二つの救済
【注意】この章には、R15指定に準ずる描写が登場します。ご覧になる際には、お気をつけください。
「ごめん、遅れた!」
綺麗に整えた外見のことなどこれっぽっちも頭になく、乱れまくった姿のまま、ユクズリはようやくウツロに追いついた。
「敵は前方の男。あの人形が大鉈を振るって攻撃してくるのと、周囲に撒いている霧が毒。それでシャコダッチさんがダウン」
ウツロは簡潔に、状況を報告する。過程はともかく、結果だけならこれで十分伝わる。
ユクズリも何度か経験を積んだ騎士である。ウツロの報告も、普段なら理解してすぐに戦線に参加できるはず。しかし、今回は違った。ウツロやセシリアにとって、見知らぬ男であるはずの目の前の犯人。その姿に、彼女は見覚えがあった。
「サイホット、さん……?」
ユクズリにとって、騎士を目指すきっかけとなった憧れのその人物。セシリアはその発言を聞き逃さない。そして、その心中も察する。自分が目指すべき理想の人物が、今やこうして連続殺人犯として自分の目の前に立っている。
未来の鏡であるはずの人間が、こうして朽ち果て落ちぶれている。そんな様子を頭は理解出来なかった。理解したくなかった。ただ、彼女は考える事も出来ずに、地面に膝をついた。
「ウツロ、ユクズリさんは戦えません。目の前のあの方が、憧れたその人です」
ウツロはユクズリの方を一瞬振り返る。そして、檄を飛ばす。
「過程はともかく、結果は一秒で理解できる。今のあいつは、俺たちの敵だ! そんなところで休んでないで、とっとと立て」
ウツロの言葉に、ユクズリからの反応はない。
『何が騎士だ。ふざけるな……』
一方は体が、もう一方は心が壊れてしまった。結局戦況は変わらず二対一。ウツロはかえって冷静になる。いや、腹が決まったと言うべきか。
「セシリア、いつも通りでいくぞ」
「待ってください、それじゃあウツロもあの霧の影響を——」
セシリアの言葉を遮るように、ウツロは再び突進した。
『朔"燎原之火"』
ウツロは再び青い炎を身に纏った。今彼の心の中にあるのは、目の前の男への憐れみだった。セシリアの言葉で、ウツロは彼がどうしてこうなったのか理解したからだ。彼をこれほどまで傷つけ、そして左目を奪ったのは、リトガルトの戦士だ。
平定戦争の最中に自慢の片目を失い、そのショックで固有魔法が目覚めた。それ故に、彼は歪んでしまった。ただ目に固執するだけの存在、戦争が終わっても失ったものを求め続けるだけの生きる屍。こんな悲しき生物を生み出してしまったのは、同胞の不始末によるもの。であれば、自分が終止符を打ってやろう。それが、この男に残された唯一の救済だ。
醜く朽ちるのを待つだけの元騎士。ウツロはそれに先程よりも鋭く切り込んでいく。彼の動かすマリオネットの一撃は、炎を纏ったウツロには雨粒を払うのと変わらない。意図も容易くウツロは、サイホットの目の前に辿り着いた。ここではじめて、ウツロはその顔をきちんと認識する。左目の洞は、決して埋まることのない心の穴を想起させた。
「ウツロ、戻って!」
セシリアは必死に叫んだ。いくらマリオネットの鉈を軽々防げるといっても、攻撃はまだ終わっていない。サイホットに剣が届く位置とは、命あるものだけを殺す、死の霧が漂う範囲に入っていることと同じ。パートナーの数秒後の未来を予測して、セシリアは制止の声を上げた。
一方、ウツロは止まらなかった。すでに騎士ではないサイホットは剣を所持していない。当然、彼を斬り倒すのは容易だった。ウツロの槍は赤く染まり、サイホットは、目を見開きながらまたも地面に倒れる。
「な、ぜ……」
今度は、それと同時にマリオネットも崩れ落ちた。
『感謝と流転をここに』
ウツロの祈りで、戦いは締め括られた。結果だけみれば呆気ない。ウツロが朔を使って、サイホットを斬る。マリオネットが消えた時点で霧も晴れていた。セシリアは急いでウツロの下へ駆ける。
「ウツロ、腕を見せてください!」
応急処置でもいいから、治癒魔法をかけなければ。そう思ったセシリアが見たものは、五本指が揃った健康な腕。ウツロの体には欠損はどこにもなかった。
「どうして、無事なんです?」
いくら槍の射程が剣より長いといっても、そんな違いは魔法の前では誤差程度のもの。
「俺の属性魔法は、魔力を燃やす炎を出す。マリオネットの白い霧は、元を辿れば魔力で生成されたものだろ? そんなものは体に炎を纏ってしまえば無効にできる」
タネを聞けば単純である。セシリアはホッと胸を撫で下ろした。
「さて、ならそろそろこの捜査も終わりにするか」
ウツロは地面に倒れた犯人を見つめる。先程の一撃はわざと急所を外したため、まだ微かに息はある。このまま治療を行なって生きて罪を償わせる道もあるだろう。
しかし、ウツロからすると彼が生き続けるのはあまりにも不憫だった。もう手に入らない宝物を一生追い続けるだけの徒労のような人生。そんなものはただの苦行でしかない。すでに精神が喪失している彼には、そんなことすら分からない。死ぬに死ねない、決して終わらない旅路。それを地獄と言わずして何と言うのか。ならば、ここは命を絶ってやるべきだ。見るも無惨で、そして醜い。ウツロは触るのも躊躇してしまう。
サイホットにウツロは近づく。そして、心臓めがけて槍を突き刺す。そうしようとした瞬間、セシリアが倒れたサイホットを身を被せて守った。
「……何をしてるんだ?」
「彼はまだ、生きています。生きているのなら、まだ未来も希望も、沢山あります。彼からもう何も奪わないであげてください!」
ウツロにとって、サイホットへの止めこそが救済だった。
しかし、セシリアは彼を優しく抱きしめた。ウツロからすると醜くて見ていられないそれを、彼女は躊躇うことなく包み込んだ。自分に出来ない救済を見せつけられたのなら、ウツロは敗北を認めるしかない。
槍を下ろし、懐から手錠を取り出し、サイホットにはめる。
「これでもう、こいつは魔法は使えない。あとは好きにしな」
「ありがとうございます」
ウツロに感謝して、セシリアはサイホットに治癒魔法を施す。身に余る死の恐怖をぶつけられた相手にも、こうして迷うことなく情けをかけられる。改めて、ウツロは自身のパートナーの強さを認識した。
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