秘密主義のワケ
【注意】この章には、R15指定に準ずる描写が登場します。ご覧になる際には、お気をつけください。
とはいえ、ウツロとツミキの戦いは授業の一環で行われたこと。残念ながら余韻に浸る間もなく生徒たちは授業に駆り出される、はずだったのだが、ツミキもウツロも周りの被害など全く考慮せずに戦ったため、訓練場は前衛的にも見える氷像、もといツミキの氷が占拠していた。そのため氷の撤去のために授業は一時中断となる。
ウツロとツミキはガッツたちと合流する。
「ウツロ、大丈夫でしたか?」
「見ての通りだな」
真っ先に心配の声をあげるセシリアに、ウツロはいつも通りの姿を見せる。
「二人とも、派手に暴れすぎじゃないか?」
「勝手に共犯にするな。どう考えてもこいつだけの責任だ」
「ウツロがジタバタせず、さっさと魔法を使っていればここまでひどくはなってなかったでしょうに」
一戦終えた後だというのに、すぐに第二ラウンドのゴングが鳴り響きそうな雰囲気である。
「ツミキ、無事ですか?」
赤の学徒であるサーシャは、別の場所から試合をを見ていた。
「この通りね。体の方は無傷だけど、プライドの方は傷ついちゃったわね」
「あんなので折れるタマでもないだろ」
鼻で笑いながらウツロに対して、ツミキは視線を向ける。
「家に代々伝わる属性魔法が破られたのよ。流石の私でもへこむわ」
確かに珍しく雰囲気にトゲがない。穏やかというよりしおらしい。
「そんなに自信作なら、名前も付いてるの?」
名前は重要な意味を持つ。魔法に名前を付けるとは、それは完成を意味する。未熟な状態で名前を付けると、そこから先に成長はない。故に、彼らは名前を付けることにひどく敏感である。取り返しのつかない事態に陥らないよう、細心の注意を払う。属性魔法にしろ固有魔法にしろ、完成には名前を伴う。名前がついた魔法を持つものは、それだけで一流の証明でもある。
「ええ。一片氷心、私たちの一族は代々この名前を受け継いでいる」
その重みは、強者であればあるほど痛いほど理解できる。己が繋がれたバトンをいつ完成と見定めるか、大抵それは状況が決める。誰が言うでもなく、自分の中でここが頂点であると、自ずと察する。故に、心の底から名前を付けようと思った時は、間違えることがないのだ。この中でツミキ以外に"名付け"の経験があるのはウツロだけ。彼は黙って耳を傾けている。
「ということは、あれがツミキの"朔"ってわけだ」
魔法の到達点は、二つの境地が存在する。属性魔法を極めた先の"朔"、固有魔法を極めた先の"望"。どちらも夜に浮かぶ月になぞらえたものであり、魔法を使う者皆がこの境地を目指す。完成した魔法は、属性だとか固有だとか角張った名称ではなく、洗練された名前を与えられている。これもまた、"名付け"の一つと言えるだろう。
「なんかそう聞くと、ツミキってすごいね。そりゃ、強いのは聞いてたけど、実際ああいう風に見せられると」
言葉が纏まらなかったのか、フミリスはそこで言葉を切る。
「まあ、どっかの誰かさんに簡単に破られちゃったけどね」
ツミキは実に悔しそうに呟く。顔もそっぽを向けて表情が見えない。
「そういえば、ウツロはついに属性魔法を使いましたね」
「デュエットでも頑なに使おうとしなかったのに」
セシリアとサーシャの言葉で、ウツロに注目が集まる。
「使わなくて済むのなら、それで済ませたいからな。ギルバート相手には、際の際まで使わなくても十分だと判断しただけ。まあ、ツミキ相手には流石にそうも言ってられなかったわけだが」
こちらもこちらでどこか苦い顔をしている。
「なんで、ウツロはそこまで魔法を隠したがるんだ? 別に使わなくても勝てる、としても使った方が楽に勝てるだろ?」
ガッツの問いはウツロとしては意味がないものだった。
それは、彼らとウツロは前提条件が異なるからである。ウツロは、敵国のスパイである。もし正体がバレたら、この国にいる人間は瞬く間に全員敵に立ち替わるのだ。もし戦うのを想定するのであれば、当然自分の情報は伏せた方が良い。敵国の人間としては当たり前の価値観である。しかし、それをここで堂々と話せるわけでもない。
「いつ誰とどこで戦うことになるか分からないだろ? だったら切り札は多いに越したことはない」
とりあえず、姑息な言い訳を口にする。
「でも、それだとどこで協力することになるか分からないでしょ? 私たちみんな卒業したら騎士団に入るわけだし、自分の能力が知られている方が連携とかは便利だと思うけどなぁ」
フミリスの至って正しい正論に、ウツロは顔を曇らせる。
『んなこと、俺だって分かってるよ』
あくまでそれが自国の中で、自国民しかいない状況ならその通りだろう。
「色々あるんだよ。俺は見知らぬ他人を簡単には信じられないタチなのさ」
「へえ、ウツロにしては可愛いこと言うじゃない」
このやりとりの中で、いつの間にかツミキが元気を取り戻している。さては、他人の弱味を見つければ自分の傷なんてそっちのけで楽しむタイプだな。
完全にウツロが劣勢に立たされたところで、授業の終わりを告げる鐘が鳴り響く。ウツロにとって、それは救世主であった。
「よし、授業は終わりだ。なら解散だ、解散」
しっしっと手を振って、自分の囲みに穴を開ける。いち早く着替えに向かって逃げていった。
「ウツロって、自分のテリトリー外の人間にはめちゃくちゃ厳しいよね」
「中に入れた人間はかなり甘めですけどね」
ツミキとサーシャは笑みを浮かべている。
「他人に対して、なんであんなに警戒心が強いんだかな」
「でも、私たちは敵じゃなくてよかったよね。ああいうのが一番厄介だろうし」
「違いない」
その場にいた五人は、優しく微笑んでいた。スパイの背中を見ながら。
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