呼び出し
【注意】この章には、R15指定に準ずる描写が登場します。ご覧になる際には、お気をつけください。
デュエットの翌日。放課後、ウツロは一人で校舎内を歩いていた。セシリアは魔力炎症のために欠席。今まで当たり前のように二人で行動していたため、どこか落ち着かない感じがしてならない。明日には回復していることを願おう。
「ウツロくん、ちょっといいかしら?」
聞き覚えのない声に、ウツロは怪訝な顔をして振り返る。そこに立っていたのは、澄んだ青い瞳をした銀髪の女性。初対面であったが、ウツロはその顔と名前を知っていた。ルクセンナ・バルバロット、その役職は。
「これは生徒会長。私のような者に一体何の御用で?」
良くも悪くも、ウツロの方には全く心当たりがない。
「そう構えないで頂戴。別に取って食いはしないから。立ち話もなんだから、ついてきて」
面識はないにも関わらず、ウツロはルクセンナに素直に従う。それは彼女の柔和な雰囲気がそうさせているのだろう。強い意志は宿しているものの、決して苛烈さはなく周りの人間を自然と応援、鼓舞するような温かさ。こんな言い方は不適切かもしれないが、ツミキが人に対して配慮が出来るようになったら、こんな風になるのかも。
見目麗しい彼女が案内したのは「生徒会室」。中は白を基調としながらも、中央にはアンティーク調の装飾が施されたダークカラーの長机。奥にはウッドデッキが設置されており、そこから温かな日差しが入ってくる。デザインやインテリアの主張の無さが、ウツロからすると逆に緊張感を生んでいるように思えた。ここなら誰の目にも邪魔されることはないだろうが、話しづらさは大して変わらない気がする。
「あら、ナタ。早いわね。あなたも一服どう?」
会長が声をかけたのは、生徒会役員の一人だろう。机に突っ伏している彼女は声を出さずに、視線だけで返事をする。どうやらティータイムはウツロとルクセンナの二人だけらしい。
ウッドデッキに出ると、ウツロは慣れないティーセットの前に座らされて、紅茶を勧められる。右手でカップを持ち上げて一口。彼は紅茶などほとんど飲んだことがないため、茶葉の良さなど分かるはずもなかった。
「昨日はお疲れ様。まさかチェンジを宣言した上で勝つなんてね」
「あんまり褒められたやり方ではないでしょうけどね」
大方の貴族連中の感想だろう。
「それは、あの一戦の重みを知らない部外者の言葉ね。公爵家同士が、己が誇りを賭けて死力を尽くして争っていた。過程でなく結果が何よりも重視されるべきだわ」
「結果がついてくるのであれば、卑怯な手段を取っても許されると?」
「あれのどこが卑怯なのかしら。大勢の生徒が見ている中、しかも審判まで立ち会ったあの状況で、問題行動があればその場で即対処されていたでしょう」
目の前の人間が味方であることが分かり、ウツロも警戒態勢を解く。
「ずいぶんと、こっちに肩入れしてくれるんですね。もしかして、セシリアの知り合い?」
「ええ。私の家が彼女の家と古くから付き合いがあってね。ギルバートくんと前衛で戦うって聞いたときはヒヤヒヤさせられたわ」
ここにもセシリア応援団の一員がいたようだ。
「本人たっての希望ですからね。無下にするのは悪いでしょう」
「ウツロくんは接近戦が好きそうなのに、それを譲るなんて。パートナーを組むにあたってちゃんと"事情" は理解しているのよね?」
ウツロは小さく頷く。
「まあ、セシリアが言わなくてもクリス辺りが伝えてるでしょうしね。実際どうなのかしら。プレッシャーとか感じてない?」
なるほど、クリスとはまた違ったタイプの気の回し方。あちらは次女的、こちらは長女的なやり方である。
「全く。あいにく刺激が多い方が楽しい質で。それに、セシリアが武功を挙げたいと思うのと同じくらい、俺もそう思っているんでね」
「同じ目的を共有しているのは、良いパートナーの条件の一つだから。私もそう言ってもらえると安心したわ。ところで、実はクルセーダから学校側に要請が来たの。なんでも、今回の一戦でウツロ・ダコバトトに謝罪及び聖剣の賠償を求めろって」
ウツロは首を傾げる。
「そんなに壊したくないのなら、金庫にでも入れておきな」
「その通りね。そんなこと同意の上でみんな戦っているんだから。それで自分の家宝が壊れたからって、文句を言う方がみっともない」
ウツロは胸を撫で下ろす。これで本当に請求されたら、とてもではないが払える額ではないだろう。
「実際のところ、あの聖剣は修復できそうなんです?」
壊した張本人が、何を言っているのやら。
「"サラマンダー"は、かなり古い時代に作られたものだから。今の技術じゃよくて二割ってところかしら」
「なら、問題ないですね。ギルバートから再戦なんて面倒な展開にならなくて済みそうだ」
すでに格付けがついたのに、いちゃもんつけてくるくらいの図太さしかない性格を、ウツロは冷静に分析していた。
「あんな負け方したのに、どこに勝算があるのかしらね。一対一じゃセシリアにも勝てないでしょうに。そういえば、あの作戦はどこまで考えていたの?」
「チェンジするところまでは。それ以降は全部アドリブです」
「それであそこまでいけるんだ」
「元々チェンジは使う気がありませんでしたから。セシリアにすら黙っていましたし」
ルクセンナは眉をひそめる。
「それは、どうして?」
「"緩み" を作りたくなかったからです。もし自分が負けても、保険が用意されている。そんなことを知って人は全力を出し切るのは難しい。自然と無意識に手を抜いてしまう」
ウツロがセシリアにあえて退路を断つような言い方をしていたのもそのため。張り詰めた極限でなければ、あの踏み込んだ一撃は成功しないと考えていたからだ。
「なるほど。聞けば聞くほど、君の考えは面白いね。さすがはセシリアが選んだだけはある」
紅茶を口にして、ルクセンナはどこが満足気であった。
「セシリアは、今日はお休み?」
「ええ。魔力炎症が響いてるみたいで」
「そう。彼女、人よりも何倍も魔力量が多いから。これから実戦を重ねていく中で、耐性がついていくといいのだけれど」
一戦全力を出したら二、三日寝込む、では戦力としては半人前である。この点に関して、ウツロはかねてから確認しておきたいことがあった。
「セシリアについて、一つ質問があります」
「私に答えられることなら」
「セシリアは、人を殺したことはありますか?」
「……ない、でしょうね。どうしてそれを?」
「武功を立てる方法として一番手っ取り早いのは、敵の首を取ってくることです。それが出来るのか出来ないのかで、やり方は大きく違ってくる」
ウツロの発言は至極真っ当である。それは結果として誰の目にも明らかな成果物だ。
「出来ればあの子にそんなことはしてほしくない。私個人のわがままだけどね」
「ではさらに。セシリアは必要に迫られたら人を殺せると思いますか? 自分の命を守るために、家の復興が確約された状況で。明確な益があれば、その境界線を飛び越えられますか?」
ルクセンナは首を横に振る。それはウツロも同じ回答であった。セシリアが人を殺せない、この一点は決して忘れてはいけない不文律となった。
「君は冷静ね。それに視野も広い。誰よりもセシリアの未来を見据えているからこそ、その質問が出てくるのだろうけど」
「別に武功を立てる手段が、これしかないってわけではないですから。ただの確認です。今の話、本人には絶対にしないでくださいよ」
言われなくてもそのつもりだった。ルクセンナは真っ直ぐウツロを見つめた。
「アルフグレットの人々は全員、人を疑うことを知らない度がつくほどのお人好し。だから、セシリアからは目を離さないようにしてあげて」
最後のお願いを聞き届けると、ウツロは左手で残った紅茶を飲み干して立ち上がる。
「ご馳走様でした」
ウツロが退出しようと扉へ向かうとしたとき、ルクセンナが口を開く。
「ウツロくん、セシリアのパートナーになったのならマナーの勉強もしておきなさい。紅茶のティーカップは右手で持つもの。取っ手が左側にあるのなら、時計回りに回転させて右側にしなさい」
相手が貴族令嬢だったことを突然思い出させる発言であった。
「ご忠告、ありがとうございます」
「あと、最後に一つだけ。試合の最後で出たあの青い炎。あれが君の魔法?」
「さあ、どうでしょうね」
ウツロはそのまま静かに廊下に出ていった。
『やっぱり、分かる人には分かるものか』
スパイは言葉を呑み込んだ。
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