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第五列 ――最強スパイと没落騎士令嬢の共同戦線――  作者: 平下駄
第1章 デュエット
23/73

反転

 煙が晴れる。そこに立っていたのは金髪、ではなく栗毛を靡かせる男。ギルバートであった。首を押さえてはいるが、大きな外傷はない。一方、ぶつかった衝撃で吹き飛ばされたのか、セシリアは場外ギリギリのところで手足をついて踏ん張るように倒れていた。


「やられたわね」

 ツミキが険しい表情を浮かべる。

「まさかあの刹那のタイミングで、適切に防御魔法を張るとは。しかも、剣がヒットするピンポイントに効果を絞った極小シールドで」


 サーシャの言葉が全てだった。ウツロとセシリアの作戦は、ギルバートではなく後衛のフーケリーによって封殺されてしまった。

「一対一の勝負なら、セシリアが勝ってた。……でも」

 フーケリーの見事なアシストに、クリスは言葉を失う。


『この試合、セシリアの負けだ』

 誰もがそう確信した。観客も、対戦相手の二人も、そして当人すらも。ただ一人を除いては。


 ウツロは右手を天高く挙げ、大きな声で叫んだ。

「チェンジ!」

 彼が見ていたのは審判の顔。審判は軽く頷いて、一度試合を止めるために舞台の上に登った。観客席がざわつき始める。一体何が行われるのだろうか。


「えーっと、解説の副会長。これは今どういう状況ですかね?」

 混乱を収めようと、実況が話を振った。


「デュエットは、相手に直接攻撃を加えられるのは、闘技場の上にいる前衛のみで、後衛は闘技場の下で味方のサポートや補助に回る。これが基本的なルールなのは、この場の皆さん全員が理解していると思います。しかし、例外的に後衛が前衛に攻撃できる場合があります。それが、今宣言のあった"チェンジ"というルールです」

 静まった客席がまたざわつき始める。


「副会長、恥ずかしながら私はそのようなルールがあるというのを今知ったのですが」

 大勢の生徒の気持ちを代弁する実況に、副会長は再び返答する。

「このチェンジというルール、要は試合途中に前衛と後衛を入れ替えるだけのものなのですが、実は大きなペナルティが課されています。それは、一度後衛に引っ込んだ生徒はその後手出し無用。場外から戦いの様子を、決着がつくまで黙って見ているしかないのです」


「それはつまり、チェンジをした側は一対二の状況で仕切り直されると?」

 あまりにもメリットがないこのルール。使われてないので、知らない生徒が大勢いて当然である。


「そういうことです。そもそもデュエットは、前衛と後衛で動きが大きく違うので、はじめからパートナー間の適材適所で役割が決められます。前衛が不得手な後衛が舞台に上がっても、大した戦力にならない。常識で考えれば、理屈はこうなります」

 しかし、今まさにチェンジを口にした男は、それとは正反対。前衛がすこぶる得意な人材である。


 ウツロの判断は、実際冷静だった。セシリアは先程の一撃で気力と体力、そして魔力をほぼ出し切っており、まともに立ち上がることすら難しい。一方、ギルバートはフーケリーの献身あって大きな損傷はない。当然の一手である。


 審判の許可を得て、ウツロは舞台に上がってセシリアの下へ向かう。力なくウツロを見るだけのセシリアを、ウツロは両手で抱えて場外へ運ぶ。その最中、彼女は小さなうめき声を出すが、言葉としては伝わらない。


『あの防御壁、ご丁寧にも反射の効果も入っているのか。自分の一撃の一部とはいえ、それを無防備で真正面から受けたのなら、こうなるのも無理はない』

 セシリアの一撃は、正真正銘全ての力を注いだものであり、他にも回す魔力など微塵もなかった。


 ウツロは、セシリアを客席の壁にもたれ掛けるように座らせる。

「セシリア、今は休んでな」

 果たしてセシリアは現状を把握できているのだろうか。虚ろな目をした少女に背を向けて、男は再び舞台に上がる。


「勝てるのでしょうか、ウツロさんは」

 サーシャの声は、動揺で震えていた。

「勝算がないのに戦場に出てくるほど殊勝な男ではないでしょう」

 少し前に似たことを口にしたな、とツミキは思う。


「でも、実際用意した策でセシリアが負けた。本当に大丈夫なの?」

 クリスの言葉に、ガッツが笑い出す。

「あいつは属性魔法も使わず、入学試験を突破した男だぜ? なら今が絶好のお披露目だ」


 属性魔法、セシリアやギルバートでいうなら炎を生成したもの。もしそれを使ったのなら、ウツロの戦闘スタイルの真価が発揮されるはずだ。その未知数の力に、ガッツたちは期待せずにはいられない。


「問題は、満足な状態で使えるかという点ね。慣れない補助魔法でかなり魔力消費してるだろうから、もう長くは戦えないでしょう」

 ツミキの懸念があっても、もはやその可能性に縋るしかないのだ。


   ~~~~


「まだやるのか? 結果はもう見えているというのに、往生際が悪いな。流石は平民と元貴族のパートナーか。私なら恥ずかしくて出来ないよ」


 貴族には、最後の最後まで勝負を諦めずに抗うということを蔑視するきらいがあった。散るときは綺麗に散る。花のような一生こそ、戦場において美徳とされてきた。ウツロは、一年前の戦争でそれを感じていた。死にかけの騎士たちは、最後の一太刀を敵にではなく自分に向けることが多かった。それを見たとき、自分には一生分からない感覚だとも思っていた。


「まあ、クルセーダとアルフグレットの格付けが済んだ今なら、どうぞ好きにしたまえよ」

 ギルバートにさして興味がないように、ウツロは聖剣イフリートを地面から拾い上げる。

「審判、武器は前衛からの引き継ぎで構わないよな?」


 それを禁止する規定もないので、審判は首を縦に振る。この一連のやり取りをみて、ギルバートの表情が変わる。


 聖剣を使う。それは、その家の代表者として戦うということ。基本的には家長や嫡子しか聖剣を握ることは許されない。それを、今ウツロは手にしたのだ。今の彼は「ウツロ・ダコバトト」としてではなく、「アルフグレットの名代」として戦おうとしていた。


 これでは先程の格付けが終了したとは言えない。ギルバートが厳しい視線とともに敵意をぶつける。

「貴様、私に勝てると思っているのか? さっき二人がかりで勝てなかった私に、今度は後衛のサポートも受けられない、たった一人の貴様が」


「確かに、さっきと違い俺は今は一人だ。そっちは二人ともまだ余力十分。一方、俺は慣れない汎用魔法のせいで魔力がもうカラカラ。属性も固有もロクに使えない」

 ギルバートは声を上げて、笑い出す。そして嘲笑の目つきをウツロに返す。


「なんだ、まだ分からないのか? こんな圧倒的に状態からでも、俺はお前に勝てるって言ってるんだ。出なきゃわざわざチェンジなんて使わない」

 笑みを浮かべていたギルバートは、口を真一文字に閉じ、眉間に皺を寄せる。ウツロの煽りがよほど気に食わなかったようだ。


「なんだ、そんな顔して。これでもハンデが足りないっていうのなら、魔法はつかないって明言しておこうか。三種類とも、元々使う気はなかったけど」

 味方もおらず、魔法も使用しない。これほどの縛りを、単なる挑発と一蹴できるほどギルバートはお利口ではない。これは家の名誉がかかっている勝負だ。屈辱の炎を目に宿す。試合が再開した瞬間、首を刎ねる。ギルバートはこの動作以外のあらゆることを忘れてしまう。


 まさか二度も開始の宣言をするとは、審判も思っていなかっただろう。一回目と同じように、審判が右手を振り下ろし、試合再開が宣言された。


 事前に脳から命令された指示に従い、ギルバートはウツロに切り掛かる。それを平然と、剣で受け止めるウツロ。

『そこで、ちゃんと見てろよ』

 後ろで休んでいるセシリアの表情は分からないが、ウツロはそれだけを願った。


「強者ってのは勝ち方を選べるんだから」

 ウツロは己の言葉を思い出す。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


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