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第五列 ――最強スパイと没落騎士令嬢の共同戦線――  作者: 平下駄
第2章 帝都娼婦連続殺人事件
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定期報告

【注意】この章には、R15指定に準ずる描写が登場します。ご覧になる際には、お気をつけください。

『あんなのが指導者になれば、リトガルトなんてすぐ攻略されるだろうな』

 ウツロはセシリアと別れ、自室に帰る途中。道すがら、先程の彼女の発言を思い出す。ウツロが感じた凄みは、彼女が敵に対して敬意を払っていることに起因している。勝者であるとはいえ、サンセベリアの人間からしたら、リトガルトなど未開の野蛮人。


 そんなやつらに屈辱的な敗北を味合わされてなお、冷静にそれを手本にして再び立ち上がろうというのだ。攻められる方としては恐怖でしかない。あれは不屈を三日三晩煮詰めた固形物だ。静かに語ろうと努めてはいたが、その温度までは誤魔化せない。敵将として一番戦いたくないタイプが目の前にいたのだから、ウツロとしても嫌な気分しかしなかった。


 だがそれは今は置いておこう。目下の課題は明日からの現場実習。流れで資料はウツロの手元にあるが、彼はこれをセシリアに見せるのは躊躇った。まだ死も知らない幼子に、これを見せるのは早すぎる。階段をいくつ飛び越えているのか、彼はひとまず伏せることにした。明日になればそうも言ってられないのかもしれないが、出来るだけ血生臭いものはセシリアから遠ざけよう。彼女の絹のように柔らかで真っ白な心を、ウツロは穢したくはなかった。


「どうした、怖い顔して」

 自室の扉の前で立っていると、ガッツも帰ってきた。

「別に、明日から小旅行なんで荷物をどうしようか考えていたところさ」

「旅行?」

 何言ってんだか、と言わんばかりのガッツに、ウツロは手短に現場実習のことを伝える。


「そうか、まあ頑張れよ。礼儀正しく、これだけは心がけておけ」

 ウツロは単に騎士と同行するだけであることを話す。ルクセンナの考えも、事件の名前も伏せる。


「相手は正真正銘の騎士様だ。あくまで俺たち騎士見習いは、粗相なくやれよ」

 ウツロがそんな殊勝な性格でないことをガッツは理解していたが、友である以上出来ることだけはやってやろう。


「やっぱり、気難しいやつらばかりなのか?」

「そうでもないさ。多分だが、学校側の申し出を引き受けている時点で話の分かる人たちだろう。だが、それと無礼な態度は別の話さ。お前は力もあるんだから、墓穴だけは掘るなよ」

 ウツロの実力なら、騎士に勝てるとまではいかなくても良い勝負くらいはできるだろう。だからこそ、それを面白くないと受け取られる危険性を、ガッツは心配していた。


「了解。まあセシリアがいるのなら大抵のことはどうにかなるだろ」

「……まあ、そうかもな」

 ウツロに言われて、ガッツも同意した。セシリアは腐っても公爵家の人間である。今一時的に爵位を剥奪されているといっても、それに面と向かって刃向かえるような人間は少ない。それとは別に、彼女のあの性格もある。


 セシリアは決して敵をつくるタイプではない。慈悲深い彼女の性格と、あの赤い瞳を前にしたら、どんな人間でも穏やかになってしまう。ウツロにはない強みを彼女は持っている。


「何だかんだ、お前たちって相性いいんだな」

 ガッツの言葉はウツロには届かない。彼は明日に向けて少ない持ち物を整理しているところだった。


『待てよ、そういえば明日は……』

 スパイは、月に一度の重要タスクの存在を今思い出していた。


   ~~~~


 翌日の早朝。ウツロはいつもよりもさらに早い時間に目を覚ます。現場実習が不安で、寝付けなかったとかいうことではない。彼は今日、定期報告をリトガルトに向けて送らなければいけなかった。ガッツを起こさないように慎重に部屋を出て、日課のトレーニングに行くように何食わぬ顔で共同墓地の前に向かう。


『誰もいないな』

 結界魔法や索敵魔法、そして目視による念入りな確認を済ませた後。ウツロは指笛を空に向かって吹く。朝焼けにもまだ早い、もっとも暗い時間帯。ウツロの口笛は決して大きな音ではなかったが、何にも遮られることはなかったため、天高くまで届く。


 暗い空を雲を切り裂いて、急下降する青い物体。それは、ウツロの肩に墜落するように止まった。どちらかというと、肩めがけてという方が正しいのかもしれない。


「いつも言ってるだろうが、もう少し静かに着地しろ」

 その正体はツバメだった。主人に着地を全て任せたこの使い魔は、青の一族に古くから仕え、物資の運搬や情報の伝達を担っている。二十センチにも満たないそれは、主人の文句など聞く耳なし、というようにのんきにくちばしで羽繕いをしていた。


「相変わらず態度だけはデカいな。まあいい。悪かったな、ヒキャク。こんな早い時間に」

 ウツロはツバメを自分の左手に乗せて、足についた袋を開く。その袋に入るのはせいぜいビー玉一個くらいの大きさであるはずなのに、ウツロは何十枚と重ねた分厚い紙束を、その袋口に近づける。すると、ウツロがしたためた報告書たちは、吸い込まれるように手元から綺麗さっぱり無くなっていた。


「こいつを司令のところに頼む。寄り道は使いが終わってからにしろよ」

 ツバメは主人の言葉に頷くでもなく、再び大空へ帰っていった。

「飛ぶのはあんなに上手いのに、なんで着地はああもお粗末になるのかね」

 これから一月に一回彼の手を借りることになるのだから、一刻も早くその悪癖は解消してほしいと心の底から願うウツロだった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


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