一年生最強決定戦
【注意】この章には、R15指定に準ずる描写が登場します。ご覧になる際には、お気をつけください。
二人の強者は笑っていた。これまで自分たちが満足に力を発揮できる場面など、入学してから一度も訪れなかった。男は自分に枷をつけているため、女は受け止めてくれる相手がいないため。互いに孤立無援、戦場に立ってしまえば味方などいない。強者は孤独であった。その孤独を今、分つものが目の前に現れた。何というか幸福、何という僥倖。氷は熱を帯び、青は地を駆ける。
『ツミキは、あんな風に笑えたんだ』
パートナーであるサーシャは、いつも隣で凛とした彼女の横顔を思い出す。ときどき表情を崩すことは、確かにあった。だが、今の彼女は目も歯も溢れんばかりにむき出しである。まるで別人のように満足な顔をしている相棒を見て、彼女は少し後ろめたい感情を覚える。
一方、それに相対する男も気炎を吐いて、氷上を舞っていた。かつて自分が見初めた男。声を掛けても、すでに相手が決まっていたため、にべもなく振られてしまった相手。あの時は、酷く堪えた。
自分は誰かと組む価値もない人間なのか、そう絶望の淵に沈んでいた自分を、清廉潔白に引き上げてくれた恩人。氷のようだと周りから評されるが、サーシャにとって彼女は常に一貫しているだけ。ただ自分に失望しないために、自分が正しいと思う道を歩む。諦めることを知らずに真っ直ぐ開拓していく彼女の強さに、いつしかサーシャは憧れるようになった。
『そうか、だから私は彼を』
そして今、自分が一目惚れをした男もまた、己が道を猪突猛進突き進んでいた。二人は決して振り返ることはない。そう確信できるほど、芯が通った強さを持っていた。
ツミキは今、最高潮に達していた。何も気にせず相手を倒す。手加減など微塵も考えずに力を解放できるこの感触を、いつまでも味わっていたかった。ただ一つだけ、気に食わないことがある。それは目の前の男の態度だ。ツミキがこれほど存分に属性魔法を出しているのに、ウツロはおくびにも出さない。対等であると考えているのは、孤独を分け合うことができると思っているのは、自分だけなのだろうか。そんな思いが、彼女の神経を逆撫でしていた。
一瞬の気の緩み、怒りともいえる感情を表に出しそうになった氷の女王に、はじめて生まれた隙。辛抱強くそれを待っていたウツロは大きく踏み込む。ようやく自分の距離に侵入した。あとは、溜まりに溜まった鬱憤を解放するだけ。互いに二人は怒りをぶつけ合う。この戦いではじめて刃が交わされた。
『もうあの時とは獲物が違うんだぜ!』
ウツロはツミキへどんどん間合いを詰める。彼の槍捌きを見た生徒たちは、衝撃のあまり目が離せなかった。彼らはそもそも槍なんて見たことがないレベルである。槍はその長い柄が特徴であり、間合いが広いのが利点だ。その長さゆえに、剣よりも遠い間合いで攻撃することが出来る一方、その長さが逆に近接戦では取り回しの悪さにつながる。
という風に思われがちだが、そうではない。槍の柄を短く持つだけでその欠点は解決する。何より、柄を余すことなく使うことで槍は円を描くような斬撃すらも可能にする。首や胴で回し、上下どころか左右自在に斬撃を加える。剣にはない圧倒的な手数の多さと斬り込みの自由は、馴染みがない者にとってはもはやそれだけで魔法である。当然、いくらツミキが強者であると言っても、初見でウツロの槍を防ぐのは到底不可能。
勝負は一転、ウツロが優勢を取った。
「五倍は強い、ってのは嘘でもないらしいな」
ガッツは手に汗握りながら、ウツロの朱槍の先を見つめた。その軌道は大空を飛び回る燕のように縦横無尽。とても目で捉えきれるものではなかった。
こうなると、ツミキは再び距離をとって立て直すしかない。しかし、生半可な後退をウツロが見逃す訳はない。
「あれだけの攻撃を繰り出されたのなら、ツミキは防御に手一杯で、魔法を出す余裕もないね」
フミリスの見立ては、その場で見ていた全員が感じていた。魔法とは、高い集中力で魔力を集めないと発動できないものである。熟練者ともなれば、歩きながら走りながらでも繰り出すことは可能になるが、今のツミキの状況はそれには該当しない。
本気でウツロの太刀を防がなければ、斬られて終わり。そんな極限の状態で集中力を保てる筈がない。それに、魔法には予備動作が必要だ。予備動作はいくつかあるが、代表的なものは詠唱や特定動作である。特定動作は、指を鳴らしたり紋様を刻んだりなどルーティン的に行われる、事前に設定された行動のことを指す。
ツミキが氷を生み出す際に、剣を振ったのがこれに当たる。しかし、今彼女はウツロと絶賛剣越しに睨み合い中だ。そんな攻撃に不必要な動作は選択できないし、そもそもウツロがさせる気がない。
「これはこのまま勝負ありだな。ツミキが魔法を使えるのならまだ逆転の目もあったが、あれだけくっつかれてるのなら予備動作を取る暇もない」
ガッツの言葉は、残念ながら二人には聞こえない。それが俯瞰的に見た第三者の正当な判断であっても。しかし、ウツロも同じことを感じていた。このままいけば、前の組手の再現になるだけ。どこか寂しさを感じつつも、彼は攻撃の手を緩めることはない。
『やむを得ないか』
ツミキは左手に力を込め、ウツロの槍を僅かに押し返す。ウツロが聖剣に意識を向けたその瞬間、ツミキから膨大な魔力が発せられる。先程の氷塊を生成していたときよりも、さらに強い魔力であった。いかにウツロといえど、これには反応出来なかった。
次の瞬間、彼は瞳を閉じることすら禁じられた。視界がどこか青みがかって見える。そこでようやく自分の状況を把握する。ウツロはツミキの魔法によって、全身を氷漬けにされたのだ。
突然の変化に、観客たちもざわめく。
「マジかよ、詠唱破棄! そんな大技も使えたのか」
ガッツの声に皆も同意した。詠唱破棄とは、魔法を予備動作を行わずに発動させる技術である。本来必要不可欠なものを無視するため、当然誰でも使えるわけではない。長い鍛錬と、それを実現できる膨大な魔力量や、制御技術が求められる絶技である。それを学生が、ましてや一年生が使ったのだ。汎用魔法の深淵とも呼ばれる領域に、ツミキはすでに達していたのだ。
彼女は生きた像となったウツロの顔をじっと見る。
『これでもまだ、あなたはカードを伏せるの?』
"決着はついた"そう考える観客とは裏腹に、戦場の乙女は剣を納めない。
瞬間、ウツロを封じ込めた巨大な氷柱に、亀裂が走る。その音はとても鋭く、山一つ離れても鮮明に聞こえそうなほどに澄んでいた。もちろん観客たちは即座に視線を戻し、また顔に力を入れる。
音を聞いたツミキは、反射的に大きく飛び上がり距離を取った。彼女が地面に足をつけたそのタイミングで、氷は四方に爆ぜた。そして中から出てきたのは、目をぎらつかせた男。ウツロ・ダコバトトは全身に青い炎を纏って、刹那の眠りから目を覚ました。
『やっぱり、あの時の炎は』
ツミキは、デュエットで見た光景を思い出す。一瞬見えた炎は火花でも錯覚でもなく、この男が出したものだった。
「それがあなたの属性? ずいぶんと綺麗な炎ね」
「お褒めに預かり光栄だな。綺麗すぎるもんだからつい出し惜しみしちまうのが玉に瑕なんだ」
ウツロの言葉に力みはない。むしろ有り余るくらいの余裕が感じられた。
「へえ、それは楽しみね。こっちは長いこと待たされたんだし、せいぜい張子の虎じゃないことを祈るわ――」
言葉を言い切る絶妙なタイミングで、ツミキは氷を展開した。
先程よりも氷の大蛇は勢いを増してウツロに噛みついてくる。しかし、彼はそれに対して回避を取ることはなかった。ただ悠然と槍を構えて突撃する。あまりにも先程と対応が違う。ツミキはさらに警戒度を上げる。
ウツロは槍にも炎を纏わせ、そのまま氷柱に突き刺す。
『その程度の炎じゃ、私の氷を砕くことは不可能よ』
ツミキには絶対の自信があった。
彼女の属性魔法は、一族の皆が同じ特性"氷"を発現しており、脈々と受け継がれてきたものである。属性魔法は先天的な要素に大きく左右されるため、このような例は何も珍しくない。セシリアだって、家は代々"炎"を継承してきた。つまり、この属性魔法もまた、聖剣と同じくその家の代名詞である。今はもう滅びたとしてもカトレ王国の王族として、スペチアーレの者として、この氷には絶対に折れない誇りが宿っていた。
それを、ウツロはいとも簡単に貫いた。先程まで炎を使う前までは切り裂くのがやっとで、破壊や粉砕には至ってなかったのに。最強の矛であり、盾である氷を破られたのであれば、ツミキに打つ手はない。彼女は地面にあっけなく倒され、首元に槍先を向けられる。
「やっぱり、同じ土俵に立てば結果は変わらないみたいね」
観念したように剣から手を離すのを見て、ウツロも槍を納めた。
「楽しかったぜ。まさかこんなに早く属性をお披露目することになるとはな」
ウツロの声には満足と後悔の二つの感情が入り混じっていた。ウツロが手を差し出し、ツミキがそれを取る。二人が立ち上がったところで、決着がようやくついた。
観客たちは、突然の幕切れに言葉を失った。結果だけ見れば最後に魔法を使用して、ウツロが再逆転。しかし、それまでの過程で驚くべき攻防があったのは、この場の全員が証人である。一年生最強決定戦は、こうして幕を閉じたのであった。
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