初陣
【注意】この章には、R15指定に準ずる描写が登場します。ご覧になる際には、お気をつけください。
すっかり夜も更けた頃、ウツロは寮の自室に帰ってきた。鼻唄混じりで明らかに上機嫌。部屋の中にいたガッツは、同居人を迎えるために読んでいた本から顔を上げる。
「遅かったな、ウツロ。夕食はとうに過ぎたけど大丈夫か……」
ガッツは目を丸くする。ウツロが手にしていたのは、柄の部分が真っ赤な槍だった。
「ああ、カッセンドっていう役人が気前よく奢ってくれてよ。良い店だったぜ」
「お前、その槍はなんだ?」
ガッツの動揺を感じ取って、ウツロは賭けの払い戻しから丁寧に説明を始める。
「なるほど、つまりそれが十二億になったと」
話は理解したが、不満気な様子でガッツは槍を眺める。
「良い槍だろ。ようやくあのナマクラ刀とおさらばできる」
「お前、騙されてないか? こんな槍なら別に十二億もしないで簡単に手に入るぞ?」
「そいつはただの一級品の槍、じゃないからな。聖剣と同じくちゃんと権能も持ってる」
「何? 剣以外で権能を持つ武器があるのか?」
やはりガッツも貴族の文化で育ってきた人間である。そもそも聖剣しかありえないという価値観が自然に構築されている。
「世の中広いからな。そういうのもある」
「こいつは機能だけ見れば、聖剣の変形版ってことか」
なら十二億の代わりになるか、という風な顔でガッツも落ち着く。
「しかし、またお前はめちゃくちゃやりやがる。この世界で剣ではなく、槍で戦うってのはどういう意味か分かってるのか?」
「もちろん。俺が"聖槍"を広めてやるよ。それなら文句ないだろ」
本来の武器に持ち替えた今、ウツロは負ける気など微塵も湧いてこなかった。その気迫を感じ取ったのか、ガッツは少し身を引いた。
「……ところでお前、槍なんて使ったことあるのか?」
貴族のガッツにとっては見るのも珍しい代物。はっきり言って使い方もよく分からないのだろう。
「言っとくが、槍を持った俺は剣を持っていた時よりも五倍は強いぜ」
「冗談だと思って聞き流しておくよ」
今ですらべらぼうに強いウツロが、さらに強くなる。ガッツには信じ難い話だった。一方、当の本人は誇張のない事実だと認識している。
『これで戦闘面での不安は完全に無くなった』
聖剣を獲得する以上の収穫に、ウツロは胸を躍らせながら眠りについた。
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翌日、ウツロの槍の話は瞬く間に校内に広がった。剣ではなく朱槍を持った男。しかも、それがあのギルバート・クルセーダを倒したその人。伊達や酔狂でやっているとは、皆も言いづらい雰囲気だった。
当然朝のトレーニングで、フーケリーは度肝抜かれた顔をしていた。一方パートナーであるセシリアは、
「赤い槍が、ウツロの青い髪にピッタリですね!」
などと言ってむしろ喜んでいた。彼女は唯一ウツロが槍使いであることを知っている、という点を考慮しても、この反応はあまりにも能天気に映る。
座学ではいつも以上に視線を集めていたが、それよりも注目は実技の時間。ウツロが見慣れない武器を持っていることもあったが、それだけが理由ではなかった。今日からは新しい授業"総合"が開始される。これまでは"剣術"や"魔法"のように戦闘に関する要素たちは個別に扱われてきた。
しかし、デュエットという実戦を皆が乗り越えたところで、より本格的な授業内容に切り替わったのだ。基本的には、前の授業と変わらない。ただ相手を自由に選んで組手を行う。もっとも、戦いの規模やスケールが大きくなるため、半分が組手半分は見学という形になる。
そして、今一年生の誰もが注目するカードが始まろうとしていた。ウツロ・ダコバトトVSツミキ・スペチアーレ。入学試験からその頭角を表し、両者ともにデュエットで圧倒的な実力を出し切る前に終わった二人。間違いなく、一年生最強はこの二人のどちらかというところまで皆は議論を進めていたが、どちらが強いのかは決着がつかなかった。それが、今から証明されるのだ。互いに文字通り枷はない。武器に関しても、ウツロはとうとう後れを取ることもなくなった。
「いよいよだな、あの二人の本気の対決」
ガッツ、フーケリー、セシリアはその様子をじっと見つめる。
「どっちが強いんだろうね。ツミキの実力も結局デュエットじゃ見えなかったし」
「ツミキはどんな風に勝ったんですか?」
ベッドで寝ていたセシリアは知る由もなかった。
「開始いきなり属性魔法をぶつけて終了」
「瞬きしてたら、相手が動けなくなってるんだからびっくりだよ」
二人の話を統合すると、圧勝したということだろう。セシリアはウツロの横顔に注目する。楽しそうに笑みを浮かべる男は、何を思っているのやら。三人以外の生徒たちも、この世紀の一戦を固唾を呑んで見守る。
「思ったよりも早かったな」
二人の強者は互いに笑う。
「そっちの方がいいじゃない。格付けなんていつまでも放っておく方が居心地が悪い」
「違いないな」
二人は口元は笑っているが、視線は激しくぶつかっている。
「ところで、その槍はまさか虚仮威しじゃないでしょうね?」
「安心しな。前の五倍は強くなってるから」
「そう、なら楽しみね」
二人が社交辞令を済ませたところで、教官から開始の合図が告げられる。
先に動いたのは、ウツロの方だった。真っ直ぐ勢い良くツミキの下に飛び込む。いくら剣から槍に持ち替えて間合いが伸びたからといっても、所詮は接近戦を仕掛けるしかない。ツミキの戦闘スタイルについてウツロは全く情報がなかったのも、彼に攻めの一手を選ばせていた。
『真っ直ぐ来るか』
ツミキは冷静にウツロの動きを見定める。以前の模擬戦よりも明らかに身のこなしは疾い。だが魔法は使用していない。単純に魔力操作をより機敏に行っているだけ。
『またそれか』
ツミキはため息を一つつく。徹底してカードを伏せるウツロに対して、ツミキは手札を見せることに決める。彼女はウツロが懐に入る前に剣を勢いよく縦に振る。当然その剣は空を斬るわけだが、その剣先から突然大量の氷が展開される。それは、ツミキの指示で氷の大蛇がウツロへ飛びつくような光景だった。目の前に突如として広がる氷に、ウツロは後退を命じられる。
『なるほど、ここまでお似合いの属性魔法とはな』
かつて自分が彼女に感じた第一印象は、見事に的を射ていた。ウツロが後退してからも、ツミキの氷は止まらない。海が波立つよりも鋭く、氷柱がウツロを追いかけてくる。遠距離攻撃という意味では、セシリアの火球と同じ部類だが、威力が桁外れである。
加えて、氷が波打つように展開されるため、火球のようにかわしてから簡単に近づくといった対処も取れない。しかも、氷が消えることはない。このまま避け続けているだけだと、ツミキの周囲以外が全て氷で覆われ、ウツロもいつか氷漬けにされてしまう。
ならば取るべき行動は一つである。ウツロは槍に魔力を流して、氷を力一杯何とか切り裂いていく。このまま道をつくって、ツミキに攻撃を当てる。最短距離を突っ走りながらも、時には攻撃を躱すために進路を横に曲げる。
「あれを避け続けられるのは流石だな」
「でも、あの調子で近づけるのかな? 氷を砕くのばかりに魔力も使ってられないでしょ?」
『ウツロ……』
パートナーは祈るように力一杯手を組んだ。
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