三千世界の鴉
【注意】この章には、R15指定に準ずる描写が登場します。ご覧になる際には、お気をつけください。
「ウツロって、普段は何してるの?」
キリエとは、かれこれ一時間近く話しているだろうか。ようやくウツロの身の上について質問が入る。
「ただの鍛冶屋だ。今日はお得意さんに呼ばれてわざわざ遠出してきたのさ」
さすがに学生であることを明かすのは問題があると判断したウツロは、口から適当に言葉を紡ぐ。
「そのお得意さんってのは、もしかして貴族? ひょっとしてクルセーダ家だったり?」
ウツロは口からウイスキーを溢しそうになった。いきなり自分周辺の話題に飛躍するとは夢にも思っていなかったからだ。
「なんで突然公爵家様の話になるんだ?」
「だってあそこの家、家宝が壊れたって今大騒ぎじゃない。なんでも、腕利きの鍛冶師に手当たり次第声かけて、修復が出来るか聞いて回ってるんだって」
その原因をつくった張本人は、知らぬ存ぜぬで突き通すことに決める。
「あいにくと、そこまで腕の良い職人じゃなくてね。今日はただ剣のメンテナンスに行っただけ。聖剣の修復なんて大仕事、俺なんかには荷が重い」
「聖剣が壊れるって、何が起こればそうなるのかな?」
キリエは目の前のプロに聞くつもりで質問を述べたが、ウツロからすると別の意味に聞こえて仕方がない。
「聖剣同士で激しくぶつかれば、かな。実際クルセーダはそれで壊れたって聞いてるぜ」
「剣は同格でも、腕に差があるとそういうことになるわけね。でも、あのクルセーダの御曹司を倒せる人間なんて、そういないだろうに」
本当にキリエは知らないんだよな、ウツロは徐々に肝が冷えてくる。
「少なくとも、俺なんかよりも強いのは間違いない」
「でもウツロも、剣を持ったらそこそこイケるんじゃないの? 今日のだって、涼しい顔してぶっ飛ばしてたじゃん」
「俺は鍛治師だ。剣を鍛えることはあっても、身につけることはない」
鍛治師と名乗ったのは失敗だったか。そんな後悔が頭によぎる。
「ストイックなんだね、ウツロは。ねえ、今日は何しに娼館になんて来たの?」
キリエはウツロの瞳を真っ直ぐ見つめる。
「ウツロはやっぱり、普通の客とは違う。雰囲気もそうだけどにおいが違う」
「そりゃ、こんなに鉄くさいやつはそういないさ」
「確かに、毎日鉄を扱う職業なんて多くない。でも、それ以上に、人として性根の部分が違う。そもそも、職人さんが娼館に来るなんて私は見たことも聞いたこともないよ」
キリエに疑いなどの色はない。ならば、彼女は一体何を言いたいのか。ウツロは測りかねていた。
「ねえ、本当は何しにここへ来たの?」
「……夜ってのは、一人で過ごすには長過ぎる。誰かと一緒にいたいと思うのに、職業も性別もないだろう」
ウツロもキリエの瞳を見返す。彼女の瞳は、濃褐色で微動だにしない。
「ウツロ、だったら上に行かない? 今夜は少し冷えるらしいから」
キリエの言葉の意図は、一見のウツロでも理解できた。ちゃんと行き先は伝えてきたのだ、夜道に迷っているなどとは向こうも思うまい。キリエが手の引く方へ、ウツロは逆らわず従っていった。
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翌朝、ウツロが目が覚めるとやはり太陽はまだ昇っていなかった。ウツロはキリエの眠る床から静かに抜け出し、部屋の窓から外を眺める。眠らないこの街でも、灯りの消える瞬間はあるのだろうか。朝日の姿がない真っ暗な建物たちに、ウツロは語りかけるように見つめていた。
「ウツロ、何を見てるの?」
眠気まなこを擦りながら、キリエも体を起こす。
「悪いな、起こしちまったか」
キリエは首を横に振る。
「俺はこの時間が好きでよ。街も人も太陽すらも眠る時間。何もかもが止まったかのように静寂包まれるこの瞬間は、どんなことがあっても気持ちが落ち着くんだ。だから、何を見てたわけでもない。強いて言うなら時を見ていた」
キリエは小さく微笑む。
「本当、何から何まで違う人」
独り言でも、ウツロに言ったわけでもない小さな呟き。
「ウツロ、あなたが知りたい"娼婦連続殺人事件"の被害者について、私から話してもいい?」
ウツロは少しだけ眉を動かす。そしてゆっくりベッドまで向かって腰を降ろす。
「頼む」
短い返答だったが、キリエが知る限り一番熱のこもったウツロの言葉だった。
「私が知っているのは、一番目と四番目の被害者について。一人目は、カレンって名前の子でね。昔別のお店で一緒に働いていたの」
報告書で名前すら書かれていなかった女性について、キリエは雄弁に語ってくれた。
「一年くらいそのお店で働いていたかな。彼女、妊娠して結婚って話になって店を辞めたんだけどね。どうやらお相手とあんまり共同生活が上手くいかなかったみたいで。結局また娼婦に戻ったの。でも、離婚歴とか、体の傷のせいとかで、娼館には雇ってもらえなくて……」
だから街角に立っていた。そこまでの経緯はよく理解できた。
「四人目の方は?」
「そっちはほとんど話したこともないの。いつもあそこの場所で立ってるな、って見かけるくらいで。けど名前を一度聞いたことがあるわ。マーサって男の人から呼ばれていた」
四人目についてはほとんど収穫なし。その名前が本名かどうかも怪しいものである。
「二人の共通点と言われて何か思いつくことはあるか?」
「うーん、二人とも特に面識とかはなさそうだけど」
「外見的な特徴はどうだ?」
「二人とも背丈も髪色もバラバラ。……あ、でも一つだけあるかも」
"でも、共通点と呼べるほど強いつながりじゃ"と口を閉じるキリエに、ウツロは食い下がる。
「何でもいい。お前の主観でも又聞きでもいいから教えてくれ」
「ウツロがそこまで言うなら。彼女たち二人はね——」
その言葉を聞いた瞬間、ウツロの脳裏に一つの策が浮かんだ。この事件を終わらせる、犯人の凶行に終止符を打つ一手である。
反射的にウツロは立ち上がっていた。
「ありがとう、キリエ。お前のおかげで上手くいきそうだ」
ウツロは礼を言って、そそくさと帰り支度を始める。これを伝えれば、彼はそうするだろうと分かっていたのに、キリエはつい話してしまった。自分の意中の相手が困っていたら、何が何でも助けたいと思うのは何も間違っていないはずなのに。
「待って、ウツロ! あなたに渡したいものがあるの」
キリエは服の内ポケットを探り、何かを取り出す。そしてそれをウツロの前に差し出した。
「これは、指輪?」
キリエから渡されたのは、銀色の二つのリング。何の装飾もないシンプルなデザイン。
「それは、魔道具の一種でね。これをつけていると、離れている相手の感情の揺らぎが色で伝わってくるの。小さな揺れでは色は変化しない、でもより大きなものになった時、指輪が赤く光るの」
魔道具とは、魔力を使用して使うアイテムの総称である。貴重な品物であり、実際に手にしたことのある人は、貴族がほとんどの一品だ。
「そんな高価なもの、よく持ってるな」
「プラスでもマイナスでも同じ光なのが設計ミスって、昔骨董商から貰ったの。これ、あなたにあげるね」
ウツロはキリエから、リングを二つとも渡される。
「あなたに大事な人ができた時、その片方を渡して。それまでの間預けておくわ」
それじゃあ、とだけ言ってキリエは再びベッドに戻る。
「私はまだ眠いから、もう帰っていいよ。ちゃんと事が済んだら顔を出して」
キリエの言葉に、ウツロは返事もせず部屋を出る。足早に階段を降りて、玄関先で受付に声をかける。
「一晩キリエに相手してもらっていた男だ。いくらになる?」
「ウツロ様ですね。オーナーからお代は結構と申しつかっております」
受付の黒服は、一切の起伏なくそう告げる。ウツロは振り返る事なく店を出た。
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