マリオネット
【注意】この章には、R15指定に準ずる描写が登場します。ご覧になる際には、お気をつけください。
時間を少し戻して。ユクズリとウツロはそれ以降も魔法を介して会話を続けていた。人間どころか野良猫一匹やってくる気配もない。もう日付が変わりそうな時間である。このまま張り込みを続けても、今日は収穫はないのかもしれない。ユクズリも、そしてウツロですらもそんな気の緩みが生じていた。
『でさ、そのとき私の上官がね。"陽気なやつはビール好きで、陰気なやつはワイン好き"って酒場で言い放ってさ。その場でグラスを持っていた客と取っ組み合い始めたの。基地で一番強いから誰も手が付けられないしで大騒ぎ。帝都の今じゃ絶対にあり得ないよね』
昔を懐かしむようなユクズリに、ウツロは空返事で対応する。彼女は話すのに夢中で、もはや周りに意識を割いていない。その分、上からよく見えるウツロが頑張らざるを得ない状況である。
『向こうもこんな風に、お気楽にやってんのかね』
ウツロは作戦中、初めてセシリアのことを考えた。彼女の赤い瞳は、見る人が引き込まれるような力を持っている。今回の犯人からしたら、絶対に手に入れたいと思う逸品だろう。
そんなことを頭の中で考えていると、右中指の指輪が赤く光り出す。
ウツロに躊躇いはなかった。その場から勢いよく立ち上がり、パートナーが張り込みをしている東へ駆け出す。器用に屋根の上を飛んでいくウツロに、ユクズリはしばらく呆気に取られてしまう。何とか意識を取り戻して、遅ればせながらその後を追う。
『ウツロ、何があったの?』
ユクズリの念波に、ウツロの返事はない。すでに彼は魔法の効果範囲のはるか先に進んでいたからである。
『こいつは、不良品なんかじゃないな』
ウツロが指輪から感じたのは、明らかに恐怖の感情だった。キリエの話では色だけしか伝えないという魔道具だったが、確実に指から流れ出る情報は、ウツロをこうして突き動かすのに十分だった。ここからセシリアの下まで馬車で向かっても、ゆうに三十分はかかるだろう。ウツロは悩む間もなく、己の体に青い炎を灯していた。
ウツロの"朔"には、主に二つの効果がある。その一つが、身体能力の向上である。これは汎用魔法や補助魔法などとは比べ物にならないほどの強化であり、魔力操作とも併用できる。だからこそ、ウツロは汽車にも勝るペースで、サンセベリアの大地を駆け回ることが出来た。
学校ではあれほど見せるのを避けていた朔を、ウツロは帝都の街中で堂々と披露していた。いくら他人の目につきづらい屋根の上とはいえ、彼の秘密主義を考えれば異常な行動である。
この身が燃え尽きる程の炎を上げて、青い彗星が帝都の空を舞っていた。
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「……ウツロ!」
パートナーの合流に、セシリアは気づかずうちに涙を流していた。ウツロはセシリアの顔を一瞬だけ確認して、再び敵に視線を向ける。
「なるほど、あれがやつの武器か」
犯人は地面に仰向けで倒れているのに、その頭上には錆びついた大鉈だけが浮かんでいる。ウツロが投げた槍が突き刺さり、刃を貫通していた。
「上手く止められたか」
「でも、これであの鉈はもう使えない。一振りするだけで粉々に砕け落ちます」
セシリアも状況を冷静に分析し始める。
「いや、そうでもない」
ウツロの声に反応するかのように、犯人は飛び上がるように上体を起こす。その不気味な動きは、糸に吊された操り人形のようである。
「なんだ、その目は……」
犯人の雰囲気がガラリと変わる。今までは己が探し求めていた宝物を手に入れられる喜びに歓喜していたのに、突然邪魔が入ったことで激しい嫌悪を見せる。先程セシリアに向けられた殺意などは、単に男の内から溢れ出た僅かなもの。今ウツロに向けられているのは、それとは比べものにならない怨念。すぐそこにあった理想郷への道を塞ぐ不躾な輩。
鉄槌を下さねばらない。私の人生、全てを否定したあいつのように。男の頭上の鉈が消え去る。それと同時に、再び鉈が生成されていく。しかし、それだけではない。二本目の鉈が出現し、それを握る腕まで現れる。やがて、肩・胴体・脚・顔、その全てが闇から生まれてくる。
それは、巨大なマリオネットであった。小さな顔に不釣り合いなほど大きな帽子、かつては赤と黄色で派手に彩られていたはずのボロ切れのようなくすんだ衣装、異様なまでにつま先がとんがった靴。そして、両目を縫い付けられてなお笑顔を浮かべる不気味な形相。口からは白い霧を垂れ流しており、まるでマジシャンの登場シーンのようである。
「死にかけピエロか。どうやらあれの正体は属性魔法じゃなく、固有魔法みたいだな」
属性魔法と違い、固有魔法の特徴として、自由度が挙げられる。
これは、属性魔法が先天的なものに左右される一方で、固有魔法は後天的な作用で形づくられるものであるためである。自身の思うがままにその能力をデザインできる。もちろん自分の力量の範囲内であるが、固有魔法は人によって千差万別であるのはそのためである。それは、属性魔法や汎用魔法の範疇を超えたこと、つまり二つの魔法では出来ないことが可能であるという意味でもある。今犯人が出現させた大鉈を持ったマリオネットは、まさにそれを象徴している。
「固有魔法、ですか」
セシリアは肩に力が入る。固有魔法の使い手は、一般的に高い実力を兼ね備えている。そもそも固有魔法は、属性魔法をある程度使いこなした人間にしか発現しないとされており、どんな力であろうとも、使えるだけで一目置かれる存在だ。
「一般人が気軽に扱える代物ではない。こりゃ、あいつの身元は簡単に割れそうだな」
ウツロの見立てでも、男は決して弱くない。それどころか、狂気を燃料に動く人間は始末が悪い。面倒なことになるのは目に見えていた。
「セシリア、戦えるか?」
パートナーに一瞥もせず、ウツロは問いかける。
「はい!」
力のこもったその返答に、ウツロは口角を上げる。
「来な、夕星」
男の足下に転がっていた朱槍は、主人の掛け声一つで右手に戻ってくる。ウツロの夕星の権能は"忠誠"。どれほど離れたところにあっても、持ち主の呼び声一つで馳せ参じる。
相手の目の前で、ウツロは手の内を明かす。だが、それは仲間にも情報を開示する目的もある。
「とりあえず、後ろを任せる」
ウツロはそれだけ言って、一歩前に踏み出す。変わらず男との睨み合いが続いていた。槍を構え、ジリジリと間合いを詰めるウツロ。
『人形の腕と鉈の長さから、やつの間合いまであと三歩。仕掛けるのはそこだな』
ウツロはゆっくり一歩ずつ右足を前に進める。二歩目、そして三歩目を出した瞬間、音もなく大鉈がウツロの右側から振り下ろされる。ウツロは槍で受け流し、左から来る鉈に備える。
『いつも思うが、非生物ってのはやりづらいな』
マリオネットは、予備動作もなくただ単調に左右の鉈を振り回す。これが生物であれば先読みなどを使って逆手に取るのも容易いのに。仕方がないが、ウツロはしばらく受けに回る。マリオネットは疲れを知らない。ウツロの防御など見えていないように、絶えず攻撃を繰り返す。
『この手の魔法の手取り早い攻略法は、使い手を倒すこと。こいつを壊したところで、使い手が生きているのなら半永久的に再生を繰り返す。ならば』
ウツロがマリオネットを引き受けている間、他の者が男に攻撃を仕掛ければいい。当然セシリアは、男に向かって火球をぶつける。しかし、予想していた通り、男の方が実力は上。セシリアの攻撃を意に介していない。それでも彼女は火球を撃ち続ける。
『そう、これでいい』
その目には微塵も迷いはない。ただ自分の与えられた役割を実行する。だが、これではいつまで経っても、男は倒れることはない。これではウツロが堪えているのが全くの無意味である。しかし、事はこれで順調だった。何故なら、男に攻撃するのはセシリアの役割ではない。この場にはもう一人、役者が残っているのだ。
密かに男の死角から背後に回り込んだシャコダッチは、己の聖剣にありったけの魔力を込めた。ウツロの登場から、男の意識は完全に自分から外れたために治癒魔法を施し、今のような不意打ちを実行する。ウツロが睨みを効かせながら、二人に伝えた作戦である。いくら実力者といっても、現役騎士の攻撃、それも完全に意識外からの不意打ちに対応できる筈がない。剣が男の体に触れる前に、シャコダッチは自身の勝利を確信していた。
その瞬間、シャコダッチの指に痺れが走る。それも束の間、今度は血を流し、肉が裂け、骨まで溶ける。
『まずい!』
それに気づいたときが、すでに遅過ぎた。マリオネットは、口から周囲に霧を撒き散らしている。その正体は毒、生物のみに反応してその肉体を腐敗させ、跡形もなく溶かすものであった。
シャコダッチの伸ばした右腕は、関節の先からすでに消失しており、聖剣も力なく地面に落ちた。急いで後ろへ回避行動をとったため、被害は何とか右手だけに抑えられた。その考えが甘かった、シャコダッチは口から吐血する。先程近づいた時に霧を吸い込んでいたため、今度はそれが体の内部に回っており、治りかけの内臓は再び悲鳴を上げる。声にならない叫び声を出しながら、シャコダッチは崩れるように地面にうずくまる。
『こいつは想定外だ』
ウツロは大鉈を弾き、その勢いを利用して自分も一度下がる。
『シャコダッチさん、動けますか?』
ウツロの念波に、シャコダッチが答えない。それ程までに重大なダメージを負ってしまった。
『二対一、か』
ウツロは静かに戦況を把握した。
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