娼館"グロッダ"
【注意】この章には、R15指定に準ずる描写が登場します。ご覧になる際には、お気をつけください。
ウツロの目的地は、帝都西部寄りに位置していた。娼館"グロッダ"。大きな店の周りには似たような店が自然と集まってくるのだろう。いつしかこの辺りは売春街と呼べるほどの大所帯に発展していた。明らかに中心街で歩いていた人間とは種類が違う。ここには、単に己の性欲を満たすことを目的とした客がやって来るのだ。雰囲気どころか目つきも違う。
『さて、どこから始めるかね』
ウツロは聳え立つ建物の外観を眺める。この牙城の手のつけ方までは考えていなかった。
「ちょっと、離してよ!」
店先から鋭い女性の悲鳴が聞こえてきて、ウツロも足を運ぶ。見ると、筋骨隆々の大男が女性の手を掴んで引き留めている現場であった。
「キリエ、いいだろ? 俺はこれだけ足繁く通い詰めてるんだ。そろそろ次のステップにいこうぜ」
明らかに女性は嫌がっていた。しかし、力で大男に勝てないため抵抗は虚しかった。周りの人も足を止めて様子を窺っているが、むくつけき男を前にして足が前に出ることができる人間はいなかった。ただ一人の男を除いては。
「お兄さん、それはちょっと強引なんじゃないの?」
ウツロは男の手の付け根を握り込む。万力のように徐々に強くなる力に、男はたまらず女性から手を離す。瞬間、女性はウツロの背後に回る。
「お前、何者だ? キリエの何だ?」
男は険しい顔で、ウツロを睨みつける。
「ただの通行人だ。別にお前さんの邪魔をしたいわけじゃないさ。だが、やり方がなってないと思ってな」
「ほう? じゃあそのやり方ってのは、どうやるのか教えてくれよ!」
男は激昂のままに右拳を、ウツロの顔面めがけて振り抜く。ウツロは手ぶらである。剣はもちろん、槍も持ってきていない。しかし、男の攻撃は蚊が止まるよりも遅かった。一歩踏み込んで左拳を先に叩き込む。魔力操作も何もない、純粋な一打。それでも二メートル近い大男を二十メートル先まで吹き飛ばす威力はあった。当然男は立ち上がれるはずもなく、仰向けのまま動かない。
「ねえ、あれ。大丈夫なの?」
「あんなド素人殺しても何の得にもならないさ。ちゃんと手加減はしてある」
女は目をしばたたかせ、ウツロの顔を見つめる。
「キリエ、だっけ? ここはお前さんの店かい?」
ウツロは、目的の店を指差す。キリエは首を縦に振る。
「なら、案内してくれないか? あいにくこういう店には疎くてね」
「もちろん。成り行きとはいえ助けてもらったしね。あなた名前は?」
「ウツロだ」
キリエは笑顔で、ウツロの手を引く。
「ようこそ、"グロッダ"へ! まずは喫茶スペースに行きましょうか」
「喫茶?」
「ここは娼館といっても、女を安売りすることはないの。まずは互いにコミュニケーションを取って、親密になるところから始めるの」
キリエに案内されるがまま、ウツロは一緒に席に座る。
「なるほど、さすがは帝都一の娼館だ。一味も二味も違うってわけか」
「その通り。いきなりお互いはじめましてで夜伽なんか迎えても、気持ち良くも楽しくもないでしょ?」
「ということは、そういうのを期待する客は何度かこの店に通わないといけないわけか」
一人当たりの客単価が上がる良いビジネスモデルである。
「そういうこと。まあ、さっきみたいな厄介なやつもたまに出るけどね」
キリエは思い出したくもないことを思い出したと、顔を歪める。
「ってことは、あれはキリエにお熱な客か」
「あっちからのアタックはすごかったよ。正直、私はあんまり好きじゃなかったけど。強引なやつで、あんまりにもくどいから一発殴ってやりたかったから、ウツロのカウンターが見れてスッキリしたわ」
自分の上客をぶん殴られてもこの調子。やはり彼女らは、自分を安売りする気はないのだろう。
「なるほど。面白いな、この店は」
「ウツロは本当に何も知らないで来たの? 私が言うのもなんだけど、ウチの店はかなり有名なんだよ? 女遊びをかじった程度の人すらも知っているくらいなんだから」
「あいにく女で遊ぼうなんて思ったことは一度もなくてな」
「へえ、案外お堅いんだね」
まじまじとウツロの体を眺めるキリエに、ウツロは微笑みを返す。
「違うさ。女は遊ぶものじゃないだろ。お人形さんじゃないんだ、ちゃんと命や魂が宿ってる」
キリエはぽかんと口を開ける。
「へえ、いい事言うじゃない。色男がさらに上がったよ。何か呑まない?」
キリエはウツロにメニューを渡す。酒を呑む気はなかったが、ここは郷に従おう。ウツロがウイスキーを注文しようと顔を上げたら、ドレスを着た壮麗な女性が立っていた。歳は三十前後くらいか。明らかに他の女性とはオーラが違うところをみると、オーナー格の人物だろう。
「キリエ、さっきは大丈夫だった?」
「うん、オーナー! ウツロに助けてもらったから平気だったよ」
キリエは飛びつくように腕を組む。
「そう。ウツロさん、先程はうちの従業員を助けていただきありがとうございました。今日はお代は結構ですので、是非楽しんでいってください」
オーナーと呼ばれた女性は深々と頭を下げる。
「いえ、お代は払わせてください。その代わりと言ってはなんですが、一点伺いたいことがありまして」
「……なんでしょう?」
「最近発生している娼婦連続殺人事件。被害者の情報がありましたら、どんな小さなことでも構いません。教えていただけませんか?」
トップが出てくるのなら話は早い。ウツロは真っ直ぐ正面突破を試みた。
「……すいませんが、私が知っているのは自分の店のことだけです。どこかの娼館に所属しているのならいざ知らず、街角に立つ個人の方の話までは耳に入ってきません」
『この狸狐が』
ウツロはオーナーの言葉が嘘であるのを、瞬時に看破した。しかし、この店で一番の権力を持っている人間には逆らえない。ここは大人しく引き下がろう。
「そうですよね。すいません、変なことを聞いてしまって」
「いえ。では、私はこれで」
オーナーと入れ替えで、ウツロは酒のオーダーを伝える。
「ウツロは、例の事件について調べてるの?」
「興味本位だけどな。今日ここら辺に来たのは、それが目当て」
「なるほどね。だから他のお客さんと雰囲気が違うのか」
「雰囲気が違う?」
テーブルに届いたウイスキーに、ウツロは手を伸ばす。
「目的が違うからかな。目がギラギラしてない」
「俺はあくまでついでに聞いただけだぜ。普通の客と変わらん」
「へえ、そうなんだ」
したり顔でキリエはウツロを見つめる。
「なら今日は楽しみましょうね、お客さん♪」
自分の発言とはいえ、こうなっては仕方ない。ウツロは一晩無駄にしたと思いながら、グラスを合わせる。
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