手がかりときっかけ
【注意】この章には、R15指定に準ずる描写が登場します。ご覧になる際には、お気をつけください。
時間が吹き飛び、第三の事件現場に着くと、そこは周りが建物で囲まれていた。中心街とは少し離れているが、それでも先程と違い、人気も活気もあるこの場所で、どうして犯人は犯行に及んだのか。道ゆく人に明るく元気に声をかける店員がたくさんいるので、聞き込みは案外簡単に済むのかもしれない。
「シャコダッチさん。今回の被害者だけが唯一はっきりと身元が分かっている人物でしたよね?」
「うん。他の人たちは、人や社会との交流がほとんどなかったみたいで、名前すらも把握できていない。人相で捜すってのが封じられているのも大きいけどね」
それならば、とウツロは件の花屋に向かう。場所は地図で何となく把握しているので、案内は必要ない。それに、店先に立っているのに暗い顔をした人物が一人。そこが花を扱っているのであれば、聞くまでもなく目的地という確信があった。
「すいませんが、お二人は見えないところで待っていてください」
騎士の二人がいることで、緊張や悲しみがフラッシュバックする可能性を考慮したウツロの配慮である。セシリアとウツロ、側から見れば仲の良い若いカップルであれば、そんな心配もない。
「すいません、少し見ててっていいですか?」
「……ああ、好きなだけ見てきなさい」
被害者の母親は、どこか遠くを見つめているように見えたが、さすがは商売人。客前となればしっかりと意識を切り替えている。セシリアは店頭にあった、紫色の星形をした花弁のついた花を愛でる。
「いい匂いですね」
その花からは、どこか甘い香りが漂っていた。
「それは、リューココリネ。ちょうど今の時期が旬の花で、娘も好きだったのよね」
いきなり聞きたかったところに一足飛びしたため、ウツロは少し頬が緩む。
「娘さんはどんな方だったんです?」
「目が綺麗な子でね。いつも太陽みたいに笑っていたよ。……本当に、親バカかもしれないんだけどね。よく働いて気立ての良い看板娘だったさ」
「そうですか、それは自慢の娘さんだ。今いらっしゃらないようですけど、写真とかありますか?」
母親は、左の胸ポケットから大事そうに一枚の紙を取り出して、ウツロとセシリアに差し出す。
写真には、たくさんの花に囲まれながら天真爛漫に笑う女性が写っていた。
「綺麗な方ですね。目元の辺りがお母さんによく似てます」
「そうかい、ありがとうね」
母親のセシリアに対する表情は、どこか物憂げである。
「じゃあ、このリューココリネを一本ください」
ウツロは買い物を済ませ、セシリアと一緒に退店する。振り返ることはなかったが、眼光は一段と鋭くなっていた。
~~~~
「もう現場見学は十分でしょう」
ウツロの言葉に、騎士二人は顔を見合わせる。
「もういいんですか?」
ウツロは、花屋を出たあとに二、三軒店で軽く聞き込みを済ませただけ。
「ええ。どうして人通りの多いこの場所を選んだのかという疑問は解消しませんでしたけどね」
「何か役立ちそうな情報はあった?」
「被害者の容姿と性格ですかね。美人で明るく、愛想がある。親子仲も順調」
セシリアはウツロの顔を覗き込む。
「それが犯人への手掛かりにつながるんですか?」
「犯人の趣味嗜好は分かりそうだ。ターゲットの共通点が見えれば、事前に手を打つのも可能になるからな」
ウツロは今回の犯人の動機。なぜ娼婦を中心に殺すのか、どうして殺した後に目玉を持ち帰るのか。そこには犯人の"こだわり"とも呼ぶべきものが深く影響していると踏んでいる。あまりに合理的でない、狂気的な犯行であればそれも当然だが、この荒れ狂う理不尽な暴風雨のような悪辣さにも、当人にしか理解できない理屈があるはず。現品限り一点物の論理でも、それを突き止めなければならない。
狩人の顔を持つウツロは、この点をとにかく重視していた。山での攻防戦は、その獲物の習性を知るところから始まる。どの獣道を歩き、どこの水場で喉を潤し、どんな住処を寝床にするのか。それが分かってはじめて、狩人は有利性を築くことが出来る。狩りの構図に持っていけるのだ。
「さて、それじゃあこの後はどうするかい?」
ウツロはこの二つの現場しか見なくていいと宣言しているので、拠点に戻るのに一票。一方セシリアは、
「せっかくなので、現場は全部回りませんか?」
時間的にも余裕があるのであれば、ウツロも反対する道理はない。
『どこまで意味があるんだかな』
おそらく他の殺人現場は、第一のものとさほど変わらないだろう。もはや殺人のマニュアル化、ルーティン化が済んでしまった現場に、大して痕跡が残っているとも思えないからだ。移動中の馬車、ウツロは十分睡眠を確保出来たので、はじめての覚醒状態といえる。
「お二人は、どうして騎士を目指されたのですか?」
セシリアの興味津々な瞳とは対照的に、ウツロは流れる車窓の景色を眺める。
「僕は、家の関係かな。長男っていうのもあって、小さい頃から騎士をずっと目指していたんだ」
それは選択肢を取り上げられていただけではないのか、などというつまらぬ話は誰も口にしない。他国のウツロも、家を継ぐということの重みはきちんと理解している。
「私は憧れの人がいたから、かな」
ユクズリは頬を少し赤らめる。
「私、平民の生まれで、実家は牧場を経営しているの。山沿いにある小さな村にあって、自然しかない場所でね。嫌いじゃないんだけど、退屈な日々が多いところかしら。でも、あるとき村が平和でのどかな空間じゃなくなった時期があった」
ウツロもユクズリの方へ視線を向ける。
「近くの山から野犬が大量に村へ降りてきたの。どうやら、魔獣が頭を務めているみたいで、野生の動物とは思えないくらい統率された動きで村全体が大打撃に見舞われて。あの時は昼も夜も関係なくて、外にも出られないから、家族みんなが一ヶ所に集まって難を逃れていたっけ」
まるで嵐に巻き込まれたようである。
「そんな危機から村を救ってくれたのが、騎士団の人達。当時、私たちの村にいち早く駆けつけて、事態の収拾を図ってくれた隊長さんには今でも頭が上がらないわ」
「その方が、ユクズリさんの憧れの?」
「うん。サイホット・テトオワさんって方でね。私が騎士団に入ってからも色々お世話になったよ」
ユクズリのどこか懐かしむ口調に、ウツロは違和感を覚える。
「テトオワさんは、今どちらにいらっしゃるんですか?」
「……騎士団を退団されたわ。平定戦争での、名誉の負傷で」
セシリアの言葉に、ユクズリは落ち着いた物言いで返す。馬車の中が静寂に包まれる。皆がユクズリの気持ちを考え、同情しているからだろう。
一方、ウツロは全く別のところに疑問を感じていた。戦場で負傷した騎士が、なぜ生き残っているのか。ウツロは目に入った敵は皆殺しにした。その自信もあるし、リトガルトの戦士はその方針で皆が戦っているはずである。
にも関わらず、五体満足な状態ではないとはいえ、前線に赴いた騎士が今もこの国で生活を送っている。単純に取り逃しただけであれば話はそれで終わりであるが、自分を含めそんな詰めの甘いことをする戦士は、リトガルトには皆無だろうに。
馬車の中は、憐憫と懐疑が混じり合う奇妙な空間になっていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
ブックマーク、評価いただけると幸いです。




