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第五列 ――最強スパイと没落騎士令嬢の共同戦線――  作者: 平下駄
第2章 帝都娼婦連続殺人事件
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死のにおい

【注意】この章には、R15指定に準ずる描写が登場します。ご覧になる際には、お気をつけください。

 結局この日は現場を見てまわるだけですっかり日が暮れてしまった。いくら馬車とはいえ、帝都の広さは並ではない。


「お疲れ様、二人とも。今日はこのくらいで一息つこう」

 拠点に帰って、シャコダッチの言葉に皆が同意する。

「夕食の買い出しに行ってくるから、二人はゆっくりしていてね」


 騎士服から着替えると、二人はどこにでもいる若い男女に見えた。残されたのは学生のウツロとセシリアだけになる。食事以外休憩もなかったため、セシリアはソファーに体を預けて沈み込んでしまう。一方、ウツロはシャコダッチから受け取った今までの調査記録と、ルクセンナの冊子、そして今日見聞きした情報を駆使して、犯人の"欲"について考察を行なっていた。


「ウツロ、そんなに根を詰めて体を壊さないでくださいね」

 書類をめくる音で、セシリアはパートナーが何をしているのかを察する。

「これしきのことで倒れるほどやわじゃないさ。それに、本番は深夜だからな。そのためにしっかりと睡眠も取った」

 ウツロは話ながらも一つ一つに目を通す。


『やっぱり、情報が足りないな』

 全て読み終えて、机の上に広げた資料を片付ける。先程までの行動は、当初の予定通りに動くことへの確認作業のようなもの。大した成果がないのが、むしろウツロが求めていた状況である。

 ウツロの隣には気付けばセシリアが座っていた。集中しているタイミングでソファーから移動してきたのだろう。


「お疲れ様です」

 傍に座る少女の笑顔は、いつもと変わらず輝いて見えた。

「ウツロ、実は一つだけお願いがあるのですが」

 この状況でのお願い、などと言われてもウツロには心当たりがない。そのまま無言で語りを促す。


「私にも、捜査資料を見せてもらえませんか? 特に、ルー姉が昨日渡してくれた」

 斜め上のこの発言に、ウツロは答えに窮する。別に見せるのは簡単だ。今自分の手元にある冊子を渡すだけで済む。だが、問題はその中身。念写魔法によって、克明に描写された被害者の遺体。見るも無惨、聞くも過酷な情景である。少なくとも、人の生き死を左右する現場に立ち会ったことのない少女が見て正気を保てるものではない。


 ウツロは何も動かず、沈黙で答えた。それしか、彼には出来なかった。


「私も、この事件の捜査に関わりたいんです。私だけ、何も知らないでは示しがつきません!」

 セシリアの言い分もよく分かる。現状のままたとえ事件が解決したところで、彼女が得るものは何もない。経験も実績も、全てがどこか距離のあるこの状況では、彼女の目的達成には何も影響が起こらない。


 であれば、自分から一歩踏み込まなければならないのだ。己が宿願のためには、血を流す覚悟もある。彼女の赤い瞳を見れば、それは誰だって理解できる。ましてや、最も近くにいるパートナーであれば。


『これも一つの経験か』

 ウツロは観念したかのように、セシリアの前に冊子を渡す。


「一応言っておく。後悔することになっても、後戻りはできないからな」

 そんなものは焼け石に水。ウツロの言葉にセシリアは一度頷き、ゆっくりと冊子を開こうとする。


 先程までウツロが軽やかにめくっていたページが、尋常ではないほどの重みに感じられる。これから先は、常人の理性の範疇を越えると体は直感的に理解していた。だが、セシリアはページを開く。


 そこに広がっていたのは真っ赤なバラ園、ではなかった。おびただしい量の血。地面にぶち撒けられたそれを見て、セシリアはウツロと初めに会った時の夜盗のそれを思い出す。


 あの時は三人分であったが、ウツロが最低限の殺傷で留めていたのと、自分の中での興奮が作用して暗い気持ちに襲われることはなかった。しかし、今こうして見ている写真は、そんなものとは比べ物にならない。


 肢体が棒切れのようにひしゃげ、さらには切断までされている。肩から腰にかけての長い対角線、それを受ける痛みは計り知れない。加えて、被害者の顔。恐怖と絶望で泣き叫び、声にならない声がこだまする。体ではなく、痛みで心が先に死んでいた。その上で、両目がないのだ。もうすでにその時は事切れていたのかもしれないが、自分の視神経を引きちぎられる感覚など、想像するだけでおぞましい。


 セシリアは、写真から死者の声を聞いた。幻聴であるはずなのに、女性もがき苦しむ断末魔である。それと同時に、臭いが鼻に押し寄せる。それは、血のにおいだけでない。体の外に本来出てはいけない臓物、決して人が目から流してはいけない得体の知れない液体。


 何より、それを見て背筋が凍る自分の恐怖のにおい。ただ写真を見たはずなのに、セシリアは様々な五感から信号を受け取る。その情報量はあまりにも膨大で、あまりにも酷い。そんな初めての状況に陥ったら、脳が下す判断は一つ。精神の安全装置によって、彼女の意識は脈絡なくシャットダウンされた。


『まあ、こうなるよな』

 分かりきった結末を前に、ウツロは動揺一つ見せなかった。彼は倒れたパートナーを介抱するべく、迅速な行動に移った。


   ~~~~


「ただいまー、あれセシリアさんは?」

 シャコダッチの元気な声が拠点に響く。

「遺体の写真を見たら、嘔吐して倒れました。今二階で休ませています」

 二人の騎士は目を丸くする。無論、服を着替えたウツロに驚いたのではなく、突然の急展開に。


「ウツロくんが、無理やり見せたんじゃないよね?」

「こっちだって、できることなら見せたくはありませんよ。ただ、自分もちゃんと捜査に関わりたいと言われたら断れません」

 ウツロにとって、セシリアはパートナーである。できる限り対等であってほしいと思うのは何も間違いではない。


「それでも、断るべきだったんじゃない? 現にこうして倒れているわけだし」

 ユクズリは厳しい視線を向ける。

「これも経験でしょう。いつまで経っても死体を直視できないなんて、戦場では何の役にも立ちません」

 現役の騎士相手でも、ウツロは一歩も引かない。全て承知の上での行動である。責められる謂れはどこにもない。


「まあまあ、二人とも落ち着いて。ウツロくんだって、今朝資料開くときに見せないようにしてたのはユクズリも気付いてたよね? 無配慮ではなく、ちゃんとセシリアさんの意思を尊重した結果なんだから」

 間に入ったシャコダッチの働きによって、この場はなんとか収束する。


「私、セシリアの様子見てくるから」

 足早に階段を上るユクズリ。残されたのは男性陣のみ。


「そういえば、ウツロくん。ずいぶんとおしゃれな格好しているけど、これからどこか行くの?」

「はい。セシリアのこと、お願いします。それじゃあ」

「え? それはいいけど、どこへ?」

 すでに日が落ちて外は完全に夜へ変わっている。


「この街で一番大きい娼館へ」

「……なんで? 捜査のためってこと?」

「もちろんです」

 シャコダッチは苦い顔をする。


「ウツロくん、今回の被害者はみんないわゆる"立ちんぼ"の方たちだよ。娼館とは関係ないんじゃない?」

 娼婦には、娼館に所属して客を待つタイプと、フリーで街角で客引きを行なう、"立ちんぼ"と呼ばれるタイプが存在する。一般的に後者は質が低いと考えられており、娼婦の中でも区別して避ける客もいるという。彼女らは何らかの事情のために娼館へ所属していない、もしくは所属を断られたために、街角で立って必死に客を集めている。


「蛇の道は蛇、です。シャコダッチさんは、被害者の多くは社会との交流が絶たれているとお考えみたいでしたが、人は一人じゃ生きていけませんよ」

 ウツロの見立てでは、必ず被害者のことを知っている人間が娼館の中にいる。同業の動きも把握してないようでは、この街で一番の売上を築けるはずがないのだ。どれだけ小さなネズミの動きであってもそこに差はない。


 ウツロはドアノブに手をかける。

「待って、それじゃあ馬車で」

「どこぞのお大尽じゃないですから。歩いて行きますよ」

 ウツロは一人夜の街に溶けていった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


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