。
『あの人、絶対に声をかけなきゃ!』
駅の前で、汽車を待つ人々とは別にセシリアは待ち人が来るのを待っていた。年齢が自分と同じくらいやら、ひょっとすると目的地も同じかもしれない。その読みは合っていたのだが、今回はルート読みが外れた形であった。
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入学式前日、スパイはようやく帝都に辿り着く。華やかな街並みの中に綺麗な運河が流れ、花がこちらを迎えるように咲き誇っている。その香りが風で運ばれてくると、男は気分が落ち着いた。目的地に無事辿り着けた安堵も混じっているのかもしれない。
どこからか鐘の音が聞こえ、驚いたように鳥たちが空へ羽ばたいていく。ちょうど夕日が辺り一帯を赤く染め、夜へ進んでいくその姿は、一枚の絵画で切り取られてもおかしくはなかった。この光景をはじめて見たものは皆目を奪われてしまうだろうが、スパイは遊びで来たのではない。
『入学試験は午前九時から受付。出来るだけ近くに宿を取っておくか』
街並みや人通りには目もくれず、スパイは騎士学校の方へ歩いていく。
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そして朝が来た。十分な休息をとり、スパイは万全な状態で会場に向かう。念の為三十分ほど前に騎士学校の敷地に足を踏み入れたのだが、そこにはすでに大勢の人集りが出来ていた。その数は百や二百では済まなかった。
今年から入学枠が緩和され、より身分などを気にせず試験を受けられるようになったことも関係しているのだろう。山程いる列であるが、スパイは仕方なく最後尾に並ぶ。
『こりゃ、試験が始まるのは明日になっちまうな』
気長に待ちながら、彼は故郷と同じ色の空を眺めていた。
全員の受付が終了したのは午前十一時過ぎ。スパイが受け取った受験番号は784。これだけ時間がかかるのも納得の数字である。
「諸君、本日は伝統ある我がサンセベリア帝国立騎士学校の入学試験に足を運んでもらい誠に感謝する。私はこの学校で教鞭を取っているカリダドだ。君たちにはこれから実技試験を受けてもらう。内容はシンプル、今日は現役の騎士の方々をお呼びしている。君たちは五分以内に、騎士の方に一太刀入れられたら合格だ。早速今から会場に移動してもらうが、人数の関係でここからは三箇所に分かれてもらう」
試験官の誘導のまま、受験生は動き始める。資料で確認はしていたが、何ともザルな試験である。何も対策せずともいいところだけは評価できる点か。
受験生が連れられてきたのは闘技場。ご丁寧に観客席までついている豪華仕様である。こんな広い会場が三つもあるとは、さすがは帝都立といったところか。闘技場の上に騎士が先に上がり、そこから若い番号から順に受験生が一人ずつ上げられて試験が進められていく。
「手段は問わない。持参した武器、たとえ聖剣であっても使用は制限しない。魔力や魔法も、持てる全ての力を総動員して試験に臨んでくれ。では騎士様、はじめてください」
立会人の試験官からの合図を受け、騎士が最初の受験生を呼ぶ。こうして試験が始まったわけだが、残念ながらまたも長い待ち時間となる。ウツロは退屈そうに闘技場を眺める。
他の受験生たちは、手に汗握りながら真剣な眼差しを向ける。ここで、ウツロの番が回ってくる前に、戦闘に関わる要素について説明しよう。
リトガルト王国において、優秀な戦士の条件として「心技体」の三拍子が揃っていることが挙げられる。
体とは体術のこと。基本的には武道の技術や体に流れる魔力操作を指す。どれほど肉体を鍛え上げているのか、が重要な指標といえる。
次に、心とは魔法のこと。魔法とは、魔力を燃料にしながら様々な事象を自分の思いのままに引き起こすもの。神の真似事、奇跡の模倣などという呼ばれ方もしており、汎用と属性、固有の三種類が存在する。
汎用魔法は学べば誰でも習得できる普遍的なものであるが、残りの二つは個々人で大きく中身が異なる。より正確な分類だと属性魔法は、生まれ持った先天的な資質に影響を受けるもの。大きく地水火風光闇の六属性に分けられる。
固有魔法は、己が想いや感情などの後天的な要素に大きく左右されるものとされる。そのため、リトガルトでは「属性魔法は体で動かす、固有魔法は心で動かす」と説明される。
そして最後に、技とは武器の扱いのこと。この点が、リトガルトとサンセベリアで最も異なる部分といえる。リトガルトでは一級品かつ「権能」を持つ武器を聖遺物と呼び、それを代々継承する形をとっている。キロトリデでは家宝の槍「水簾」がこれに当たる。
一方、サンセベリアも一級品の武器を継承していくのは同様なのだが、その上質な武器を持てるのは、貴族のみに限られている。さらに、武器の中でも剣のみを尊ぶ文化があり、たとえ一級品でも剣でなければ聖遺物としては扱われない。
故に、帝国では「聖剣」という呼称のみが存在しており、剣以外を所持している者は異端として激しい批判を受けることもあるのだ。
そして、リトガルトから「聖槍」を持ち込んだスパイがここに一人。突然軽率に使えるわけもないので、この会場には持ってきていない。したがって、試験用に貸し出される剣を使うことになるが、試験官の騎士は当たり前のように聖剣を装備している。彼らは全員が騎士であり、貴族なのである。
スパイは会場を眺めたことで、試験のおおよその雰囲気を掴んでくる。まずは試験官の騎士。当然実戦経験のある彼らが、まだ何も教育を施されていない受験生に全力を出すことはない。
見たところ、魔力操作と体術のみという縛りが設けられているのだろう。属性魔法はおろか、汎用魔法すらもほとんど使用していない。そして、聖剣の権能も解放されることはない様子。つまり、全力には程遠い状態で戦っている。
次に、受験生たち。本気で試験に合格しようと挑んでいる者もいれば、半ば記念受験のような覇気を全く感じられない者もいる。中には腰に高い剣を携えたものもいるが入学枠を増やしたところで、全体の質が向上するわけではないのはこれも当然。しかし、スパイはそれを一蹴する。
『ぬるいな。何もかも』
試験官も受験生も、そしてこの試験内容も。スパイは、もしこれが自分の国で行われていたと想像して背筋が凍った。こんな実戦とは遠く離れた試験で一体何が分かるのか。呆れるを通り越して、沸々と怒りに変わっていった。
本来なら敵国のレベルが低いという事実は喜ばしいことのはずなのに、スパイは一段と冷たい目つきである。
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