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第五列 ――最強スパイと没落騎士令嬢の共同戦線――  作者: 平下駄
第2章 帝都娼婦連続殺人事件
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未知との遭遇

【注意】この章には、R15指定に準ずる描写が登場します。ご覧になる際には、お気をつけください。

 作戦が始まって三時間が経過した。時刻は午後十時を回ったところ。人々が夕食を済ませて本格的に夜を迎える頃。娼婦たちの存在感も、一段階上がってくる。人通りなどほとんどないはずなのに、ユクズリに声をかける男性が数名。


「ごめんなさい、人と待ち合わせをしているの」

 それだけで引き下がっていくところをみると、全員容疑者候補にもなり得なかった。


『意外と人が来るものね。犯人だと身構えても、話してみると全員違いそうだけど』

『こっちから見ていても、それらしい雰囲気はなかったですね。この手の犯人は、一目見ただけでピンとくるタイプだろうし』 

 少なくとも、西側の張り込みは驚くほど静か。それは即ち、犯人がかかる気配もないということ。喜んでいいのか、苛立つべきか。ウツロは完全に後者であるが、辛抱強さも狩人の条件である。


『そういえば、ウツロ。あなたも平民の生まれらしいわね』

 ユクズリは周りに人影すら見えないと、こうしてウツロに語りかけてくる。

『ええ。ユクズリさんの時は、騎士学校はどんな感じだったんですか?』

 今よりも平民の生徒の数が少ないであろう彼女の代は、それ相応の苦労があったのではないかとウツロは推測する。


『別に私、帝都の騎士学校に通っていたわけじゃないからね。もっと小さな田舎の方の分校の卒業生。配属やなんかで色々転々として、最近ようやくこっちに出てきただけだから、帝都歴はあなたと大して変わらないわよ』

 ウツロは思いがけない方向に話がいって、興味が湧く。


『分校の方は、貴族の割合が低いんですか?』

『当然。本校とは比率は真逆よ。貴族の方が珍しくて、平民が当たり前。彼らの方が非常識の空間よ』

 ウツロはサンセベリアでそんな空間が存在していることに驚いている。


『そもそも、騎士団全体でみたら貴族なんて三割もいないからね。残りの七割以上が平民が支えている。なんだけれども、上の要職は全員貴族連中が握っている。平定戦争のとき、実際戦場に立っていたのは貴族ばっかり。美味しいところは自分たちで独占して、他の雑事はみんな私たちに押し付ける。この事件だって、下請けみたいな形で私たちに降りてきたんだから』

 どうせ迷宮入りになるから、その責任は平民の騎士が持て。そんな隠れたメッセージは、ウツロですらも感じ取れる。


『まあ、あなたたちが来てくれたおかげで、今はこうして良い方向に向かっているんだけどね』

『ユクズリさん、ならどうしてあなたはこの帝都の配属に? こんな花形の職場、貴族でみんな席を埋めてしまうのでは?』


『平定戦争で、貴族はみんなこぞって戦場に向かったの。手柄を立てられるし、何より騎士の華だって。でも、サンセベリアはリトガルトに敗北した。それもあって今騎士の数は激減している。特に、前線にいた貴族筋の騎士はね。だから、本来平民が担当することのない帝都に、私みたいなのが呼ばれてるわけ。まあ、一番下っ端でだけど』

 ユクズリは不満気だが、帝都に勤めているのなら大出世である。


『今年から、全ての騎士学校の入学定員が増枠になったのは、そういう人手不足の面もあるのよ。近いうちに、貴族じゃなくても本校の方へ楽に入れる時代も来るかもね』

 あの戦争で転換点を迎えたのは、両国とも同じらしい。現場にいるだけでは分からなかったことが、今更になってウツロに返ってきていた。


   ~~~~


『こうやって張り込みをしていると、探偵小説の世界みたいですよね』


 東側の張り込み。セシリアとシャコダッチも、談笑をしていた。西側と同じく人通りが止んで、二人も時間を持て余していたため、こうなるのは自明だった。時刻はちょうど日付が変わった頃。街の中心ですら、人通りは少なくなっているだろうし、そこから外れているこの場所は尚更だろう。


『しかも二箇所同時での待ち伏せ作戦。創作の世界でも滅多にないだろうから、さらに胸が躍るよ』

 シャコダッチもノリノリで、捜査そっちのけという感じである。

『僕は小さい頃、体が弱くて。ずっと屋敷で本を読んでばかりだったんだ。そのとき、大好きだったのが『名探偵 バロン』って本でね』


『あ、私も読んだことあります! 普段はおっちょこちょいでのんびり屋さんのバロン刑事が、事件のこととなると非凡な力を発揮して』 

『そうそう。あのギャップがたまらないんだよ!』

 共通の話題で、二人はさらに意気投合する。ここがカフェならそれも微笑ましいが、残念ながら今は連続殺人犯を捕まえるための捜査中。あまり褒められたものではないだろう。


 そんな二人を咎めるように、いや油断したその瞬間を狙い澄ましたかのように、暗闇の中から音もなくセシリアに近づく人影が一つ。遠くから見ても、それがただならぬ存在であることを、シャコダッチは直感した。


『セシリアさん、左!』


 慌てるシャコダッチの発言を受けて、セシリアも退がりながら顔を向ける。その一瞬、セシリアは近づく影と目が合った。男の目は、光がなかった。行き先も分からぬまま彷徨う捨て子のようで、希望の代わりに絶望が詰められたみたいな黒い瞳。左目は空洞、何も入っていなかった。


 セシリアは生まれて初めて殺気を感じ取った。今までの、ぬるま湯のものではなく、本物の命がかかった瞬間にのみ発せられるそれ。あまりのその鋭さと冷たさに、セシリアの体はその場から動かなくなってしまう。


『何でもいいから、動かないと……!』


 それでも体はピクリともしない。そうすると、目の前の男は、ゆっくりと近づいてくる。ここではじめて、セシリアは自分に死を運んできた人物の姿を認識する。男の頬はやつれ、顔中不揃いなヒゲが生えている。服もボロボロでよく見ると小さな穴が開いている箇所もあった。


 元々は、きちんと仕立てられた洋服であるはずなのに、今や黒い斑点で汚れきっている。それが返り血であることを、セシリアはまだ知らなかった。しかし、そんな容姿以外の部分から男の危険性はしっかりと警告されていた。何よりもにおいである。血が時間を経て、鮮やかな赤を失った先にある終着。人の死を告げる臭いが、セシリアの鼻腔に突き刺さる。


 すぐそこに、死が迫っている。一切の比喩なくそんな状況に遭遇したのなら、冷静でいられるわけがない。セシリアは魔法を得意とするタイプである。敵がいると認識しているのなら、距離を詰められる前に先手を取って攻撃するべきである。


 しかし、それが出来ない。恐怖で頭を完全に支配されてしまったからである。彼女には逃げることしか頭になく、足がすくんで封殺されてしまっていた。


 一方、汚れた男は変わらず進んでくる。気付けばもうすぐそこまで。セシリアは悲鳴すら上げられない状況で、涙を流した。


「ショット!」


 男が完全にセシリアに気を取られているのを逆手に取って、シャコダッチは渾身の魔弾を放った。これが彼の属性魔法、魔力特性は雷。敵の動きを封じるのに長けているのが特徴である。男は手足をびくつかせながら、地面に倒れ込んだ。


「セシリアさん、こっちへ!」

 男が怯んだ隙に、シャコダッチはセシリアを抱えて、大きく距離を取る。

「しっかりして! 立てるかい?」

 シャコダッチは預かっていた聖剣"イフリート"をセシリアの前に突き出す。


『そうだ、私は怯えるために来たんじゃない!』

 シャコダッチの言葉で、セシリアは自分を奮い立たせ、彼から聖剣を受け取る。そして、鞘から剣を引き抜く。


「よし、手筈通りでいこう。基本的に相手とは距離を取ったまま、援護を頼むね」

 シャコダッチが前衛、セシリアが後衛という形で、戦いは火蓋を切った。


 男はシャコダッチの魔弾から復活したのか、すでに起き上がっていた。そして、目の前にいるのが敵であるということを、この瞬間をもって認識した。


「ああ、その目……その目だ。私が探し求めていたのは、その、赤い瞳……!」


 男は口を開き、甲高い声で笑った。その笑いがやけに耳に残ったのを、シャコダッチは振り切るように、前進する。相手の虚をついたはずのこの攻撃、見事に決まるだろう。そんな見込みを叩き潰すかのように、男の後ろから、突然大きな鉈が振り下ろされる。何が起こったのか、攻撃を受けたシャコダッチも理解出来なかった。


『馬鹿な、そんなことが……』

 突然何もない空中から一人でに鉈が飛んでくる。咄嗟に防御魔法を使用したが、そんなものと嘲笑うかのように、シャコダッチの体に容赦なく鉈はヒットした。シャコダッチは勢いよく壁に叩きつけられ、口から吐血する。


 幸いにも研がれた刃ではなく、ナマクラによる一撃だったため、体の切断は回避した。しかし、打ち付けられた衝撃は並のものではない。骨が砕け、内臓のいくつかが機能していない。たった一回の攻撃で、シャコダッチは瀕死に近い重傷を負ってしまった。


 地面にうずくまって立ち上がれないシャコダッチを横目に、男は再びセシリアに前進を開始した。セシリアは、反射的に火球を数発男に向けて放った。しかし、またも空中から現れた鉈によって、それらの攻撃は弾かれてしまう。


 セシリアの全身に、またも悪寒が走る。瞬間、資料にあった写真がフラッシュバックする。耐えきれず嘔吐し、気絶したあの惨殺死体。今度は自分がそうなってしまう。目眩と吐き気で、前すらも見えなくなる。


『そうか、だからウツロは私に見せたくなかったのか』

 死の瀬戸際への耐性がないセシリアが、本当の殺し合いのステージに上がったら。実力など抜きにして、何も出来ない。ウツロにはそれが分かっていたのだ。だからこそ、彼は決して自分から資料を渡す事はなかったのである。そんなパートナーの意図を理解するのは、大分後になってしまった。セシリアが死の間際に考えていたのは、ウツロへの謝罪だった。


 もう何も見えなくなったセシリアの耳に、轟音が頭を掠める。それをきっかけに視点が切り替わる。恐怖に染まった画面ではなく、いつも通りのクリアな視界。その目で、セシリアは見覚えのある朱槍が、正体不明の鉈と一緒に、男を後方まで突き飛ばす様子を確認した。


「セシリア、無事か?」

 青い炎を撒き散らし、ウツロはセシリアの後ろに立っていた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


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